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第13話 勇者パーティーの魔術師参上

エヴァンは、早乗りドラゴン競走を第二位でゴールした。


――最終コーナー、引いて正解だった。また、32番に体当たりされたら、あの速度でカーブを曲がることはできなかったと思う。


エヴァンは、55番の真っ黒なドラゴンと乗り手の見事な走りに感服していた。あんな軽やかに、そしてドラゴンと一体化したような動きがとても羨ましかった。


ククー


エヴァンは肩にしっかりつかまっていたファムの頭をなでた。


――肩に爪が刺さって、少しばかり痛いけど。振り落とされずによく着いてきてくれた。


《第三位は、ロドルフ。そして、第四位は88番カーラ・シンクレア》


歓声と拍手の中、実況が続いていた。そこにカーラがゴールゲートを通って、エヴァンの元にやってきた。


「三位までに入れなかった。でも、エヴァン、おめでとう。さすがは勇者よね」


カーラはニコリと満足気に笑った。


「三位の賞品も欲しかったけど、エヴァンが二位に入ってくれたから、エサがたくさんもらえるわね」


「はい」


《続々と森を抜けて、最後のカーブコースへやってきます。


『ね、ねぇ、あれ!』


ど、どうかしましたか、マーガレット?


ん、えっと、まだ、ドラゴンファイトの時間にはまだ早いですよ。


『でも、どう見たって……』


どういうことでしょうか。品評会最後の目玉、ドラゴンファイトでデモンストレーションをする二匹の大型ドラゴンが町へ向かってきています。


よ、様子がおかしいようで……


まずいですね、表皮が赤くなってます。


み、みなさん、逃げてください。


みなさん、逃げてください!


そして、勇者様、助けてくださーーーい!》


ただ事ではない言い方の実況に、エヴァンだけでなくその場にいた者たち全員が一方向を見ると、血の気が引いたように一瞬静まった。


広場の奥で大人しくしていた多頭ドラゴンのヒュドラとファイアードレイクが、町の方に向かってきていた。ヒュドラは九つの頭をゆらゆらと上下左右に動かしながら、ファイアードレイクは火を吹きながら歩いてきている。まだ遠くにいるとはいえ、その姿は動く恐怖そのものだった。


火の粉は、雪のようにチラチラと広場の上空から降ってくる。そして、町にも風で流れていく。


そして、観衆は一斉に悲鳴や慌てふためく声を上げながら、広場から町の方へ走り逃げていく。


「エヴァン、私たちも」


エヴァンはカーラに声をかけられて、ハッと我に戻った。


「え、あ、いや、私は……」


エヴァンはその場から逃げる気持ちにはなれなかった。実況者の最後の叫び声が頭の中で何度も繰り返されていた。


「勇者エヴァン様、これはいったい……」


フォンゼルが、深刻な表情で駆け寄ってきた。


「わ、わかりません。でも、このままでは」


「確かに。さぁ、カーラさんは避難してください。ディリィとミラさんは、ヴァラと一緒ですので、ご安心ください」


「ありがとうございます。でも、二人も――」


禍々しい赤色とオレンジ色が混ざった表皮のファイアードレイクが、大きな火の球を吹いた。それは何件もの家を一気に飲み込むほどの火球が、町へ向かっていく。


エヴァンとフォンゼルはそれをただ見ているだけしかできず、呆然としていた。


まるで突如現れた隕石が、町にゆっくりと落ちていくようだった。


「グロースヴァッサークーゲル」


妖しげな女性の声が響き渡ると、火球よりひと回りも大きな水球が町に出現した。猛スピードで町の上を横へ移動し、火球に向かっていく。


火球が建物の上に落ちる直前、水球が火球を飲み込んだ。爆発が起きたように、真っ白な蒸気と水滴を辺りに広げ散って、火球は消えた。


「いったい、これは……」


エヴァンの言葉をフォンゼルが代弁したように言った。


「マギーシルト」


また、同じ女の声が響き渡った。


ファイアードレイクがまた火球を吹いた。同じように町の上に落ちようとした。しかし、火球は見えない壁に阻まれるようにそれ以上落ちず、その場で火球は爆発した。爆発で広がった光は、町全体を覆う白い光を見せた。


