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第10話 返すモノ

「ディリィー」


エヴァンは、叫んだ。


その声に反応して振り向く人々の中にディリィはいなかった。


カーラは近くにいた人に、自分の腰の高さで手を止めて、そのくらいの女の子を見なかったか聞いて回った。


「誰も見てないって」


カーラの声には、焦りが混じっていた。みんなドラゴンの品評会に夢中で、たった一人の少女を気にかけることはなかった。


――一人でどこかに行ったのか。それなら、一人の子供が歩いているところを誰か見ていそうだけど。


「とりあえず、ミラさんと合流しましょう。一人でどこかに行くなら、まだそんな遠くにはいけないと思うし」


「はい、そうですね」


審査会場から出てドラゴンの待機場に向かっていたミラを追いかけて、事情を話した。ミラもシルシュを待機場に連れて行ったら探すと言ってくれた。


エヴァンとカーラは、露店が並んで人混みの多い場所を早足で見て回った。ディリィの緑髪が目に入れば、すぐ気づけると思っていたが、ディリィらしき少女の姿を見つけることはできなかった。パッと目に入った小さな子供の多くは、親と手をつないでいた。


エヴァンは、クイールシードに到着してからディリィの見守りをすべてカーラに任せ、子供のお世話の責務から解放されていたことに気づいた。大人しく一緒にいてくれるものだと思ってしまっていた。


――次はちゃんと手をつないでおこう。こんな時、ファムの動物的勘が奇跡的に働いてくれたら。


しかし、ファムは、ただエヴァンの背中にくっついているだけだった。


「こんなに人が多いのでは、空から探せればいいですが」


エヴァンは、ファムが飛んで空から探してくれたらと、言葉に漏れた。


「それよ、エヴァン」


カーラはエヴァンを連れて、辺りを見回すことなく露店の通りを駆け抜ける。町へは向かわず、広場に戻った。広場のはずれにいた今日の役目を終えた三匹の飛竜の前までやってきた。大型ドラゴン同様、近くで飛竜と触れ合うことができる。


「すみません。おりいってお願いがありまして……」


そこには観客はおらず、右のドラゴンのお世話をするドラゴン乗りが一人いるだけだった。カーラはなんの躊躇もせず、背後から声をかけた。


「申し訳ありません。今日は見て触れるだけなんです。人を乗せないでくれって言われいて」


ヘルメットをかぶったドラゴン乗りの女性が振り返っていった。


「あっ」


同時にエヴァンも心の中で言った。見たことのある顔と姿だった。エヴァンもとい平均がこの世にふたたび意識を戻した日、そのドラゴン乗りは、飛竜特空便でアドヴェント村に配達をしてくれた人だった。


品評会の始まりにアクロバット飛行をしたそのドラゴンは、夜空のもとで練習をしていたそのドラゴンだった。


「何か?」


彼女は首を傾げた。


そして、カーラはディリィがいなくなったことを伝えた。


「広場を探したが見当たりらず、町中は広いから、空から探してもらえないでしょうか」


カーラは頼んだ。ドラゴン乗りは、ほんの少しの間、黙った。


「そういうことであれば、お力になりましょう」


彼女は、ゴーグルをヘルメットから下ろして装着した。


「乗って!」


ドラゴン乗りは、ドラゴンをしゃがませて、先にヒョイっとその背中に飛び乗って手を伸ばしてきた。空から探してくれると思っていたエヴァンは、まさか自分たちもドラゴンに乗るとは思ってもいなかった。


ドラゴン乗りの女性を挟むようにして、前にカーラが、後ろにエヴァンが乗る。


彼女が手綱を引くと、ドラゴンが体を起こす。体勢が斜めになって、エヴァンは思わず彼女の腰に腕を回した。


「しっかりつかまっててね。飛ぶよ」


真横に広がったドラゴンの羽が上下に強く打つと、砂埃が舞い上がると同時に、グンとドラゴンが浮かび上がる。その勢いは強く、広場がどんどん遠ざかっていく。


残った飛竜が、飛び上がっていったエヴァンたちを見つめていた。その場に誰も面倒を見る者がいなかったが、待機中であることをドラゴンは自覚していると、そのドラゴン乗りは言った。


町の建物の屋根が見える高さになると、ドラゴンは水平に飛び、安定して乗っていれらた。


カーラの髪がなびいていたが、ドラゴン乗りの女性は特に気にすることもなかった。


町中の道に沿って飛行し、歩いている人の頭がはっきりとわかる。エヴァンとカーラは、ディリィの緑髪を頼りに探した。


「いた! あそこ! あれ、ディリィよね?」


町の上の数往復し、広場とは反対側の町外れに差しかかった時だった。カーラが指を差して振り返った。エヴァンは、その方向に目をやった。


「はい、確かに。ディリィです」


ディリィは二人の何者かに連れて行かれていた。飛竜はディリィたちの上を通過して旋回し、高度を下げていく。しかし、道は着陸するほど広くはない。


「ディリィー」


人家の屋根あたりまで高度が下がった時に、エヴァンは思わず飛び降りた。恐怖はあったが、自然と体が動いてしまっていた。ディリィを助けたい一心だったが、着地するまでの数秒間、耳元の風切り音はまるでトラックにひかれて突き飛ばされている時を思い出させた。地面が近づくにつれ、着地の体勢が歪んでいく。


