第6話 ドラゴンの診療と依頼
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三日後、ミラがアドヴェント村にやってきた。
朝の餌やりとドラゴンの体調の管理確認だけして、ドラゴン・ガーデンは一日、弟に任せてきたという。フレステットの町から、ほぼ一本道を早乗りドラゴンで、お昼前に到着した。
ミラの早乗りドラゴンには、いくつも小さな樽や革の荷入れがくくりつけられていた。診療用の道具や薬が入れられている。
ミラは、エヴァンとカーラの挨拶もそこそこに、早乗りドラゴンを降りるなりすぐ出迎えたファムに飛びついた。相変わらずご馳走を目の前にした時のような輝かしい目と、よだれが垂れんばかりの表情でファムを抱きしめていた。
――見た目は本当に美人なお姉さんなのに、ファムを目の前にするとその美しさが台無しになる。
エヴァンは、ミラのその姿を見ていて、本当にドラゴンが好きなんだなと思った。とりわけ珍しいドラゴンであるファムが、なのかもしれないと。
カーラは、村の広場に、ミラが乗ってきた早乗りドラゴンを連れて行った。三匹いるうちの一匹だけ待機していたアドヴェント村のドラゴンが、クォーと高い声で鳴いた。見知らぬドラゴンに、少し警戒しているようだった。
そこから少し離れたところの杭に、ミラの早乗りドラゴンの手綱を結んだ。
小屋にいないアドヴェント村の早乗りドラゴン二匹は、レナや村の子供たちが学校に乗って行っている。
「しっかりと飼育環境が整えられていますね」
ミラが、小屋を見回して言った。見知らぬドラゴンを見ても興奮して暴れることもなく、しつけられていること。適度な広さの飼育小屋があり、清潔に掃除されていること。餌樽の下に木材を敷いて、地面から少し離して保管されていることをあげた。
「ドラゴンも村の一員ですから」
カーラは当たり前のように言いつつも、ブリーダーであるミラに褒められたことで、嬉しそうに微笑んでいた。
ミラは、小屋の中にいる早乗りドラゴンの顔に触れる。エヴァンは、見知らぬ人に噛みついてしまわないかと、内心、心配していた。早乗りドラゴンもすぐにミラを信頼できるものだと理解して、触れらることを拒まなかった。
「問題はなさそうね。いたって健康」
早乗りドラゴンは優しく鳴いた。
「それで、診てもらいたい例の中型のドラゴンは?」
ミラが聞いた。カーラは、林の先だと伝えると、ファムが率先して案内するかのように林へと飛んでいく。あとを追うように、三人は林の中を歩いて行く。
――あのドガーの大きさで中型なのか。
エヴァンは、てっきりドガーで大型だと思っていた。どこから大型に分類され、どのくらいの大きさになるのだろうかと想像したが、具体的に形にはできなかった。
「襲ってきたドラゴンは、向こうから?」
ミラは、草が踏み潰され、木々の高いところの枝が折れているのを指差して聞いてきた。枝が折れている木々は、林道とほぼ並行して続いていた。
「えぇ。逃げる時も同じ方向へ逃げて行ったと思います」
「そう」
林を抜けると、林を分かつように段下に川が流れていた。川幅はあるが、川幅の半分ほど水が流れていた。林から川岸へ降りていく。
ミラは立ち止まり、川向こうの林を見上げていた。
川向こうに続く林にも、木々の枝が折れている箇所があった。襲ってきたドラゴンが通ってきたところであることがわかる。
川岸の歩きにくい石の上を歩いて行くと、林側の斜面に大きな穴が空いていた。
「ここがドガーの巣です」
カーラは二歩中に入ってドガーを呼んだ。カーラの声が奥の暗闇に吸い込まれて消える。一瞬あとに、奥からゴゾゴゾっと、低い音が返ってきた。やがて、音が近づき、足音への認識へと変わる。
エヴァンたちは、外へ出てきて立っているドガーを見上げた。村を襲ったドラゴンと戦った時の威厳さは感じられなかった。
ファムがドガーの顔まで飛び上がって、ククーと、ここにやってきたことを伝えるように鳴いた。
「少し元気がなさそうね。餌は食べてる?」
ミラがゆっくりと歩きながら、ドガーの体まわりを見ていく。
「はい。与えたものは、全部食べてくれています」
ミラと頷き、そっとドガーの足の表皮に触れる。ドガーはチラッとミラを見るが、特に嫌がった素振りはなかった。またファムと話すように視線を戻した。
抵抗する気力もないのではないかと、エヴァンは心配になった。
「これといって大きな外傷はない。餌も食べている。巣穴から出てきて動きを見ると、衝撃を受けた側の体にまだ痛みが残っている感じかな。人でいうと打撲のようなね」
ミラは、ドガーを一周してきて言った。
「大丈夫なんでしょうか」
「痛みが引けば、また元気に動けるでしょう。しばらくは、動かず休んでいるのがいい」
