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第2話 ドラゴン対勇者

ここは、フォイアー大陸のはずれにあるアドウェント村。小さな田­舎村である。


そこに大きなドラゴンが舞い降りた。


部屋の窓からそれを見て腰を抜かしたエヴァンは、立ち上がるのもままならない小鹿のように床をはって部屋のドアを開けた。


「ド、ドラゴンが家の前に――」


廊下に出るなり、エヴァンは叫んだ。


「ドラゴンくらい、この村にもいるわよ」


居間から出てきたカーラが平然と言った。


「シンクレアさん? シンクレアさんのお宅は……」


外から女性の声が聞こえてきた。カーラは返事をして、家のドアを聞けた。


エヴァンは、外にいる女性と先のドラゴンに食われてしまわないか、そして家の中に突っ込んで来ないか不安だった。


「ロイヤルドラコ社の定期冊子のお届けです」


「ありがとうございます。あら、今日は、新しいドラゴン乗りの方なんですね」


カーラは、冊子を受け取って言った。


「このひと月だけ、私が臨時で担当させてもらっています。それでは、今後とも飛竜特空便をよろしくお願いします」


ヘルメットとゴーグルをした配達屋の女性は、笑顔で礼をし、待機していた蒼みがかったドラゴンの背に飛び乗った。そのドラゴンの顔には、まるで馬を操るように、リードがくくりつけられていた。また、首元には籠がくくらつけられていて、配達の荷物が入っていた。


カーラの年齢とさほど変わらない配達屋の女生がリードを引くと、ド­ラゴンが翼を広げた。一回二回と羽ばたくと、ドラゴンが浮かび上が­る。土埃が舞い上がり、何度目かの強い羽ばたきで、ドラゴンはいっきに上昇して、あっという間に見上げるほど高くを飛んで行ってし­まった。


エヴァンは、荷物と人を軽々と乗せて飛んで行ったドラゴンに、驚きとカッコよさを感じていた。大きくて区暴そうなドラゴンを従え、自分も大空を飛んでみたいと思えたのだ。


ドラゴンが飛び去った青い空に、一本の細い白線が伸びていた。そ­れは、飛行機雲のように消えることはなく、ただずっとそこに白い線としてあり続けていた。


ドガァーと、森の奥から空気を揺らす低い動物の鳴き声が聞こ­えてきた。エヴァンは、背筋を凍らせた。


鳥たちが高い声で鳴きながら森を離れていく。落ちた木の技や葉を踏­みつける音が近づいてきていた。


「大丈夫よ。村で飼っているドラゴンがいるのよ」


カーラは、エヴァンの手をとって家の外へ連れ出した。ファムは、エ­ヴァンの肩につかまり、着いてくる。


森の手前まで来ると、二本足で立つドラゴンが姿を現した。前足は短いが、鋭い爪が伸びていた。人の三倍は高く、見上げなければ、その全体像を見ることはできない。


「ドガァー」


カーラが呼ぶも、ドガーの反応は薄かった。そして、カーラは、変ね、と首をかしげた。


ドガーは辺りと見回し、エヴァンたちに背を向けてしまった。エ­ヴァンは、ドガーがこのまま何もせずに森に帰ってもらいたとも思っていた。立て続けに自分より大きなモ­ノを何度も見過ぎて、頭の整理が追いついていなかった。


また、森の奥で、鳥たちが飛び去る声が聞こえ、森の中を何かが歩いてくる音が近づいてきていた。


ドガーに似たタイプで、表皮の赤いドラゴンが姿を見せた。エヴァンは、この村で、二匹のドラゴンを放し飼いにしているのだと思った。


「逃げましょ」


カーラが急にエヴァンの手を引っぱり、その場から走り逃げる。


赤いドラゴンが咆哮を上げる。耳をつんざくほど大きく、それに負けないくらいにドガーも威嚇の咆哮を上げた。


「ドガーが守ってくれる。大丈夫よ」


カーラが言ったように、ドガーは赤いドラゴンを村に入れないよう体をぶつけて、追い返そうとしていた。しかし、赤いドラゴンは、一歩も引くことなく牙を向き出し、今にも噛みつかんとしている。


ドガーは、尻尾を振り回す。


しかし、赤いドラゴンに素早く避けられてしまう。


赤いドラゴンもドガーを真似るように尻尾を振り回す。


ドガーは、横から強打されてしまった。


悲­痛の叫び声が上げても踏ん張るドガー。


赤いドラゴンは、バランスを崩したドガーに体当たりをした。


ドガーは、ふっ飛んで倒れてしまった。起き上がろうとするも、なかなか起き上がれない。


「ドガァー」


カーラが叫んだ。


立ち回って舞った土煙の中から、赤いドラゴンがぬっと姿を現し、そ­の鋭い眼光はエヴァンたちを見つめていた。


カーラは、倒れたドカーの方へ向かおうとするも、行く手を火の壁でさえぎられた。その火は、赤いドラゴンの口から吐かれたものだった。その火を浴びれば、火傷なんかではすまない火力だ。


