第18話 石化の謎
1
エヴァンは、風が強く吹く海岸に一人いた。
飛竜船から、サロが運び出されるのを待っている。しかし、ただ待っていると、すぐにディリィのことで頭がいっぱいになって、じっとしていられなかった。
砂浜の砂は巻き上げられて、時々、顔に痛く当たる。ディリィの手を離してしまった時の心の痛みに比べたら大したことはない。
――これからこんな気持ちのまま旅をしなければならないのか。
ディリィと出会ってからそんなに長くはない。一緒にドラゴンの愛を学び、森を出て、山を超えて、隣町にまで出かけていった。人生これからというのに、旅の始まりに、まさに空から命を落としてしまった。
まだ両親の愛を存分に受けていないと思うと、エヴァンはグッと心を締めつけれて苦しくなった。どんなに息を吸っても酸欠した状態のように、体と心が重くなっていく。その重さが決して底につくことはなく、ただただ暗闇の深海を沈んでいくようだった。
港と砂浜には、人が出回っていた。
飛竜船から降りてきた人たちだけでなく、これから飛竜船に乗って、フォイアー大陸へ向かう人々だ。船の修理で足止めを食らってしまっていた。
船の方が騒がしくなった。
クグ
ファムとエヴァンが港の方を見ると、一匹の飛竜が空に飛び上がっていくところだった。
狭いところに閉じ込めておいたドラゴンが、外に出る時に暴れることがあると、マーガレットは言っていた。サロの受け取りは、自分だけでいいといっていたのも頷けた。
飛び上がっていった飛竜は、サロではなかった。ずっと翼を伸ばすことができなかった檻から解放されて存分に飛んでいる。飼い主だろうか、その飛竜の名前を叫んで海岸を必死に駆けていく。
サロもそすそろ出てくる頃だと思って、エヴァンは港に向かって歩き出した。
「せっかくここから出られるのに」
「呪われた村からおさらばだと思えば、竜嵐にあった船で向こうへ行けるのか」
「石になんてなりたくない……」
エヴァンは、砂浜を歩いていると、問題を抱えた言葉がちらほら耳にした。
――石。石にさせられてしまうのか。
魔法があり、魔女がいる世界。エヴァンは、それを不思議には思わなかった。
――いっそのこと石にでもされて、何も考えずにこの身が終われるならどんなに楽だろうか。
そこまで考えて、ふっと夢で見た石化したカーラの姿が脳裏によみがえった。
――あれは、予言なのだろうか。それともエヴァン本来の記憶なのか。
「あ、エヴァン、戻ってきた。サロ、出てきたよ」
船尾の後方まで行くと、背伸びをするかのように思いっきり翼を伸ばして気持ちよさそうな顔をしているサロと一緒にマーガレットとカーラはいた。
クグー
ファムもそれを真似て、翼を伸ばす。ファムの翼がエヴァンの頭に当たる。
――んん、もっと大きくなっても、ファムはずっと俺の肩にい続けるのか?
「エヴァン、大丈夫?」
「え、あ、はい……」
エヴァンは、カーラに顔色を見られて、とっさにそう答えてしまった。本当のことが言えない条件反射の病だ。
飛竜船の中で、どんなにディリィのことを考えたところで、もう戻ってこない結論に三人は至っていた。その気持ちを胸にしまったまま旅をし、ディリィの両親を探して事実を伝えるのが、自分たちができる最大のディリィの報いだった。
「あの、これから飛竜のブリーダーのところへ行くんですけど、ちょっと嫌な話を聞いてしまったんです」
マーガレットが浮かない顔をして言った。
「もしかして、石になってしまうっていう……」
「エヴァンさんも聞きましたか?」
「ちょっとだけ耳に入ってきただけで、詳しくはわからないですけど」
「港の人たちは、クレンペルには行かない方がいいって言っていて。私はそこでエヴァンさんの飛竜を譲ってもらおうと思っていたのですが」
「まだ、そのクレンペルという場所は大丈夫なんでしょ?」
カーラが聞いた。
「詳しい情報がなくて、行ってみないとわからないというか……私は行って確認したいと思ってます。みなさんは、どうしますか?」
エヴァンは、頭の中がいっぱいになっていた。そのほとんどはディリィに対する後悔の念だが、さらなる決断をするには、ほとんど余裕はなかった。
「エヴァン……」
カーラに不安そうに見つめられるエヴァン。
「行ってみましょうか。ずっとここにいてもすぐに状況がわかるではないですし」
エヴァンは、ただじっとしていられず、動いて少しでも他のことに注意を向けたら気持ちが楽になるだろうと思えていた。
「はい。では、クレンペルにいきましょう。ここからそう遠くないので」
エヴァンたちは、サロに乗って、ブリーゼ大陸最初の港町パーセをあとにした。
2
ブリーゼ大陸は、風の大陸と呼ばれている。
風が常に吹いていた。マーガレットの飛竜サロもこの大陸出身。ワーカードラゴンの飛竜や多くの飛ぶドラゴンは、ブリーゼ大陸に生息していた。
