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第9話 ドラゴンの品評会

1


品評会に行く朝は早かった。


エヴァンが初めてフレステットの町へ行った時と同じように、日が昇る前で空気がまだひんやりと眠っていた。


荷車は必要なく、エヴァンとカーラ、それぞれ早乗りドラゴンに乗って村を出発した。せっかくの遠出を楽しんできなさいと、村人から背中を押され、その言葉に甘えて、二匹で出かけることになった。


フレステットの町へ行く前に、ディリィを迎えに行った。薄霧で暗い森を進み、無事、ディリィの家に到着すると、老婆とヴァルも出迎えてくれた。


ディリィはあくびをし、ヴァルに触れてからしばし別れの惜しむように手を振った。


エヴァンの早乗りドラゴンに乗って走り出すと、顔を冷たくする空気がディリィの眠気を飛ばした。ヴァルの頭に乗って高いところも平気で、速く移動するドラゴンの上を楽しでいた。


日が昇り始めた頃、フレステットの町に到着した。これから目覚めようとする静かな町の中央通りを抜ける。まだ町に来たことがなかったディリィは、目をキョロキョロとさせ、あれこれ指差しては、嬉しそうな顔をエヴァンに見せてきた。


エヴァンは、そうだねと、なんとか興味ありげに答えるのがやっとだった。


――子供にどう接していいものか……二日も一緒にいるのか……


ドラゴン・ファームへ向かうと、ミラがちょうど表にドラゴンを連れてくるところだった。


「ファムちゃん」


エヴァンたちに気づいたミラの一声が一帯に響いた。連れてきたドラゴンの手綱を放り投げて駆け寄ってくる。


クックククー


名前を呼ばれたファムがエヴァンの肩から飛んで行った。ミラは、ファムを抱きしめて、朝一とは思えないほどとろけた表情をしていた。


「面白いドラゴン」


ディリィは、ミラが放置したドラゴンを見て言った。


それは、ムシュフシュだった。いろんな動物の部位が混ざったようなドラゴンだ。以前、エヴァンがファームの奥で見たのは、成犬ほどの大きさだったが、目の前にいるのは、エヴァンの背丈よりも倍ほど首が長く大きなムシュフシュだった。


クシュー


ディリィが近づいても、優しく鳴くだけだった。ディリィは、ヴァルの大きさに慣れているのか、初めて見る自分よりも大きなドラゴンにも物怖じしていなかった。


しかし、それはドラゴンを恐怖の対象としてみているのではなく、ディリィがドラゴンと触れたいと心から思って近づいているからこそ、ムシュフシュもディリィに心を許している。エヴァンは、ディリィの小さな背中を見て思った。


「早乗りドラゴンで行かないんですね」


カーラが聞いた。


「このシルシュをね、ムシュフシュの品評会に出すの。ブリーダーとして、ドラゴン飼いとして挑戦するの」


「たたずまいが立派ですよ。さすがミラさんのドラゴンです」


「父から受け継いだドラゴンだけどね。だからこそ、しっかり結果が残したいの」


「お父さんから?」


「えぇ。父はもう亡くなってるから」


「……そうだったんですね」


もうだいぶ前のことだから気にしないで、と言って、シルシュの元へ戻っていった。シルシュには、小さな荷車がつながれていて、樽や荷物が乗せられていた。


まもなくミラを先頭にフレステットの町を出発した。




2


目的地は、ひと山越えた先の町。そこが品評会の会場だった。


ひと山越えると言っても、フレステットから先への道はきれいに整備されていた。緩やかな坂道が続き、頂上を越えるとフレステットより広い大地が広がっていた。地図を広げたかのように、あちこちに道が伸びて、その先にある大きな町・クイールシードへつながっていた。


クイールシードに到着すると、フレステットよりも多くの人々が行き交っていた。


賑やかな町中を通り、会場となる町の端にある広場へやってきた。広場というより、野原をそのまま会場にしていた。一部には瓦礫の山や解体途中か崩れたままの建物も数多く見られた。それでも、広場には数多くの出店が並び、たくさんの人々で賑わっていた。


