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第11話 勇者の功名

1


「はい、貼れた」


エヴァンは、鼻に白いテープ状の絆創膏のようなものをディリィに貼ってもらった。


ディリィは、泣いていたあとの残る笑顔を見せた。


竜人との戦闘の際、エヴァンは竜人の爪で鼻先をかすっただけで血はすでに止まっていた。しかし、ディリィにとっては痛々しく見えていたようだった。ディリィがどうしても貼りたいというのカーラから絆創膏をもらい、宿の部屋でその処置を受けていた。


ディリィなりの助けてくれたお礼なのだと、エヴァンはその気持ちを受け取った。


部屋のドアがノックされ、カーラが返事をすると、宿の店主が入ってきた。


「広い部屋ではありませんが、ゆっくりしていってください。お茶を入れてきましたので、冷めないうちに飲んでください」


物腰のいい大人の男性店主が、テーブルの上にお茶を置いた。


「とてもいいお部屋で、くつろぐに充分すぎるほどです。本当にタダで泊まらせてもらっていいんですか?」


カーラが聞いた。


「えぇ、もちろんですよ。魔王を倒したあの勇者様に泊まっていただけるだけで光栄です。こうして私たちが生きていられるのも勇者様のおかげなんですから。感謝の気持ちです。まっ、泊まってもらえたことでうちにも箔がつくというか……」


店主とカーラは、互いに苦笑いを浮かべた。


「ありがとうございます」


エヴァンも改めて礼を言った。また何倍もの礼を言いながら店主は、部屋を笑顔でそっと出ていった。


ディリィを助けた直後、町の人たちに勇者であることが知られ、その場で町人たちに取り囲まれてしまった。ちょうど一階の壁が竜人の攻撃で破壊された宿の店主が、店前のことは関係なく、中へ引き入れてくれた。


宿探しは、ミラに頼んでいたこともあり、ミラも空いている良さそうな宿に入ろうと考えていた。ここの店主のおかけで、勇者御一行貸切で泊めてもらう運びになった。


ディリィがもう外に出たがらず、他の宿を探す選択肢もなかった。ディリィはさらわれた上に、突然人に囲まれて、大勢の人が怖くなっていた。二階の部屋に案内されて、ようやく落ち着きを戻してくれた。


窓から通りを見渡すと、勇者の存在を聞きつけて人々がいた。外に出れる状況ではなかった。


この宿以外にも、通り向かいの民家の壁も壊れてしまっていて、エヴァンは謝りに行きたい気持ちがあった。だが、宿の店主が事情を通してくれていて、気にしないでと言われたが、平均としてはそうもいかないのが正直なところであった。


ディリィを探すのを手伝ってくれたドラゴン乗りの女性にも直接お礼を言いたかった。


ただ、勇者を一目見よとする人々が多く、外へ出るに出れないのが本当のところだった。


エヴァンは、ベッドに腰かけていると、ふっと肩の力が抜けた。思い返すと、朝早く村を出て、ひと山越えて移動し、いろんなドラゴンや人に触れて、ずっと刺激を受けていたとふりかえった。


――このまま静かに一日が終わるのも悪くないか。


エヴァンもとい平均は、この世界に目覚めて、ゆっくり過ごすことに違和感を覚えていたが、その生活にだいぶ慣れてきていた。


日が暮れた頃、ミラが宿に戻ってきた。


ククー


ディリィに抱かれていたファムが、ミラに向かって飛んでいった。


「ただいまー、ファムちゃん。そして、みなさんにご報告です。なんと私とシルシュが、ムシュフシュ部門で優勝しました」


ミラは、ファムを抱きかかえたまま、賞状を見せた。


「本当ですか、ミラさん、おめでとうございます!」


カーラも自分のことように飛び跳ねて喜んだ。


「ゆうしょう?」


「そう。ミラさんとシルシュが一番になったんだって」


カーラはディリィに伝えると、ディリィの顔はパッと明るくなった。


「シルシュが一番、シルシュが一番」


「ありがとう。それで、今、下でこのことを伝えたら、夕食はさらに腕によりをかけて作ってくれるって」


ミラは満面の笑みだった。


――なんか嬉しいけど、申し訳なくなる気持ちでいっぱいだ。


「おめでとうございます」


エヴァンは賞状を見ると、読めない字だが、頭の中で確かに「優勝」と認識できた。


「で、ディリィについて、何か聞けた?」


ミラが聞いてきた。エヴァンは首を左右に振った。竜人と関係があるのかと聞けるわけもなかった。さらって怖かった思いを思い出せたくはなかった。しかし、竜人たちが言っていたことやディリィを連れていく理由は解明しておく必要はあった。


