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第3話 平均の決意

その晩、ドラゴンを追い払ってくれたお礼にささやかではあるが、ご­馳走を前にエヴァンの快気祝いが開かれた。


村の家々から手料理が集まり、カーラとカーラの母、妹であるレナ、ファムとともに、心もお腹も暖まるひとときを過ごすことができた。


エヴァンにとって一日で起きたことが多すぎた。頭を冷やそうと、そっと、部屋を抜­けた。


家の外のベンチに腰かけると、ファムがエヴァンの膝の上に降りた。


夜の空­気がひんやりとして、むしろあたたまった体には心地良かった。またドラゴンが現われないとも限らなかったが、この勇者の体であれば戦­えるとさえ、エヴァンには思えていた。


夜空には、満天の星々が輝いていた。


――こんなきれいな星を見たのは、いつぶりだろうか。


平均は、元の世界で帰宅する時間がいつも深夜だった。夜空を見上げた記憶はなかった。見たとしても、感動する心は持ち合わせていな­かった。いかに、今を、明日を何事もなく生きるかしか考えていなか­った。今こうして、何も考えずに星を見ることがいかに幸せかと思うと、星が水面でゆらぐように見えた。エヴァンの目には涙がたまっていた。


頭の中がチカチカした。まるで、頭の中にも星が散りばめられ、平均自身が心から癒されているようだった。


ククーと、ファムが首を上げて静かに鳴いた。ファムと目を合わせよとした時、涙が頬を伝った。


「エヴァン? 部屋にいないと思ったら、こんなところにいたの?」


玄関の木戸を開けて出てきたのはカーラだった。エヴァンは、慌てて涙をぬぐった。


「あ、はい。ちょっと風に当たりたくて……」


カーラは、エヴァンの隣に腰をかけ、黙って星を見上げた。エ­ヴァンは、その横顔を見つめた。微笑んでいるようにも見えたが、心の奥底では、本当のエヴァンが戻ってこなかったことに、悲しみを抱えているようにも見えた。


――本当のことを言うべきだろうか。


「ん、なに?」


カーラとエヴァンは目が合った。


「えっ、ん? あっ、あれは?」


エヴァンが慌ててて目を逸らした。視線を向けた空に、鳥のような影が見え、思わず指差した。


それは、星々を背景にぐんぐんと真上に昇って行く。そのまま空を突­き抜けて行ってしまうくらいの勢いだった。


「ドラゴンのような……なんでこんな夜にこんなところを……ワーカードラゴンが逃げてきたのかしら」


ドラゴンは、突然、直角に進路を曲げた。アクロバット飛行をするよ­うに、翼を広げたまま体をクルクルと回転させる。それから急降下したり、ジグザグに進んだりと、通常のドラゴンの飛行ではない。


無駄な動きがなくなると、ドラ­ゴンの影と同化してしまっていたが、ドラゴンの背に人影が乗っているのが確認できた。そして、そのドラゴンは静かに遠くへと飛び去って行った。


「行っちゃったみたいね」


「そ、そうですね」


エヴァンは、ほっとした。もし、昼間のように襲ってきたらどうしようか心配していた。そう思う一方で、今見たドラゴンや配達屋のよ­うに、ドラゴンに乗って大空を飛んでみたいとも思っていた。


またエヴァンは、夜空に視線を奪われた。


「あの、そういえば、あの白い線は何ですか?」


林のてっぺんに向かって指差した。­真っ白な線が一本あった。昼間は飛行機雲のようにも見えていた­が、今はよりいっそう白く輝いて見えた。


「あれは、スロボローよ」


スロボローは、死者の魂が列をなしていると言われていた。人はもと­よりドラゴンや木、花、生命あったものの魂だという。それらが星を一周すると、また新しい生命に宿るとされていた。


カーラとエヴァンは、子供の頃にその伝説を元にした絵本を読んでいた。主人を亡くしてしまった一匹のドラゴンが、主人の魂を追いかけて空をも飛び越えてスロボローに到達する。主人の魂から離れることなく飛び続けて星を一周し、新しく魂を宿した人と一緒に暮らしたというお話だった。


今のエヴァンに、当然その記憶はなかった。カーラは、ふふっとほほえんだ。


「エヴァンは、魔王を倒したら、魔王の魔力の影響で死んでしまった人を生き返すって言ってたの」


「生き返すって――そんな魔法をみたいな……」


カーラは、ゆっくり首を左右に振た。


「スロボローまで飛んでいける伝説のドラゴンを見つけて、死んで魂を連れ戻すって」


「そんなことを……」


エヴァンは目をこらしてスロボローを見つめた。一つ一つの魂が見えるわけではなかった。ただ、もしかすると、そこにエヴァンの魂があるのではないかと、平均は思った。


――エヴァン、君は魔王を倒したというのに。


「エヴァン!」


カーラのくぐもった声。ぬれていた。カーラは涙を流し、エヴァンを見ていた。眠っていた幼なじみが目を覚ましたら記憶を失っていて、悲しくないわけがない。平均の胸は痛かった。


そして、カーラはエヴァンに抱きつき、エヴァンの耳元で嗚咽した。エヴァンは動けなかった。心なしにしてもカーラを抱きしめることすらできなかった。本当のエヴァンではなく、平均である者がそんなことをする資格はないと思っていた。


――こんな麗かな女性を泣かせるとは、罪な男。


――エヴァン・サンダーボルト・クリストフ。


――そして、俺も。


「ご、ごめんね。子供の頃のことを思い出したら急に泣いちゃって」


この時、エヴァンもとい平均は、エヴァンの記憶、意識を取り戻すこ­とを決意した。現時点で、どう取り戻せばいいのか方法はわからない。しかし、ずっとこのままのエヴァンでい続けても状況は変わらない。


――もしかしたら、この世界のどこかに記憶を呼び覚ます魔法や不思議な木の実があるか­もしれない。


魔王がいて、ドラゴンもいる世界で、勇者の体に平均自身を宿し、また勇者たる力を発揮できていることに、根拠のない自信が湧いていた。


元の世界で、仕事をしていた時には、一切感じられなかったもの、や­る気と好奇心が生まれるていた。それらは、平均の意識なのか、エ­ヴァンの体に、なのかは不明であった。しかし、心には確実にあったのだ。


エヴァンは、ファムを成長させて一緒に旅に出ようと考えた。大空を飛ぶだけでなく、エヴァン自身の記憶、意識を取り戻す旅。勇者エヴァンが魔王を倒すまでの道をたどれば、記憶がよみがえ­るかもしれない、と平均は思った。


――どこまでできるかわからないけど、カーラさんのためにも、記憶を取り戻そう。


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