「今度はいったい」


腕で顔を覆っていたエヴァンが言った。


「勇者殿、お久しぶりです」


突然、エヴァンの目の前に音もなく女が現れた。長い黒髪で、まるで上下の別れた水着姿で、黒いマントもしている。しかし、それが余計に肌を目立たせ、妖艶な大人の体に視線がいく。


「ど、どちら様でしょうか……」


エヴァンは、息を飲んで聞いた。


「記憶をなくされているという噂は本当のようでしたか。ウェンダ・キルシュネライトでございますよ」


「あ、あなたがウェンダ・キルシュネライト様っ。今までローブ姿で、一度も本当の姿を見せることがなかったと……まさか」


目をかっぴらげて驚いていたのはフォンゼルだった。


「魔王の討伐も終わったことだし、好きにさせてもらっている。この姿でうろつかれては、魔王討伐どころではなかったろうからな。周りの者がな。鼻を伸ばしているフォンゼル、お前もな」


「いや、しかし、魔王と同じ時代を生きたという話で……その姿は……」


「失礼なやつだな――さて、与太話はそのくらいにしてだ、お二人よ」


ウェンダの目つきが鋭くなって、刻一刻と近づいてきているドラゴンに向いた。緊張感がまた張り戻る中、ウェンダは余裕な立ち姿であることは変わりない。魔王討伐に参加し、大型ドラゴン二匹を目の前にしても微塵の恐怖も感じてすらいなかった。


ウェンダは、あとで話しておきたいことがあるとを前置きした上で、突如暴走したドラゴンの状況を観察してわかったことを伝えてくれた。


まず、ヒュドラは、魔術師に操られているという。九つの首の付け根に光る珠が見える。それは、ドラゴンの意識を封じ込めておく珠。一時的にドラゴンの意識を失くし、魔術師が魔法でドラゴンを操っている。九つ頭があると、それだけ強い意識がありそうに考えられるが、意識が分散し安いという。その分、操りやすいとか。


しかし、大型のドラゴンの意識を閉じ込めておくには、珠が小さすぎて、長い時間封じ込めておけないとウェンダは見ていた。


一方、ファイアードレイクはというと、珠はなく何者かに操られている様子ではないという。そもそもドレイクはそこまで利口ではなく、むしろ荒い性格で意識をコントロールするには、強大な魔力が必要で、珠に封じ込めたところで一瞬で珠を壊して出てきてしまうほど。


何者かに口輪とリードが外されていることから、ヒュドラから刺激や攻撃を受け、興奮しているというのがウェンダの見解だった。


ウェンダは、ファイアードレイクに手を向ける。すると、光の紐がドレイクの顔に巻きついた。


「私はヒュドラの対処をしよう。お二人はドレイクをよろしく頼む」


ドレイクの顔には、口を縛るように魔法の鎖が巻きつき、ドラゴンを制御するように手綱が伸ばされていた。


「ウェンダ様。お言葉ですが、飼育されているドレイクとはいえ、あれだけ興奮していては手綱でどうにかなるものでも」


「怒り狂ったドラゴンには礼儀正しく話しなさい、というのが昔からの習わしだろうに。そんなこともわからずに竜騎士団を率いているとはな。それとも、猛毒を吐くヒュドラを私の代わりにお前が相手するか? 見てみろ、勇者殿は動じておらぬぞ」


ウェンダの提案にフォンゼルは口を閉ざした。


「え、あ、いや、私は腰が抜けてしまっているというか……」


エヴァンは正直に答えた。ドガーやヴァルより大きなドラゴンとどう対峙すればいいのかわからなかった。


ウェンダは、声をあげて笑った。


「さすが勇者殿。場を楽しんでおられるな……だが、この場を破滅させるなら、ヒュドラの毒を使えばいいのだ。そのヒュドラをあえて封じの珠と魔法で制御する理由は、短かい時間だけ混乱させれば良いからだと考えられる。自分たちが毒に巻き込まれても困るだろうしな」