サロの飛行は、フォイアー大陸で乗っていた時より飛行が早く感じられた。風が強いこともあったが、風に乗っていた。
港から内陸に向かって飛んでいく。正面には木々がしっかり生える大きな山がそびていた。山の周りでは、飛竜らしきドラゴンが空遊しているのが見える。
下を勢いよく流れていく景色は、アドヴェント村とそう変わらない。田舎町をいくつか見かけた。
風が強い分、ドラゴンのコントロールするのは難しい。しかし、慣れると風があった方が楽に速く飛べると、マーガレットは言った。フォイアー大陸は、ブリーゼ大陸に比べると風が弱いので、サロはその分、自分の力で飛ばなければならなかった苦労話を聞かせてくれた。
エヴァンは、マーガレットの飛行を思い返しても、まったくそんな苦労や難しさがあったとは思えなかった。その場に合わせられてしまうマーガレットの操縦とサロとの信頼関係があるからこそ、どんな環境でも飛べるのだろうと感じた。
パーセからクレンペルまでは、あっという間だった。
クレンペルの町は、異様な静けさだった。フレステットの規模に似た町であったが、外に出ている人を見かけない。
まるで、死んだ町のようだった。
サロの広げた翼の影が、ただ家々の屋根の上を通り過ぎていく。
町の端にある広大な飛竜のファームに、エヴァンたちは降りた。
なんの気配も感じられない。
人だけでなく、ドラゴンも、生き物の存在が感じ取れなかった。
「なんか不気味ね」
カーラが辺りを見回した。
「誰かいませんかぁー」
マーガレットが声を上げた。しかし、返事はなかった。
ファームの奥へ歩いていくと、地面にまだ小さな飛竜の死骸が落ちていた。一匹見つけると、点々と落ちているのが目に入った。
鳥小屋のような小屋の地面にも、子供の飛竜が何匹も死んでいるのがわかった。
どれも痩せ細っていた。
「エサ箱は空になっている。これじゃぁ……」
マーガレットは言葉に詰まる。
「あれは」
エヴァンは、山状に土が盛り固められた一帯の前に白いものが立っているのが見え、近づいた。直立する白い像らしき前に回り込む。
「――っ、人っ、だ」
エヴァンは、腰が抜けそうになった。
振り上げた手にはスコップが握られていて、それを振り下ろそうする瞬間に石化してしまっていた。エヴァンは、息を飲んだ。
「たぶん、ファームの人」
マーガレットが石化した人の服装を見て冷静に言った。
「ね、ねぇ、向こうにもいる」
カーラが指さした。山状の周りに沿った先にも石化した人がいた。腰をかがめて、地面に落ちた何かを拾おうとしているような姿で時が止まっている。
「うっ。なに、このヒドイ匂いは――こ、これはっ」
山状の反対側まで来た時、マーガレットは絶句した。
中型の飛竜が一匹、体中のウロコを剥がされて、皮膚がめくれ上がり、黒く固まった血にまみれて死んでいた。肉も腐りかけていて、鼻をつくヒドイ匂いの元はそれだけではなかった。
そこからさらに奥は、飛竜が飛び立っていて行かないように、鉄の足輪がされて地面や木につながれた飛竜たちが死んでしまっていた。餓死したものもいれば、体を傷つけられて死んでしまっているものもいた。
カーラは目を逸らして、背を向けた。
「どうしてこんな姿に」
エヴァンは、その飛竜を見て言った。
「ハンターの仕業です。ドラゴンのウロコや爪、牙、心臓などの臓器で売買をするやつらです。あの石化した人は、ハンターでしょう。奥に行けば、きっとハンターの仲間がいると思います。石化してしまっているでしょうけど。なぜ、ここも……」
腰をかがめている石像を指差してマーガレットは、静かに言った。
「ウェンダさんが言っていたドラゴンハンター。悪いことをする方の」
エヴァンは、クイールシードでウェンダが言ったことを思い出した。
「はい。こんなところにもやつらの手が……ひどいことを。これじゃ、ここのドラゴンは全滅しているでしょう。運よく足輪を外れたり、小屋から逃げ出せていれば、野生化して生きるとは思いますが」
飛竜を愛するマーガレットは、冷静に答えた。ここにいる誰よりも飛竜の痛みを受けているマーガレットのその言葉は、ここで飛竜を入手できないことを意味していた。
クグッ クグー
ファムが何かに気づいて、素早く鳴いた。
「お前ら、こんなところで何をしている。お前らもハンターか?」
しわがれた声の初老の男性だった。
「いえ、私たちは、こちらのファームで飛竜を譲ってもらおうと来た者で」
マーガレットが言った。
「表の飛竜は、お前らのか」
「はい」
「飛竜はもうここにはおらん。人もほとんどな」
「一体、何があったんですか?」
エヴァンが聞いた。
「大コカトリスが現れたんじゃよ。人に天罰を下しにな」
「コカトリスが?」
目を丸くしてマーガレットが言った。




