15 マーガレットの思い
ララがマーガレットの家に来て5年になる。薬師になるとソフィーから私の所に弟子入りした。私のところに来た時は体は小さく、犬のポポと走り回っている姿は妖精の様だった。
静かだった家の中は賑やかになった。庭は雑草だらけから、かわいい花壇ができ、一年中花が咲く。薬草は元気に育ち、美味しい野菜は食事を美味しくし 花は家に彩を添えてくれた。
食事はおいしく、お風呂は毎日入れた。お日様の匂いのふかふかの布団、石鹸の香りのついた洗濯物。手作りのクッションやテーブルクロス。細かいことが難しくなった私のために調剤の準備をしてくれる。瓶詰めや力のいる軟膏などは率先してララが手伝ってくれた。本当にクルクルとよく動いてくれている。
ララの声で起きる朝、ポポとララと一緒に歩く森の小道、洗髪あとには、暖かい風で乾かしてくれる。寝る前のはちみつ入りのホットミルク。どれも当たり前の日常になった。弟子というより、孫との楽しい生活になってしまった。
魔力操作の訓練は、よく頑張った。寝る間を惜しんで練習しているのは知っていた。魔力の器は少しは大きくなったがそれ以上に魔力量は増えている。不思議なことであるが、知らず知らず魔力圧縮をしている。教えもなく出来る事ではない。
ララの魔力の器から魔力が漏れていた期間が長かったせいで器が大きくなれないようだ。どうして魔力の器にひびが入ったのかは解らない。人為的であろうか?森の守りがララをソフィーに預けたのも、意味があるのだろう。今ポポがララを守っている。
これからのララの人生に何があるかわからない。私の出来る事を伝えておこう。いずれは独り立ちしなければならない。
お風呂の中に入れる泡の出る粉、肌に優しくバラの香りの石鹸、髪がさらさらする髪専用液体。パンケーキ? 白いクリームののったパン? 潰し肉の塊ハンバーグ?
薬の調剤以外に知られていない物を作っている。不思議な子。家の中でいろいろ実験している。楽しいし、美味しいからいいけど、外では気を付けないといけない。私はお風呂が楽しくなった。生活魔法より気分がいい。髪はサラサラになって若返ったかもしれない。
美味しい食事は毎日の楽しみになった。食べることで、力が湧く? 知らなかった。街の人とも上手くやっているようで、時々料理の差し入れがある。子供同士でお祭りに参加もした。
魔法は 本来一つの属性しか使えないが、ララは二つ同時に属性を使える。混合魔法だ。暑い日に涼しい風を送ったり、お湯を出したりできる。冷やしながらクリームを風でかき混ぜ冷菓子を作ったりしていた。12歳になったころ、薬の効能が上がったときは驚いた。調剤時、聖属性の魔力が使われていた。本人は気が付いていない。
「病気が治るように、いつも願いを込めて作っている」
魔力の増加と、魔力操作が上がったせいなのかもしれない。ララは魔力量の足りない分を工夫していくうちに、オリジナル魔法が増えているようだ。先が楽しみだ。でも世間知らずな子だから気を付けないと。悪いものに巻き込まれる。わたしが国に囚われたように。
私はずいぶん長生きしたようだ。昔のことは時とともに忘れていく。私は、ソフィーやララと同じように、森で拾われた子供だった。魔力が多いから、子供のいない養父母にもらわれた。とても大切にしてくれた。私が養子だと知ったのは、随分大きくなってからだった。
私が10歳のときに弟が生まれた。生誕の儀の祝いの時に来たダイアナおばさまが言った。
「あなたは拾い子だから、弟の邪魔しないの。この家の物はすべてゲルトの物だからね。姉さんたちは、あなたに甘いから言えないだろうから、私から言っとく」
その頃は、魔法学園で寮生活していたから、私が動揺したことに養両親は気が付いてはいない。自立するために錬金術と薬師の勉強に力を入れた。卒業と同時に、実家と離れた師匠に弟子入りした。養父母からは、戻って来いと手紙をもらったが、仕事がしたいと断った。たまに帰省して、家族と過ごした。
弟が結婚して甥や姪が生まれた。養父母が亡くなり、弟が家督を継ぐころには 私はこの家で夫と錬金薬師となっていた。夫も私を置いて先に亡くなった。残されたのは仕事だけだった。それから何人か弟子を取るも辞めていった。
最近体の動きも、細かい作業も億劫になった。体力の衰えがはっきりわかる。遅かったお迎えが来てくれるようだ。長生きしたせいで、夫も友人も、私を置いて行ってしまった。ソフィーとララとの出会いが、生きる支えになった。
仕事納めの手紙は送った。私の年を思えば無理は言わないだろう。何代変わったかわからない実家は単に商売先になっていった。それでもポーションを送り
続けた。この家はララに残すと伝えた。ソフィーにも手紙を送った。
ここまでの転移が出来ないあの子は、慌ててこちらに向かっているだろう。私の死とともに、この家はララが主になる。私の手紙を読んでくれたら、大丈夫だろう。
夫が迎えに来てくれた。ちょっと若返っている。私はしわくちゃおばあちゃんなのに。
「私の可愛いお嬢さん。待ちくたびれたよ」
懐かしい声。差し出された手に白魚のような細い指が絡まる。彼だけは待っていてくれたんだ。今ならいえる。私は幸せだったと。私の長かった人生に彩を添えてくれたララとソフィーに、感謝を。
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