第5話 ドラゴン・ガーデン
町の奥へ歩いていくと、森へとつながっていた。
その森の入り口には、『フレステット・ドラゴン・ガーデン』というアーチ状の看板があった。森といっても、整備が行き届いていて、とても明るい。
すぐに開けた場所に出ると、一軒のログハウスが建っていた。
カーラがドアの前で声をかけるも返事はなかった。耳を澄ますと、家の中に人の気配はなく、辺りの森で小鳥が鳴いているのが聞こえてきた。
「奥へ行ってみましょうか」
ドラゴン・ガーデンには初めてきたカーラに、エヴァンとファムは着いていく。
ログハウスの横を通ると、裏手には、ドラゴンを飼育する小屋や開放しておく鉄柵で囲われた広場がいくつも広がっていた。
――まるで、ドラゴンの動物園だな。
最初の柵の中で、四匹ほどのドラゴンがいた。エヴァンはまだ見たことのないドラゴンだった。
その成犬ほどの大きさのドラゴンは四つ足で、ライオンのような前足に、後ろ足は鷲のような鋭い爪のある鳥の足。蛇のように伸びた首で、口から先の別れた舌がチロチロ出ている。頭にはまだ小さな角が生えているが、うずを描くように曲がっている。尻尾も蛇のように長く、体全体はうろこに覆われていた。
立てれられ品種紹介の看板には、ムシュフシュと書かれている。
「すみません」
カーラは、広場の奥に建てられた檻の中にいた人に声をかけた。掃除をしていた少年が柵の中を歩いてきた。ムシュフシュも少年の後をわらわらと追ってくる。
「はい、何かご用でしょうか」
「怪我したドラゴンを診ていただけないかと思いまして」
「あー、それなら姉貴に。向こうの炉に……」
少年は、案内すると言って、小屋を回って外に出てきた。
ガーデンの奥へ進むと、厳重に鉄柵で囲まれた焼き物を焼く釜のような建物が現れた。厚い土に覆われ、土天井からは煙突が伸び、白い煙が常に出ていた。
エヴァンは、土で作られたその建物をわざわざ鉄柵で囲っているのか、わからなかった。
少年は、ちょっと待っててと言って、鉄柵のドアを開けて、土の建物の中へと入っていく。すぐに少年は出てきて、元の仕事場へと戻っていった。
「涼しい……お待たせしました。ミラ・ヒューズです」
長い髪を後ろでまとめて、額から汗を流した若い女性が出てきた。カーラより年齢は上で、ドラゴンを育てているとは思えない大人できれいな女性だった。両手には革の手袋をしていて、白い綿の塊を持っていた。
カーラは、ドガーの状態を診てらいたいことを伝え、ファムも診てもらいたいと言及した。
ククー
名前を呼ばれたファムは、エヴァンの肩から飛び上がって、三人の前に現れた。
――ファムも? なぜ?