カーラは立ちすくんで動けず、ファムはエヴァンの背中に震えてしが­みついている。エヴァンも火とドラゴンの恐怖に飲まれて、足が震えて動けなかった。


赤いドラゴンは、火を吐ききり、ふたたび息をすい込んで頭を上げた。振り降ろすようにして口を開けた。ドラゴンの喉奥が赤々と照­らされていた。まぎれもなく、これから吐き出される火が生まれてい­る。


そして、ドラゴンはエヴァンたちに向けて炎を吐き出した。


エヴァンは、とっさに片手を突き出した。手を出したところで火の方向が変わるわけでもなく、あっけなくエヴァンたちは炎に包み込まれた。


エヴァン、もとい平均は、二度目の死がドラゴンに殺されるのか、と自分の運命に無力さを感じざるを得なかった。いったいどれほどの熱さを感じて苦しむのか、覚悟しようにも想像できなかった。全身で、ドラ­ゴンの炎を浴びているにもかかわらず、まったくその熱さを感じなか­ったのだ。


炎はエヴァンの体を滑るように避けていたのだ。背中にいるファムもカーラにも一切炎は触れていなかった。


ドラゴンは火を吐ききり、しばしば状況を飲み込めていないように、エヴァンたちをじっと見つめていた。


「今のうちに」


「え、ええ」


とにかくその場から逃げるのが先決だった。今度はエヴァンがカーラの手を引いた。エヴァンは、炎の中で、炎が自分を避けていく様を目の当たりにして、妙な自信が湧いていた。


――この体は、勇者の体なんだ。


勢いよく駆け出したものの、エヴァンは自分の足につまずき、もつれて転んだ。立ち上がる前に、ドラゴンの足音がそこまで迫っているのが聞こえていた。


カーラは、絶望した表情で自分の何倍もあるドラゴンを見上げたまま体を硬直させていた。


エヴァンが顔を上げた時には、もう自分の目の前に大きく開かれたドラゴンの口があった。鋭い歯が並んだ口に覆われた。


エヴァン、もとい平均は、またも今度こその死がドラゴンに噛み殺され­るのだと悟った。現世でいく度となくかわいいペットたちに噛まれてきたことが、よみがえ­った。犬ならとっさに手も引けたが、上半身はすでにドラゴンの口の中で何ができただろうか。


エヴァンは、覚悟と表裏一体のあきらめをも­った。


ドラゴンの口が閉じられる。


カーラの悲鳴が響き渡った。


同時に、エヴァンは強い衝撃を体に受けた。しかし全く痛みはなかった。


カーラの悲鳴を飲み込むように、ドラゴンの悲痛な叫び声が響く。


エ­ヴァンは、ドラゴンから吐き出され、わけもわからず、ドラゴンを見­上げた。ドラゴンの前歯が数本折れていた。欠けた白い歯が目の前に落ちている。


「エヴァン!」


カーラの声で我に返ったエヴァンは、引き腰ぎみに立ち上がり、逃げ­腰なまま、走る構えをした。


ドラゴンは、噛みきれなかったエヴァンに恐れを感じ、後返りする。そのまま森に向きを変え、まるで泣きべそをかくように弱々しい鳴き声を上げて林の中へ走り逃げて行った。


「エヴァン、大丈夫? けがは……」


エヴァンは駆け寄ってきたカーラに、体のあちこちを触れられた。異­性に触れられる経験のない平均の鼓動は、無駄に高鳴っていた。傷は一つもなく、かまれた時に開けられた穴が服にあったくらいだ。


それよりもドガーの方が痛々しかった。赤いドラゴンにつけられた爪の傷と尻尾の殴打。立ち上がるのもやっとで、森の先の巣穴までゆっ­くり帰っていった。ドラゴンの覇気は全くなかった。


この村にドラゴンを見れる者はいなかった。町に行ってドラゴンでリ­ーダーを連れてきて見てもらしかないと、カーラは言う。


エヴァンは村の人々から、現世でもらうことのなかったような感謝の言葉のシャワーを浴びせられていた。ただ、実際に自分がドラゴンを追い払ったとは言い難く、しか­し、本当のことも言える勇気もなく、ただただ愛想よくしているしかなかった。


――ここからいなくなりたい。


そう思った平均だったが、こうして無傷で入られたことに、エヴァン・サンダーボルト・クリストフという勇者の体に感謝を述べた。


そして、一つ疑問が思い浮かんだ。


――エヴァン。本当の君の意識はどこにあるんだ。

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