「ウガッ」


案の定、着地は失敗し、地面の上を転がった。


「なんだ、貴様は」


エヴァンが顔を上げると、竜人の二人とディリィが見ていた。


「エヴァン! わたし、わたし……」


ディリィは泣き始めてしまった。


「ディリィは、私たちと一緒にいたんです。ディリィを返してください」


エヴァンは、立ち上がって言った。


「そうだよ、返すんだよ。元いた海に」


「海に?」


エヴァンが聞く。


「お前らだって、どこかでコーデリア・クラインを拾って海に返す途中なんだろ? 俺らが返しといてやるよ」


「あの、おっしゃっている意味がわからないんですが。ディリィは私たちと一緒に品評会を見に来ただけで」


「品評会を連れてきてくれて感謝するよ。こんなところで出会えるとは思わなかったからな。行くぞ」


竜人のもう一人がディリィの手を無理矢理引っぱり、歩き出す。


「ちょっと待ってください。そんなことしたら、誘拐ですよ」


エヴァンは二人の前に立ちはだかる。


「お前もやっていることは変わらないだろ。海に返すとはいえ、高くも売れる。ミスミスお前に返しはしないよ」


「い、いや、でも……」


「どけ、邪魔だ」


と、いらだった竜人がエヴァンを突き飛ばそうとしたが、エヴァンはピクリとも動かなかった。さらに、拳で殴ろうとも、エヴァンは何も感じず、むしろ、竜人の拳に痛みが走る。


「なんなんだよ、貴様……そうか、やはりお前もコイツ目当てなんだろ。そっちがその気なら」


そう言いながら、竜人はドラゴンへと姿を変えた。


その姿は、道幅を埋めるくらいの巨大なワニだった。威嚇するように開いた口は、人をまとめて丸呑みできるほどだった。


――ここで引いたら、誰がディリィを助けるんだ。


エヴァンは、奥歯をかんだ。


ワニドラゴンの開かられた口が一度閉じ、すぐに開いた。


クククー


ファムは危険を察知し、上空へと退避する。


ドラゴンの口の中から大量の水が撃ち放たれた。


一瞬で、エヴァンを飲み込んだ。


辺りは水浸しになり、人家の窓が割れていたり、家の前に置いてあったものは、きれいに一掃されてしまっていた。


しかし、エヴァンだけはその場から一歩も動いていなかった。


両腕で顔をかばっていたが、まるで巨大な放水銃から放たれる水を大量に浴びたにも関わらず、エヴァンは一切濡れていない。


ワニ姿のドラゴンが、咆哮をあげてエヴァンに走り向かっていく。


エヴァンの直前で体をひねり、その遠心力を使って尻尾を振り回してきた。道幅をゆうに超える尻尾は人家の壁や窓を壊し、それでもその勢いは劣らず、エヴァンに直撃する。


「な、なにっ」


ワニ姿の竜人の驚いた大きな声。


エヴァンは太い尻尾を受け止めて押さえ込んでいた。そして、ぐっと踏み込んで、尻尾を抱えあげ、背後へ勢いよく振り投げ飛ばした。


竜人のドラゴンは、低い声の悲鳴をあげて町の外へと飛んでいった。


「貴様、やはりただ者じゃないな。だが、こいつを渡すわけにはいかない」


「えっ、あ、いえ、私はただ……」


エヴァンは、勇者だと名乗ったところで見逃してもらえる雰囲気ではないと思った。


残ったもう一人の竜人は、ディリィを自分の背後の突き飛ばした。エヴァンに向き直ると、また竜人の姿が変化する。今度はドラゴンではなく、ドラゴンの鱗を厚くまとった人とドラゴンの中間の姿だった。


それだけでなく、手の爪がグングンと伸び、まるで剣のように鋭い刃となってキラリと光った。


竜人がひとたび地を駆けると、一気にエヴァンとの間合いがつまる。


エヴァンの首をはねるように、爪の剣が横一閃を描く。


「なにっ……」


エヴァンは、瞬時に背中を反らせ、ギリギリで刃をかわしていた。


だが、わずかにエヴァンの鼻先は切られていた。


「ふん、刃物はきくようだな」


素早く第二打を振り下ろす。


「グッ」


エヴァンは、振り下ろされた腕をいとも簡単につかんだ。


「なめた真似を」


と、竜人はエヴァンの手を振り払おうともがくも、エヴァンはびくともしない。


そして、エヴァンは腕を抱き込むようにして、竜人を背負い投げ飛ばした。その方向は、もう一人の竜人ドラゴンが飛んでいった方向だった。


竜人は、飛ばされながら何かをわめていたが、すぐにその声も遠ざかっていって、声も姿も消えていった。


――体が勝手に動いた。自分にその記憶がないけど、何度も経験したことのあるような体の動き。


エヴァンは、自分の手の平を見つめ、何度か握ってみたりもした。それは自分で確実に自分で動かしいるのがわかる。


――勇者の力か。


エヴァンは、突然、足を背後から勢いよく抱きつかれた。


エヴァンは向き直って、腰を落として、泣いているディリィを見つめた。


「ディリィ。良かった。怪我はしてない?」


「うん……エヴァン……」


すぐには泣き止まないディリィをエヴァンは、ゆっくりと優しく抱きしめた。


「良かった……本当に良かった」


「わたし、ウミに返されちゃうの?」


「えっ……どこにも返さないよ。大丈夫」


「うん……」


竜人が言っていたことを思い出したエヴァンは、空を見上げた。


ククー


退避していたファムが空から降りてくる。


エヴァンもとい平均は、この世界のどこかで何かが動いているのだと、勇者エヴァンの体を通じて感じとった。

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