18 旅立ち
ララは、お尻が痛くなるほど馬車に乗っている。10日目に大きな街に入った。徐々に建物が増える。人が多くなっていく。今まで見たことのない賑わいだ。さすがに国の中心に近いだけある。迷子になりそうだ。
馬車を降りて、商店街を抜けた先に、レンガ造りの住宅街が現れた。商店街は広い道沿いに数えられないほど並んでいる。赤や黄色、緑、青と色とりどりの看板みえる。反対側の道路沿いには、レンガづくりの家が立ち並ぶ。道路を進むほどに、2階建てから3階建て、庭も敷地も広くなっていく。高台ほどお金持ちが住んでいる。もっと上には貴族街がある。
カレンさんのお家は、商店街と住宅街の境目にある。レンガづくりの2階建て、1階はお薬屋を兼ねた雑貨屋になっていた 。
ご主人を3年前に亡くし、今は一人でお店を開いている。息子さんは騎士になってお城勤め。娘さんは結婚して地方に住んでいる。1階のお店は、明り取りの窓が大きく、温かな雰囲気を醸し出していた。
カレンさんは、ララのためにしばらくの間お店をお休みしていた。家に入り 荷物を置いて、ソファーに腰を下ろした。ララも手伝ってお茶を入れる。きれいに片づけされた台所だった。きっとカレンさんは几帳面なんだと思う。師匠の真反対 さすがにカレンさんは疲れた様子だった。
「学校に行く決意をしてくれて良かったわ。先生は無理強いはしたくなかったらしいけど、あなたにもう少し広い世界を見てほしかったみたい。先生の残された時間ではあなたを導けない。心残りだと、手紙に書いてよこしたの。貴女の事とても大事に思っていたのね」
ぽつぽつとカレン様は、師匠の気持ちを話してくれた。私は魔法学校の中で第3学園を受験することにした。第1学園はエリートコース、魔力が非常に高く攻撃魔法が使える魔道士育成の機関。主に貴族が通う。第2学園は魔力量がある人を対象にした、結界師・錬金術師・召喚師・回復師等の専門教育機関と魔法の研究や教師育成などを兼ねている。魔力が高い平民も通うことが出来るが通う人は少ない。
第3学園は魔力は必要であるが魔力量の制限はない。第1、第2に行くことができない貴族の子息や平民が入学できる。錬金薬学をはじめとする魔法全般を学ぶことが出来る。卒業後、家庭教師や魔法騎士になったり、第2学園へ編入する人もいる。貴族専門の学校は他にある。職業専門学校?
「学園で3年間学びながら自分の進路路考えるのも良いことよ」
受験の花の月まで時間がない。カレンさんの家で勉強することになった。手渡された教本は、師匠に読んでおきなさいと手渡されたものと同じだった。随分前から学園に通うことを考えていてくれた。胸が熱くなった。教本の復習しながら、空いた時間に森に薬草を収穫に連れて行ってもらった。
母様は、薬草は畑の物が多かった。師匠は依頼とともに届くことが多い。森に出かけるのは新鮮だった。もちろんギルドで護衛を付けての採取である。森には魔物や野獣がいるので護衛は必要不可欠らしい。薬草の種類や取り方、取り残し方、本でしか知らなかったので夢中になってしまった。
本来カレンさんは薬草をギルド依頼にする。ララの経験のために採取に出かけてくれた。森での採取はとても意義のあるものだった。カレンさんはララに良くしてくれる。ララは掃除や食事の手伝いを申し入れた。マーガレット様の好きだった、ホットケーキやハンバーグなどを作った。
髪専用の液体石鹼は、仕上がり良いからお店に出したいと言われた。お店で売れた利益の半分を私の収益と言われ、驚いてしまった。自作商品だから利益はちゃんと受け取りなさい。学生生活でも小遣いは必要になるからと言われた。学園に入る前に多量に作り置きする。利益は商業ギルドカードに入金してくれることになった。
小遣いが増えたことで、寮生活の必要なものを安心して購入できた。カレンさんは気にするなと言ったが、家賃は払っていないし、商品の材料費を持ってくれている。これ以上甘えてはいけない。
そして迎えた入学試験。受験票をもって、学園の門を入る。大きな門のようなドアのある建物は教会のような作りだった。その周りに細長い建物が半円形に立ち並んでいる。建物同士の間には木々が立ち並び、森の中にいるようだった。
受付を済ませる。青い制服を着た女学生が魔力測定に誘導する。待合室には 貴族や平民が分かれて待っていた。魔力量や魔法属性は計測に時間がかかるので、複数の部屋を同時に使う。中には魔力量が多くてこの時点で、第2学園へ変更になる人もたまにいるらしい。測定室のドアを開ける。
「50番、ララ。よろしくお願いします」
背の高い眼鏡の青年が、名簿を確認する。水晶に手をかざすよう指示を出す。手をかざした水晶は、以前より金色に一度輝き、その後虹色に染まった。入学願書には、生誕の儀の結果は記入済み。驚かれることはなかった。
「魔力量が多い。生誕の儀の後から結構増えている。魔法属性は虹色。今なら 回復師として第2学園へ編入できるが 教会にも入れる。どうする?」
「子供の頃、体が弱かったので、魔力の器の育ちが悪いです。これ以上魔力は増えないと思います。属性全部は使えません。威力も弱いです。錬金薬師になりたいと思っています」
緊張して声が震えてしまったが、励ましの言葉を貰った。
「その気持ちを忘れないで、頑張ってください」
その後、筆記試験に臨んだ。結果は5日後の発表。そのまま入寮となる。ララは試験の終わりを待っていたカレンさんと一緒に家に帰った。地方から来ている人は、宿に泊まり結果が出るまで待機している。中には観光したり買い物に出かける人もいるようだ。
ララは、髪専用液体石鹸に幾つかの花の香りづけをして過ごした。調合をしていると不安な気持ちも消えてしまう。そして試験5日後、カレンさんにお礼を言って一人で学園に向かう。受付で合否を確認して入寮手続きをした。すぐに、精霊便で母とカレンさんに合格の報告を送った。
案内された寮は、本館の向かって右の2階建ての建物。当然女子寮である。本館左が男子寮、本館奥には研究棟・実習棟・先生の住居となっている。1階は一年生と公共施設、2階は2・3年生の使用。
学園では、一応身分差がないことになっているので、寮の個室の設備は均一である。貴族の中には、自宅から通う人もいる。第3学園は少ない。
1階のララの部屋は机に、椅子、寝台にクローゼット。奥には洗面所と洗濯場がある。物干しにもなっている。乾燥機能付きは嬉しい。さらに、ミニキッチンとトイレがある。ララなら自炊もできそうだ。学食が無料なので作る予定はない。お茶専用になる。
入寮と同時に、深緑の制服が準備されていた。1年生は深緑、2年生は紺色、3年は臙脂色で持ち上がり制。師匠から譲り受けた魔法のカバンからお布団や服、筆記用具、洗面道具を並べる。
ララは一通りの準備を終えて、ベッドに寝転んだ。部屋の中の静けさに一人であることを実感させた。夕飯後、シャワーはあるが風呂がない。生活魔法で身ぎれいにして明日の準備を確認。ベッドに潜り込んだ。
一人っきりの夜は初めてでないが、新しい生活を始める前夜は不安に満ちていた。ポポがいないことがこんなに寂しいと思わなかった。
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