「はい、ありがとうございました」
カーラが丁寧に言った。
「はい、私も一安心。中型ドラゴンの大掛かりな治療となれば、大変だし、カーラさんたちがしっかり面倒見られているから、このドラゴンも安心してここにいられると感じたわ。ドラゴンにもあなたたちの愛が伝わっているのが、私も感じられる」
先日「竜の巣穴・ファフニール」で買ってきたものと同じ栄養剤の入った餌を続けて出すようミラに言われた。追加分は、ミラが持参してくれていた。
カーラは、出張の診療費や追加の栄養剤の費用を払おうとしたが、ミラは断った。
「ときどき、こうしてファムちゃんに会わせてもらえれば、私は全然いいのー」
などと、ミラは溺愛の表情になって、ファムを抱き込んで言う。カーラはもう一度食い下がったが、ファムに溺れて話を聞かないミラの言うことを飲む他なかった。
「ミラさんがそう言うならいいか」
「え、いいんですか?」
エヴァンはカーラに聞いた。
「えぇ、ミラさんがそう言ってくれているんだから、ありがたくその気持ちを受け取りましょ」
一度は食い下がったカーラも、一瞬で気持ちが切り替わって、爽やかな表情を見せた。
「そ、そう言うものですか」
「えぇ、そう言うものよ」
ファムがこれを機に人質に取られたりしないだろうかと、エヴァンはあらぬ考えが脳裏に浮かんだ。
「もうお昼ね。ミラさんも良かったら、ご一緒にお昼ご飯食べて行ってください」
ミラとファムから快い返事が返ってきた。
2
カーラの家に戻ってから食事を済ませた。
カーラが食器を片付けている間、ミラとエヴァンは居間で話をしていた。
「そんなにファムは珍しいドラゴンなんですか」
エヴァンが聞いた。食事中もファムはミラのそばを離れることはなく、エヴァンは嫉妬していた。
「それはそれは、人と接触できるような場所に生息していないと言われているくらいよ。どこで一緒になったのかも覚えていないの?」
「はい」
「そう。実際、どこにいるかも噂話の程度でしか情報がないし、もし思い出しても、やたらむやみにその場所をいいふらさないであげてね。あ、私には教えてくれてもいいわ」
エヴァンもとい平均は、ドガーの診療費をタダにしてくれたこともあって、断りづらかった。
「冗談よ。これでもドラゴンブリーダーだから、乱獲なんてしないわよ。魔王が倒され、魔力が弱くなったことで、ドラゴンたちも落ち着きを取り戻したことをいいことに、ドラゴンたちを狩って殺して、商売する人たちもいるらしいけど」
ミラの声は少し暗かった。
「あの、空を飛ぶドラゴンを手に入れるのは難しいですか?」
エヴァンは、話を変えるつもりで聞いた。
「そうねー、このフォイアー大陸で手に入れるなら、それなりの金額が必要になる。中型以上の大きさで、餌代もかなり必要よ」
「そうですか」
「空飛ぶドラゴンが必要なの?」
「いえ、そう言うわけではないですが」
「だったら、このファムちゃんを育ててしまうのが手っ取り早いでしょうね」
「そ、それはどうやったら……」
「本当の愛情を注ぐことよ。と言っても本来の自分の記憶がないから、難しいかもしれないけど。あ、もし良かったら、品評会を見に行かない?」
飼育されたドラゴンをさまざまな基準で、審査をし、立派なドラゴンを決める品評会。毛並みの良いものや言うことをしっかり聞くかどうか、レースをしてその運動能力を測ったりする元の世界でも行われているような会だ。
「面白そうですね。いろんなドラゴンが見れるんですか?」
戻ってきたカーラが言った。
「えぇ、見れますよ。空飛ぶドラゴンは、そんなにいないと思うけど。ドラゴンとの接し方も見れるわ。私が案内するから、行きましょう」
ククー、と顔をあげて機嫌よくファムが鳴いた。
「そう、ファムちゃんも行きたいのぉ」
――あぁ、品評会というより、ファムと会いたい口実か。
エヴァンは、断るつもりもなかった。その品評会に行くことで、この世界の知らない部分を見ることができる。もしかすると、エヴァンの記憶を取り戻すきっかけに出会えるかもしれないと、平均は思っていた。
「そこでものは相談なんだけど、このあと、時間あるかしら?」
ファムにとろけて見せる表情とは打って変わったミラは、真面目な顔をして聞いてきた。
「興奮状態のドラゴンを鎮めるのに、勇者エヴァン、力を貸してくれないかしら。これは私からの依頼なので、報酬も出す」
そう言ってミラは、一通の手紙を取り出し、テーブルに置いた。
「森の少女からのお願いでね。この村の襲って、フレステットの町近辺にも現れている興奮状態のドラゴンを鎮めたいの。一緒に来て手伝ってもらえると、心強いんだけど」
エヴァンは、急に言われて自分に何ができるのかと、息を飲んだ。