「いったい、誰がなんの目的で」


フォンゼルが聞いた。


「それもあとで話す。まずはドラゴンを鎮めてからだ。ヒュドラを鎮めたら、ドレイクのトレーナーを探してきてやる。それまで町に近づかせるな。私の魔法で、あと二発は町は守られるがな」


そう言い終えた瞬間、ウェンダの姿が消えた。


「エ、エヴァン?」


「カーラさんはディリィたちのところへ。私は、大丈夫ですから」


エヴァンは、震えているのを隠すのがやっとだった。でも、カーラに言ったことは嘘ではない確信があった。エヴァンもとい平均は、勇者の体であれば、何をされて大丈夫であると思っていたからだ。


「……」


「せっかく復興したこの町をまた同じ目にさせるわけにいきませんから」


「うん、わかった。絶対、ドラゴンを止めてね」


「はい」


ククー


ファムも同じ決意だった。


カーラは、じっとエヴァンを見つめたあと、エヴァンの乗っていた早乗りドラゴンを引き連れて、一目散にその場を走り去っていった。


フォンゼルは口に指をくわえ、口笛を吹いた。甲高い音が響くと、フォンゼルの飛竜が飛んできた。


「勇者様、乗ってください」


二人は飛竜に乗って、ファイアードレイクの頭上へやってきた。ディリィを探した時に乗った飛竜の高度よりも高い。背後へ回ってから、ドレイクの頭の上に飛び降りた。フォンゼルの飛龍はそのまま上空へと飛び去っていく。


不規則に揺れるドレイクの頭の上で二人は左右に別れて、ウェンダが魔法で生み出した鎖を握った。


そして、同時に引っ張った。


ファイアードレイクの動きが一時的に止まる。


だがすぐに体を左右に動かしては、暴れる。


何度鎖を引っ張っても、手綱の命令に反抗する。鎖の口輪で口を塞がれているが、火を吹こうと、歯の隙間から炎が溢れている。ドレイクは、暴れつつも着実に町へ近づきつつある。


「ゆ、勇者様。これではどうにもなりません」


「と、とにかくもう一度、リードを引きましょう」


「はい」


だが、結果は変わらなかった。


エヴァンの頭の中には、ある考えが浮かんでいた。しかし、頭を左右に振って、できないと打ち消す。それはドラゴンを力でねじ伏せるというもの。同時にそれは、ドラゴンに危害を加えることを意味している。


――このドラゴンにはトレーナーがいる。きっと大事に扱われているはず。勇者の強靭な力をそんなことには使えない。なんとか時間を稼がないと。


クッククー


エヴァンの肩からファムが羽を広げて飛び立った。ファムはドレイクの目の前に向かった。


「お、おい、ファム?」


クク、クククー、クックー、クックーク、ククック、ククククク、クックー


ドレイクの眼前で、まるで身振り手振りするように羽をばたつかせて、ファムが声をかけているようだった。


――まさかファムはドレイクと話をして、怒りを鎮めてくれと頼んでいるのか。


怒り狂ったドラゴンには礼儀正しく話せというのは、単にウェンダの冗談だと思っていたエヴァンの脳裏に、ファムがドガーと会話のようなやりとりをしている光景を思い出した。


――ドレイクに言葉が通じるのか。


ファムの声が届いたのか、ドレイクの動きが止まった。


それもほんの数秒間だけだった。


ドレイクの体内から怒りが沸き上がってくるように、ドレイクの体が力みながら反った。


天にも届くようなけたたましい咆哮とともに、バリーンという金属が壊れる音がした。


魔法の鎖の口輪が破壊され、紫色の光の破片を散らせて消えた。同時にエヴァンの持っていた口輪に繋がれていた鎖も魔法の効力が切れて、消えてしまった。


そして、ファイアードレイクの口がふたたび開いた。


動きを止められていた鬱憤を晴らすかのように、ファイアードレイクの口に熱がこもり始めた。ぐんぐんと火球が大きくなる。


そして、小虫のように目の前を飛ぶファムが邪魔だと言わんばかりに、火球が吐き放たれた。


「ファムーーーっ」


エヴァンの叫びは、一帯の空気をかき乱す高熱の火球に、むなしく吸い込まれていった。

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