広場の奥には、エヴァンが見たことないドラゴンたちもいた。ディリィだけでなく、エヴァンやカーラも、人々とドラゴンの多さに目を回していた。


もともとクイールシードは、ドラゴンのやりとりが頻繁に行われていた大きな町だと、ミラは言った。


しかし、魔王体制下が終わる頃、火山の噴火とともにそこで眠っていたとされるドラゴンが目覚めて、町の半分以上がそのドラゴンに破壊された。魔王が倒されたことで魔王の影響から解放されたドラゴンは火山に帰るも、クイールシードは絶望の中だった。それでも、今日の品評会を目標とし、目指し、たった一年でここまで復興が進んでいた。


エヴァンたちが、ドラゴンの待機所でドラゴンを休ませていると、パンパンと、青空で白い煙が上がった。すぐに広場の中央から、開催の合図でもある演奏が始まった。


そして、あたりにいる人々が、次々と一方向の空を指差した。つられるように、エヴァンたちも空を見上げた。


三匹の飛竜が横に並んで、広場を目指して飛んできていた。


広場の上空にやってくると、三匹で円を描くように飛び、一匹一匹、飛行演技に移った。


横一直線に飛びながら、ぐるぐると回転させた飛行。


別の一匹が、急浮上して急降下し、そのまま広場に落下すると見せかけてまた急浮上する。広場で土埃が舞い上がった。


エヴァンは、訓練されたドラゴンがパフォーマンスしているのかと思ったが、ドラゴンの背中に人が乗って、操っているのが見えた。


――かっこいい。あんな風に乗れたら……。


次に、細かくジグザグに進むドラゴン。器用に片羽を閉じて方向をひょいっと変え、交互に繰り返して、飛行する。


――あれ? この動き、どこかで。


「エヴァン、この動き、あの日の――」


カーラも気づいていた。ヴァルがドガーを襲った日の夜、外のベンチでカーラと話していた時に夜空を飛んでいたドラゴンの動きだった。


「あれは、あのドラゴンの飛行練習だったんだね」


空で機敏に動くドラゴンを見ながらカーラが答えを出した。


「はい」


三匹のドラゴンがそれぞれ三方向に広がると、向きを直る。動きが止まった次の瞬間、三匹同時に、広場の中央に向かって飛び出した。それぞれが向かう先に線を伸ばすと、一点で交差する。


その距離が、瞬く間に縮まっていく。


その距離が短くなればなるほど、広場の観衆は、悲鳴とも取れるような声と歓声が入り混じる。


そして、三匹は広場の中央で交差。


コントロールを一歩間違えれば、三匹の飛竜がぶつかっていた。


すれ違った勢いのまま、それぞれ三方向へ飛んでいった。


今までで一番大きな歓声が上がり、拍手が響き渡った。


最後に、広場上空でもう一度円を描いて、元来た方向へと飛んで行ってしまった。


また空で、パンパンと乾いた煙が弾けて、広場は盛大な拍手に包まれた。




3


一日目は、品種別の品評会が主なプログラム。二日目には、全体を通した総合審査も行われる。それは、品種別の上位の中から今回一番良かったドラゴンが選ばれるという。


品評会と聞くと地味な印象だったが、二日目には競走部門もあり、ドラゴンに乗って速さを競って一番速いドラゴンを決める。品評会も競走もどちらにも豪華な賞品がもらえることもあり、クイールシード近隣の町や村から参加者がたくさん来ていた。


各品種の品評賞には、ロイヤルドラコ社のエサがたくさんもらえるようで、ミラはそれを狙っていた。それを聞いたカーラも、ドラゴンを品評会に出してエサを貰いたいと言った。だが、品評会に出せるドラゴンを育てるには、それなりに時間と訓練も必要だとミラは言う。


競走部門なら自分たちのドラゴンで飛び入り参加もできると言うことで、参加しようかとカーラは考えていた。


二日目の最後には、大型ドラゴンによるドラゴン・ファイトのデモンストレーションがある。広場のずっと先にその大型ドラゴンの姿が確認できていた。


多頭ドラゴンのヒュドラとファイヤー・ドレイクというドラゴンが、離れているその場からもその大きさを感じられた。暴れたりしないのか心配になるエヴァンだったが、しっかり調教されているとミラの言葉に安心した。