「ねぇ、ディリィ。ディリィは昔のこと、覚えてる?」


ミラは何気ないふりをして聞いた。エヴァンはその聞き方に感心した。


「昔のこと? あんまり覚えてない」


ディリィの緑髪は左右に振れる。


「そっか。ずっと森でおばあちゃんとヴァルと一緒に暮らしてるんだ」


「ずっとではないと……思う。なんか、大きな声を聞いて、お空を飛んだの。気がついたら森のおばあちゃんの家だった……小川で水を見ていると、そんな気がするの」


ミラとエヴァン、カーラは、黙ったままそれぞれ顔を見合わせた。


「ん、どうして?」


ディリィが素直に聞いてきた。


「ディリィのお母さんとお父さんて、どんな人なのかなと思って」


ミラが答えた。


「わかんない」


「そっか」


ククー


「いいにおいぃ」


ファムとディリィが同じように鼻を上げた。階下から流れてきた調理中の匂いだった。




2


部屋のテーブルには乗り切らないほどの豪勢な夕食を終えた頃だった。


店主から、エヴァンに会いたい方がいると言われ、通して良いものか店主は困っていた。


エヴァンと心配でついてきたカーラは、階下に降りた。


通常なら食事の場となる一階はテーブルが端に寄せられていて、壊れた壁はすでに簡易的に板が張りつけられている状況だった。そこに、ガタイのいい中年の男性と細身の女性が立っていた。


「おぉ、勇者エヴァン様。目を覚まされたのは本当でしたか」


エヴァンの姿を見るなり、男の強面の顔が笑顔で緩和されて近づいてきた。しかし、エヴァンは当然、その顔を知らなかった。


ククー


ファムがエヴァンの肩越しに鳴いた。


「おぉ、子ドラゴンも元気そうであられるな」


「あ、いや、申し訳ありません。目覚めたのは目覚めたのですが、記憶がなく――」


エヴァンとカーラは、これまでの経緯を話していると、店主がテーブルと椅子を用意してくれて、お茶も出してくれた。


「そうでしたか。改めて、私はフォンゼル・ベルガーと申します。フォイアー王都の第一竜騎士団長を務めています。こちらは、妻のヴァラ・ライトナー。王都でドラゴン乗りのトレーナーをやっています」


「ヴァラです。魔王討伐、ありがとうございました。あなたのことは、主人からお聞きしておりまして、こうしてお目にかかれて光栄です」


落ち着いた口調でかつはっきりとした言葉でヴァラが言った。


「マーガレットから昼間、竜人と一件あった話を聞きました。町の人からも勇者がいると、こと聞き、ご挨拶だけでもと伺ったしだいです」


二人は、品評会の始まりに、飛竜で飛行演目を披露した三人のうちの二人だった。残りのもう一人が、ディリィを探すのを手伝ってくれたマーガレットという女性だとわかった。


「私は、勇者エヴァン様のパーティーを魔王の島に送り届ける飛竜特別隊隊長で指揮させていただきました」


フォンゼルが言うも、エヴァンの脳裏にその記憶を蘇ってこなかった。


フォンゼルは、魔王の島に送り届ける際、作戦の打ち合わせから、島へ渡る間も話をしていたことを伝えてくれた。話から思い浮かぶ光景があるものの、それは平均の想像に過ぎなかった。エヴァンは、ただフォンゼルの話を頷きながら聞くほかなかった。


