第14話 届いたドラゴンへの想い
ファイアードレイクの口から大きな火球が放たれる。
その先にはファムがいる。
ドレイクの頭の上にいたエヴァンの脳裏に、一瞬で骨になってしまったファムが思い浮かぶ。
エヴァンは、ガッとドレイクの頭を駆けた――ただ、真っ直ぐに。
まるで太陽のように燃え上がる大きな火の玉など気にすることなく、その火球の中を突っ込んだ。
勇者エヴァンは、まったく熱さも皮膚の焼ける痛みもない。平均は、自分が燃えないことをわかって最短距離を駆け飛んだ。
火球を突き抜けた先にいたファムをエヴァンは抱き込んだ。そして、そのまま放物線を描くように落下していく。
――良かった。間にあった。
ファムは方向転換して逃げるところだったが、エヴァンがもう一歩でも遅ければ、火球に飲み込まれてしまうところだった。
エヴァンは落下しながら、空を見る。ファイアードレイクから放たれた火球が、真っ直ぐ町へ向かって行く。町に直撃する寸前、ウェンダの魔法防壁で火球は爆発して消える。
町からは、悲鳴やどよめきの声が聞こえてきた。
――魔法防壁もあと一回しか防ぐことができない。
「勇者さまーーー、乗ってください」
落下するエヴァンを追ってきたのは、マーガレットの乗る飛竜だった。エヴァンの落下速度よりも早く、エヴァンの真下へ飛竜が翼を広げて回り込んだ。
エヴァンは背中から飛竜の上に落ちた。
「大丈夫でしたか? 火の玉の中を突き抜けて来たように見えましたが」
ドレイクから遠ざかるように飛竜を上昇させるマーガレットが聞いた。
ククー
「だ、大丈夫です。勇者の体なので」
「で、ですよね。まさか、あなたがあの勇者様だとは」
「それより、どうしてマーガレット、君がここへ?」
「もう町が壊れて、人々が苦しむところを見たくなくて。できることは最大限しようと思って。これからどうしましょうか?」
今は平和になったとはいえ、人々には魔王支配時代の記憶が完全に癒えているわけではないことを悟ったエヴァンは、町を守りたい気持ちがさらに強くなった。
「ドレイクの足元に、私を降ろしてもらえますか?」
「えっ……はい、わかりました」
マーガレットは、一瞬返事を迷ったように言った。そして、右の手綱を引いて、飛竜を旋回させて急降下する。
「ありがとう。マーガレットさんは、安全な場所へ」
エヴァンは飛竜の背中から飛び降りた。頷いたマーガレットが、素早くその場から飛び去っていく。
ファイアードレイクは、また火球を口に生み出し、マーガレットを狙って撃ち放った。
狙われていることに気づいていたマーガレットは、火球の軌道を見極めてから直角に上昇する。火球は、飛竜の下を通って、また町の中央部に落下した。
町を包み込んでいた魔法防壁は、火球の爆発とともに光の粉を散らしながら消えた。
エヴァンは歩き近づいてくるファイアードレイクの前に向き直る。
そして、両腕を左右に広げた。
「止まってください、ファイアードレイク! 炎を吐くのをやめてください!」
二十階くらいのビルの高さはあるドレイクからすると小粒なエヴァンが、精魂込めて叫んだ。
一歩、また一歩とドレイクが進んできて、立ち止まる。
「勇者様、逃げてくだされーーー」
それは、まだドレイクの頭の上にいたフォンゼルの叫びだった。エヴァンが顔を上げると、ドレイクの顔がエヴァンを見ていた。
ドレイクの開いた口の喉奥から炎が吹き生まれ、エヴァンの真上から火炎が降り注ぐ。
火炎を吹くのをやめたドレイクは、まだそこに両腕を広げて立っているエヴァン目がかけて、片足を踏み込んだ。
ドーンと、地面がうねる振動と地響きが広がった。
ド、ドレドッ
エヴァンを踏み潰す方のドレイクの片足が、徐々に上がっていく。
そして、エヴァンは、ドレイクの足裏を勢いよく押し跳ね上げた。
ドレイクは、跳ね上げられた足を引いて重心を乗せて一歩後退した。
「おお、勇者様よ」
フォンゼルは、ドレイクの頭にへばりつきながら、下の様子を見ていた。
「ファイアードレイク、止まってください。これ以上行くと、町が壊れてしまいます。どうか怒りを鎮めていただけないでしょうか」
エヴァンは、勢いよく腰から頭を下げた。髪の毛が下に垂れ下がるのを感じた。それは、とても久しぶりの感覚だと思えた。
元の世界では、何度、理由もわからず頭を下げて来ただろうか。今回も自分が悪いわけではないにも関わらず、頭を下げずにはいられなかった。もし、これでドラゴンの怒りが鎮まり、町に被害が出ないのであれば、エヴァンは何度だって下げる覚悟だった。
――頼む、止まってくれ。
==小僧。よく見てみれば、一人で二人のようだな。
――た、頼む、止まってくれ。
==おい、小僧。お前に言っているのだ。
えっ、とエヴァンは頭を上げた。ファイアードレイクが、まじまじとエヴァンを凝視していた。
「ドレイクが喋っているのか?」
==そうだ。直接、お前にな。だから、お前も声に出さずとも通じている。
――なぜ、そんなことが。
==普段は、おいそれとニンゲンとこうして話をすることはない。そうそうこう話せるニンゲンもいないがな。
――では、なぜ、私と。
==なぜ、だと。
ドレドレ
==笑わせるな。小僧がワシに止まれとうるさく言ったからだ。
エヴァンは、状況が完全に理解できずに返す言葉もなかった。
==小僧はワシと話す素質があると見受けられよう。どうも、一人の中に二人いるからなのか。
ドレイクは、伏せをするようにして体を倒して、エヴァンにさらに顔を近づけた。ドレイクの鼻は、人がまるまる入ってしまうほど大きい。熱風混じりの生暖かい鼻息がかけられる。
==やはり、どうも見ても、小僧の中に二人いるな。
――二人……あ、あの、本当にそう見えるんですか
==ドラゴンの眼を甘くみるな。
――ということは、俺が入り込んでいて、本当のエヴァンは別にちゃんといるということなのか。
==何をごちゃごちゃと。
――いえ、どうもそういうことになってしまっていて、もう一人の記憶を取り戻そうとしてはいるんですが。
==ふん。もう一人は、完全に眠っているようだ。
――そ、そうですか。どうしたら目覚めるのでしょうか。
==知らんがな。まあ、ワシより博識なドラゴンもおるし、聞いてみて回ってみろ。
――そのドラゴンはどこに?