品評会出場の手続きをしたミラとともに、出番まで会場を散策した。


露店では、食べ物やドラゴンにまつわる商品も販売されていた。エヴァンをはじめ、カーラもカーラと手をつなぐディリィも見るもの全てに興味津々だった。


それは物だけではなかった。ミラが、露店の前に立っている二人の男性をそっと指差した。


「あの人たち、竜人よ」


「竜人?」


エヴァンがミラの声の大きさに合わせて聞いた。


「そう。人に姿を変えられるドラゴン族。こんな内陸の町にやってくるのは珍しいわ」


その姿は人のそのもので、二本足で立っている。髪はなくスキンヘッドのようだった。全身の肌は、うろこの模様が見てとれた。人との違いは、背後にドラゴンたるしっかりした長い尻尾であった。


店主も初めて竜人と会ったのか、驚きつつも竜人と会話を交わしていた。


「私、初めて見た。本当にいたのね」


カーラもそっと言った。


「ドラゴン族は、海辺か山間部で暮らしているんだけどね。魔王がいなくなったことで、ドラゴン族も生活が変わったのかもね」


「やぁ、ミラ」


露店の道を進んでいると、露店主の男から声をかけられた。


「ブレンさん。ブレンさんも出店されていたんですね」


「久しぶりだね。親父さんが亡くなって以来か。見違えるくらいきれいになって」


「昔からきれいだったと思うけど」


ミラは皮肉を込めた笑顔で答えた。


「あ、いや、昔以上にさらに大人になって意味だよ」


「えぇ、ありがとうございます。おかげさまで、ファームもなんとかやっています。このあと、父のムシュフシュで品評会に出るんです」


「おう、そうかそうか。なら、あとで見に行くよ」


ブレンは、サラマンダー専門のブリーダーだった。ミラのファームにいるサラマンダーもブレンから譲り受けたもの。ブレンはとても珍しい金の毛をはくサラマンダーを育てていた。その毛束の商品や毛を使った布の販売をしていた。どれも高価だった。


そして、ムシュフシュを品評する時間となった。


広場の中央の柵の中には、たくさんのムシュフシュが勢揃いしていた。飼い主とムシュフシュは横に並び、全体は円形になって数人の審査員の前をゆっくり歩いたり、止まったりを繰り返しながら服従度の審査も合わせて行われる。


エヴァンたち観客は、柵越しにその様子を見ていた。エヴァンとカーラの間で、柵の下側から見ているディリィもたくさんのドラゴンに興奮気味だった。


大小のムシュフシュは、品評会に出ているだけあってどれも立派に見えた。


ライオンのような前足、鋭い爪のある鳥の後ろ足。舌先が二つに割れた舌がチロチロ出て、蛇のように伸びた首と顔。頭には渦を巻く角があり、その大きさや巻き具合も審査項目になっていた。


尻尾は蛇のように長く、体全体はうろこに覆われている。ムシュフシュに限らず、ドラゴンのうろこの色やきめの細かさも見られる。


また、ドラゴンの種類によっては、牙の長さや鋭さ、目の輝き、吐いた炎の長さと色、体全体の均整など身体チェックから、敏捷びんしょうさも見られる。大きな大会になれば、より細かく見られるという。


ミラとシルシュが、エヴァンたちの近くまでやってきた。


ミラもエヴァンたちに気づき、手をふり返した。


シルシュは、ミラの合図で前へ進んだり、止まったり、お座りをしたりと、瞬時にその指示に従っていた。中には、集中力が切れてしまって、列を外れてしまうムシュフシュもいた。


ムシュフシュが一周すると、審査が終わった。結果は、今日の夕方に発表される。


柵の中にいた出場者とムシュフシュが順番に柵外へ出てくる。


「ミラさんと合流しましょう。あれ?」


カーラは辺りを見回して言った。


「どうしました?」


「ディリィがいない」


「えっ」


エヴァンは、カーラと自分の間を見た。ついさっきまでそこで品評会を見ていたディリィの姿がなかった。


辺りを見回すも、ディリィらしき緑髪の少女は見当たらない。


エヴァンは、大切なものを失くしたことに気づいた時のように、全身から血の気が引いた感覚におちいった。

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