「ハインツは覚えらておりますか?」


「いや……」


名前を言われても、エヴァンの記憶は闇のままで、全く無反応だった。


「ハインツ・グロスマンは、勇者パーティーの一人で、戦士であられます。魔王討伐後、意識を失ったエヴァン様を村へ送っていた者です。今は、私と同じく王都の第二竜騎士団長。勇者エヴァン様がおられるとわかっていたら、飛行にハインツを送り込めば良かったな。お目覚めしたことについて、しかと伝えておきます」


「は、はい……あの、確か、私を村へ送り届けてくれたのは二人いると聞いてますが」


エヴァンは、カーラにも顔を向けた。


「ローブをかぶっていて、顔姿ははっきりと見れてはいなかったけど、確かにそのハインツさんとお二人で」


「確か、それはベルダム、失礼。魔法使いのウェンダ・キルシュネライト様です」


フォンゼルが思い出すように言った。


「魔法使いの方だったんですね。ちょっと不気味な印象でしたので」


カーラも思い出すように言うと、フォンゼルが笑った。


「魔王と同じくらい生きていられる魔女ともっぱら噂です。誰も本当の姿は見たことはなく、勇者エヴァン様は、若さを見返りに仲間に入ってもらったと言っておられましたぞ」


と、フォンゼルに見られるも、エヴァンは何も言えなかった。


――まさか、その魔女に魂を持っていかれたんじゃないか?


エヴァンにまだ若さが残っているとこからすると、ありえない話ではないような気がした平均。ただ、カーラの視線が少し痛かった。冗談とはいえ、エヴァンのよからぬ話をカーラの前でしないでほしかった。


「こうして意識が戻られて、まずは何よりです。ずっと心配していたので、無事な姿を見れて良かった。国王にもハインツにも伝えておきます」


フォンゼルとヴァラは席を立つ。


「あの、昼間の飛竜の飛行、とても興奮しました。もし、機会があったら、乗り方を教えていただけませんか」


エヴァンが言った。


「光栄なお言葉をいただき、ありがとうございます。しかし、勇者様ほどのものが、私から教えを乞う必要などありません」


「え?」


「勇者エヴァン様は、立派なドラゴン乗りです。今は記憶がないかもしれませんが、そういうものは体で覚えているものです。あ、明日は、ドラゴンの競走があるので、エヴァン様も出てみたらどうでしょう。町の人もあなたの姿を見たがっておられる。喜ばれますぞ」


そう言い残した二人の後ろ姿を見送った。


部屋に戻ると、ディリィはすでに静かに寝息を立てていた。それをミラが見守ってくれていた。


エヴァンは窓から暗くなった外を見た。品評会というお祭りということもあり、町の中心部はまだ明かりが煌々と灯っていた。町外れだが、人々が行き交う姿も見てとれた。


――本当に勇者として旅をして、仲間を集めて、魔王を倒したんだな、エヴァン。


平均は、ことあるごとに、その実感を強めていった。


せっかく魔王討伐の話を聞いても記憶が蘇らなかったことに、平均は悲しさと嬉しさが同居していた。もし、記憶が思い出せれば、もう何もする必要もなくなる反面、平均自身が知らないこの世界を見て回ることが続けられる。


だが、その中で、色んな人に感謝されるのが、本当のエヴァンではなく平均であることが苦痛でもあった。


――こんな私が、本当のエヴァンではない私が、みんなを喜ばせていいのだろうか。


ククー


肩にいたファムが、頬にすり寄ってきた。なぜかファムに、いいんだよ、と言われているような気がした。


「カーラさん。明日、ドラゴンの競走に出ようと思う」


「本当に? やった」


カーラは嬉しそうだった。二人で出場し、三位までに入れば、賞品であるロイヤルドラコ社のエサがもらえるからだった。


――そうか。私が動くと、喜んでくれる人がいるのか。


エヴァンもとい平均は、ここまでお世話してきてくれた恩返しが少しできればいいなと思えた。


翌朝、ディリィに話すと、応援してくれることになった。外に出るのを嫌がられると思ったが、ミラとフォンゼル、ヴァラも事情を知って一緒に応援してくれることになった。


「どちらがうまく早乗りドラゴンに乗れるか、勝負ね」


カーラは嬉しそうに言った。

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