16 師匠の死
今朝はお疲れ気味な師匠に、大好きなご飯とみそ汁とサラダとベーコン付き目玉焼きを作った。お米は他国から来たもの。お店の隅に置いてあった。なんとなく食べ方が思いついた。いろいろ手を加えお米を炊いた。
師匠は珍しいご飯を喜んでくれた。母様にもおにぎり作って森の家に行くとき持って行った。母様は食べながら涙流していた。懐かしい味らしい。だから 時々朝食に出すようにした。
師匠に朝食の声をかけたが、返事がなかった。ポポが調剤室のドアの前で、珍しく吠えた。調剤室は魔力認定がされているので、勝手には開かない。それでも、ドアに力を入れたら簡単に開いた。
開いたことにも驚いた。いつもと変わらない薄紫のパジャマを着て、マーガレト様はベッドに寝ていた。声をかけても、体をゆすっても、目覚めはしなかった。最近、体調が良くないようだった。心配して声を掛ければ、返事はいつも同じ。
「年も年だから、体が効かないことが増えただけだよ。病気ではない心配しないの。自分に合った薬は作れるから」
体が冷たくなっていた。もう亡くなっている。片付けの下手な師匠が、調剤室が片付けられていた。めったに師匠が手紙を書かないのに、何通か出したり物を送った形跡がある。ポポがララのエプロンの隅を引っ張った。書類机に1通の封書が置いてあった。震える手で封筒を開く。手紙が入っていた。
ララちゃんへ
驚いたよね。びっくりさせたね。私は、往生だと思う。ララとソフィーに出会えて、とても楽しかった。ソフィーには手紙を出してあるから、もうすぐ到着すると思う。この家と土地は、ララ名義に変えてあるから、このまま住んでくれると嬉しい。
森の家の裏に夫の墓があるからその横に埋めて頂戴。詳しいことは、ソフィーが分かっているから。ソフィーに任せなさい。
落ち着いたら、書類机の二番目の引き出しに手帳が入っている。魔法の引き出しだからララの魔力で開けてね
ララちゃん ありがとう
涙がぽろぽろ落ちてきて、手紙がにじんで読めない。玄関から、母様の声が聞こえた。ああ、母様来てくれた。ほっとしたら力が抜けて、ララは意識を失った。気が付いたら自分のベッドに寝ていた。
「ララ、目が覚めた?驚いたね。お茶を入れたからこちらおいで」
私のそばには ポポがいた。
「母さんの所に師匠から、手紙が届いていた。お迎えが近いと知らせてきた。魔力の高い師匠には、自分の未来が分かるのかもね。私がララをお願いした時 長くは教えられなくてもいいかしらと言われたの。それでもあなたを受け入れてくれたの。
師匠が手紙を書くなんて珍しいのにララのことを書いた手紙は、よく届いた。おいしいご飯食べた。魔力が増えている。ソフィーのように毎日お風呂に入っている。ブクブク泡のでる入浴粉が疲れが取れるなど、嬉しそうに書いてきてくれていた。ララとの時間は、家族の時間だった。
ララを預けてくれてありがとう、感謝していると書いてあった。ララ、泣いてばかりでは駄目よ。マーガレット様の最後のお願いをかなえないと。森のお家にロバート様のお墓があるの。その傍に埋めて欲しいそうよ」
指定された魔法のカバンにマーガレット様を安置して、母様と馬車に乗り10日かけて森のお家に着いた。久しぶりの帰省だった。
体力の落ちたマーガレット様に帰省のための転移は頼めなかった。
家の裏でロバート様の横にマーガレット様を並べたら、体がキラキラと光り消えてしまった。いつも大切にしているネックレスが落ちていた。母様はそれをロバート様の眠るお墓の横に埋めた。師匠は何処に行ったのだろう・・・
その日は森の家に泊まった。母は師匠の事を色々話してくれた。
師匠は、捨て子だったけど、優しい養父母に出会う。魔法学校で錬金薬学を学び、薬師に弟子入りして調剤技術に磨きをかけた、ロバートさんと結婚して、今の家に引っ越して薬屋を始めた。
ロバート様はとても優しいが、しっかりした人。錬金薬師の腕のいい二人はとても仲好しだった。私のことも娘のように、可愛がってくれた。
思い出話をしているうちに、ララはうとうとし始めた。ポポも眠そうだ。疲れただろう。今日はこのままここで寝ましょう。
私はリビングで 師匠からの手紙を読み返した。
ソフィーへ
元気にしていますか? 前にも手紙に書いたけど、夫が迎えに来てくれるようです。ララ一人では大変なので、手伝いに来てくれないかしら。仕事のことはすべて片づけた。思い出のある家はララに残します。
あなたには森の家を残します。私とロバートが一緒に見守っています。私の体は残らないかもしれないから、いつもしているネックレスを、ロバートの横に埋めて頂戴。あの人の贈り物なの。実家の方は縁が切れているので、心配しなくてよいです。
私・ソフィー・ララは落ち人かもしれない。魔力の高さや属性はおいても、貴族以上の力を持っている。普通ではありえない。
ソフィーは、10歳を超えていたので、生誕の儀は受けなかったけど、魔力量は高い。複数属性をもっていた。あなたは目立つことが嫌いで、薬師の勉強をするまで、魔法を使おうとはしなかった。
私もロバートもそれでいいと思ったの。とても慎重で怖がりだったから、あなたに無理はさせたくなかった。
ソフィー、あなたはこの世界になかなかなじめず、苦労したでしょう。ララを育てることで、あなたも大人になったのね。ララはこの国で生まれたようだから、少し違うかもしれない。落ち人の特徴が表れているわ。5歳の時目覚めたのかも。ララは大丈夫。結構たくましいわよ。私のお世話をしっかりしてくれてるもの。
ソフィー、そろそろ自分の幸せを考えなさい。あなたの幸せをロバートと願っています。
ソフィー ありがとう。
わたしが気が付いたら10歳の女の子。周りは知らない人ばかり。どうしてよいかわからないとき、手を差し伸べてくれたのがマーガレット様だった。
自宅に連れて帰り、食事を与えてくれ、震える私を何日も抱きしめてくれた。何も覚えていないことが、恐ろしく不安だった。私こそ、二人に出会えて幸せだった。感謝しています。
静かに夜は更けていった。
翌朝、ララはポポと一緒に、マーガレット様のお家に帰っていった。マーガレット様に託されたことがあるからと。昨日の泣きはらした目はまだ赤い。
私も頑張らないと。お二人が見守ってくれているのだから。森の家に鍵をかけ、マーガレット様とロバート様に挨拶して、街の店に転移した。
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