==知らんがな。小僧の足で探せ。
――はい、そうですよね。意外とドラゴンって優しいんですね。
==優しいもなにも、ニンゲンが勝手に恐れておるだけだ。魔王の魔力の影響があったとはいえ、好きで暴れていたわけではない。
――それでは、もう町を壊したりすることは?
==せん。別に町のやつらに恨みがあるわけでもないからな。
――良かった。
エヴァンをほっと胸をなでおろした。
==小僧のおかげでこうして正気を取り戻し、我に帰ることができた。興奮すると、周りが見えなくなるんでな。
ドレドレドレ
==普段からそうならないよう気をつけてはいたんだが、あやつが気を失い、ヒュドラがワシを小突いたので、ついカッとなってしもうた。
「ブレイザー」
ウェンダが男とともに姿を現した。
==あやつが戻って来てくれたようだ。迷惑をかけたな。小僧、最後に名前を聞こう。
――エヴァン・サンダーボ
==そっちではない。お前自身だ。
――え、あ、はい。平均です。
==タイラヒトシ。覚えておいてやる。
――あ、ありがとうございます。
エヴァンもとい平均は、ドラゴンと話すだけでなく、名前まで覚えてもらえたことに言いようのないほど胸が熱くなった。そして、平均もブレイザーの名前を覚えておくことにした。無論、こんなことがあって、忘れることもできないことだったが。
同時に、エヴァンの意識が眠ってしまっていることがわかり、呼び覚ます小さな手を入れたことで平均は、ますます旅に出る気持ちが固くなっていた。
「さすが、勇者殿。記憶をなくされているとはいえ、上手く勇者の体を使いこなされているようで」
「えっ」
エヴァンは、ウェンダの耳打ちに驚いた。不意に耳打ちされたことより、その発言にだった。
「どうも単に記憶をなくされているようには見えず、それ以外に抱えているものがあるよう……」
「ウェンダさんには、もう」
すっと離れたウェンダは、意味深に微笑むだけだった。
「勇者様、ご無事で。さすがでございました」
フォンゼルがブレイザーの頭から降りて駆け寄ってきた。
「ウェンダ様。ヒュドラの方は」
「正気に戻った。だが、ヒュドラを操っていた何者かを取り逃してしまった。この私から逃げられるということは、相当の腕を持つ者だろう」
ヒュドラとファイアードレイクは、本来のドラゴン乗りによって、並んで広場の奥へと戻っていく。
すると、町から歓声が聞こえて来た。
マーガレットが飛竜とともに空から降りてきて、早乗りドラゴンに乗ってカーラとディリィ、ミラもいち早くエヴァンの元へかけつけた。
「エヴァン、良かった」
カーラの安心するほっとした顔を見れて、エヴァンも肩の緊張がすっと外れた。
「ファムちゃんは大丈夫か?」
ミラも早乗りドラゴンを降りるなり言った。
ククー
しかし、エヴァンの肩にいたファムはミラの方へ飛んで行くことはなかった。その代わり、エヴァンの肩の上で翼を広げ、その場でバタバタと翼をバタつかせる。
――ど、どうした?
エヴァンは、ファムをつかめようと腕を伸ばすと、すっと肩から離れて、頭上すぐ上を飛ぶ。
ククッ
ククッ
ククー
ククー
クーーー
ファムは今までにない苦しむような声で鳴いた。翼も不規則に動いて、スッと落ちそうになってはまた飛び上がることを続けた。
ククーーー
宙でピーンと翼を最大限に広げたまま、ファムの動きが止まってしまった。
その場にいた全員が、時が止まったようにただファムを見つめていた。
そして、ファムの体がズズッと膨れ上がる。一回り大きくなった。
翼もより大きく広く、足も首も太く長く、顔もしっかりとした目鼻立ちとなり、幼さがなくなっていた。
クグー
口を開けて鳴くと、小ぶりだった歯は、ドラゴンらしく立派な牙が生えていた。
「大きくなったぁ!」
ディリィが驚き、そして笑顔で言った。
「ファム、大きくなったぁ!」
「そうだね。ディリィは怖くない?」
カーラの手を握っていたディリィは、強く頷いていた。
「うん、大きいドラゴン、怖くないよ」
ファムはその場を一回りしてから、エヴァンの肩に降りた。以前のように肩には捕まらず、肩の上で座った。
一回り大きくなった分、顔の近くでエヴァンの温もりを感じられるようなった。
「エヴァンの想いが、ファムちゃんに伝わったのね」
ミラは、少し寂しくも嬉しそうに言った。
「ファム」
――愛が伝わることで、ちゃんと成長してくれるんだ。
エヴァンはそっと首元になでた。
クグー