「こ、こ、こ、この……ドラゴンは、ファーブニル!」
ミラは、目の色を変えて興奮し、ファムに空いている片手を伸ばす。ファムは、彼女に吸い寄せられるように腕の中に収まった。
エヴァンは、彼女がドラゴンの扱いには慣れていると思えた。
「このドラゴンは、伝説のドラゴン・ファーブニルよ。まさかこんなところで、本物を拝めるなんて――。このフォイアー大陸には生息していないのに。あなたたちが繁殖しているの?」
ククー
「あら、ちがうのぉ?」
ミラは、赤ちゃんに言葉をかけるようにファムを見つめて言った。
「ファーブニルの血を飲めば、動物と会話できるようになって、心臓を食べれば、膨大な知識を得られ、血を浴びれば、皮膚が硬化してどんな衝撃にも耐えられる強靭な体になるのよね」
――さらっと、すごいことを言ったぞ。
ミラは、まるで目の前に御馳走があるかのような顔をして、よだれを垂れんばかりに、ファムを食べてしまいそうだった。
「そ、そのドラゴンは――」
カーラが、エヴァンが勇者であることや最近目覚めて記憶がないことを簡単に説明した。
「そうでしたか。世界を救っていただき、ありがとうございました」
エヴァンもとい平均は、何も言えなかった。そういう彼女の目が、孫を抱くかのようにずっとファムを見つめていたからではない。平均は、本当のエヴァンではないから、反応することをはばかった。
「一年も経つのに、ファムは、全然大きくならなくて、何か病気なのか餌が合っていないのか……」
「そう言われてみれば……ファーブニルにしたら一年でこの大きさは……」
ミラは、考えながらファムを見た。そして、エヴァンにも視線を移す。ファムを見る甘い目ではなく、ブリーダーとして真剣に観察する目だった。
「心配はいらないでしょ。あなたの記憶が戻れば、自然と大きくなると思います」
「私の記憶……ですか」
「えぇ、今はこのままで心配はないわ。小さくて可愛いから……」
エヴァンは、ミラが何をどこまで本気で言っているのかわからなかった。
「村のドラゴンにはついては、いますぐに見にいくことはできないの。サラマンダーの毛の採取時期で、早くても三日後ね」
ミラがいた土づくりの建物の中では、トカゲとほぼ同じ大きさと形のサラマンダーを飼育していた。サラマンダーの体はとても冷たく、火の中で飼育しなければならない。もともと火山の底、溶岩を浴びるように生息している。人が飼育する場合も、常に火をたやしてはならなかった。
サラマンダーは、貴重な毛を生やす。火の中でも燃えない毛はとても貴重で、その毛を採取し、その毛を織り込んで、高価な耐火布が作られている。サラマンダーの毛はお金になった。ミラもその毛の採取で忙しかった。
また、サラマンダーが口から出す泡は猛毒で、飼育には細心の注意が必要である。命懸けの飼育でもサラマンダーの毛目当てに飼育する人も多く、サラマンダーを盗む事件も少なくいた。
「話を聞く限りだと、村のドラゴンも心配ないと思う。回復には時間かかるかもだけど。念のため、体力増強剤と栄養剤配合の餌を与えてみて」
ドラゴン・ガーデンを去り際に、その商品名が書かれた紙を渡してくれた。『竜の巣穴』で販売していて、シグルズに聞けばいいという。
三日後にミラが村に来てもらう約束をして、その場を後にした。
ドラゴン飼育販売店『竜の巣穴』に戻り、ミラに言われた餌も追加でシグルズに用意してもらった。町で他の買い物を済ませて、早乗りドラゴンのところへ戻った。荷車の樽には餌がたっぷり入っていた。
早乗りドラゴンは、重くなった荷車をゆっくり引く。朝に比べると、とても遅い。
「時間もかかりそうだから、早めに町を出ましょう」
まだお昼前だった。ドガーであれば、荷車が重くてももう少し早く村に帰れていた。
フレステットの町の中央通りを進んでいると、エヴァンは、また強い視線を感じていた。
「勇者、魔王を倒してくれてありがとう」
「勇者様、世界を救ってくれてありがとう」
「勇者、勇者、勇者……」
などと、中央通りに人々が出てきて、口々に叫んで笑顔で手を振っていた。
「え、これは――っ」
エヴァンは、状況を理解できず、ただただ左右を見渡すしかなかった。
「みんな、あなたに感謝しているのよ、エヴァン」
「……」
早乗りドラゴンに乗り、ゆっくりと中央通りを進む光景は、まるで凱旋パレードの中にいるようだった。しかし、エヴァンは早乗りドラゴンの手綱から手を離さなかった。片手での扱いに不安があったわけではない。
エヴァンもとい平均は、本来のエヴァンに変わって、町を出るまで会釈をした。こんな自分が感謝を言われる筋合いはないと、とても心が苦しく、それ以上の反応を見せることはできなかった。
――どうにかして、本来のエヴァンに戻ってきてもらわないと。
ククー
その代わりと言わんばかりに、ファムが翼を広げて飛び、さらなる拍手を浴びた。
町を出てからは、早乗りドラゴンの速度もいくばくか上がり、夕方を回った頃、無事、アドヴェント村に帰ることができた。