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如何物喰い  作者: 蓮の華
遭遇、変異。そして、切り裂くもの
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遭遇、変異。そして、切り裂くもの 伍

目が覚めるといつもの部屋。

むくりと起き上がり目を擦る。

時刻は8時ジャスト。寒さに布団に戻りたくなるが、なにより空腹感が飯を寄越せと騒ぎ立てる。


いつものようにエアコンをオンにして、身を縮めながらノロノロとなにか食べるものはないかと冷蔵庫を開ける。

冷蔵庫は2Lのペットボトルの烏龍茶、その他は調味料があるくらいで即席で食べられそうなものはない。白米も昨日はあんなことがあって炊飯予約はしていない。

カップ麺も残念ながら昨日ので最後だ。

冷凍庫を開けるが冷凍食品は影も形なく、気紛れに買ったがりがりするアイスが一つのみ。

すぐ食べられるものは全滅、仕方なしにこのくっそ寒いのにアイスをかじり、良く冷えた烏龍茶を飲む。


食べられそうなのはないかと探すと、キッチンの隅にあった段ボールにはパスタや素麺、実家からの補給品。パスタソースは買い置きがない。めんつゆはあるから素麺だな。


シンクに立て掛けておいた銀食器をテーブルに避難させ、鍋に水を張り火を掛ける。


水が沸騰するまで少しある、自己主張の激しい腹を押さえながらスマホを確認する。

メルマガとソシャゲの通知だけだったのですぐに興味を失いテレビを点ける。

日曜アニメタイムを見なくなって久しい、朝は大体ニュースを垂れ流している。

特に昨日の事がニュースになってたりするかな、と眺めていると大体は全国ニュースで政治家がどうとか代わり映えのない話題ばかり。


ボーっと眺めていると、鍋がグツグツと音を立てるのが聞こえる。ようやくかと腰をあげる。

いつもは一束だが今日は二束でいこう。

素麺を鍋に投入し、ゆるゆるとかき混ぜる。吹き零れないように火を調整しつつ丁度良い固さになるまで待つ。

サバーっとシンクに置いたザルに空け、軽く水で洗う。めんつゆはケトルから熱湯で割る。


二束だと思った以上の量になる。

ドンッと皿に盛り、待ちに待った朝飯。


「いただきます」


と誰に言うでもなく呟く、習慣だ。


ニュースは県内ニュースになっており、交通事故や地方の小学校でイベントがあったなど特に興味のない話題が続く。


……今日未明、市内で60歳台の男性が自動車事故で……

……周囲では同様のひったくり事件が多発しており……

……公園の遊具が何者かに切り裂かれ、周囲の住民は不安に……

……駅で人身事故があり電車に遅れが……

……冬の牡蠣祭りが開催され多くの来場者が……


物騒な事件が多い。県内、というか、この辺りの事件が多い。だが、幸いと言うかなんと言うか、トンネルの破壊とか死体無き殺人現場とかそんな話題がなくて一先ずはホッとした。


ズルズルと素麺を啜りながらニュースを聞き流す。



間もなく空になった皿。







おかしい。変だ。不自然だ

違和感。とんでもない違和感。

奇異で奇妙で妙竹林。




いつもなら腹が一杯になるはずの量。

いつもなら苦しくて二束にしたのを微妙に後悔する量。

いつもなら残してしまってもおかしくない量。



なのに何故か俺の腹は満たされない。

全然全くさっぱりも。

目の前の皿とめんつゆがなければ食べたことも白昼夢。まだ夢の中と言われた方が理解しやすい。

しかし口の中に残るめんつゆの味は確かだし、匂いだって間違いない。


食べたのに、食べられてない。

本能が警鐘を鳴らす。

満たされない欲求は俺の心を掻き乱す。


転がるようにキッチンへ。

もう一度だけと、まだ沸騰もしていないぬるま湯に今度は三束纏めて鍋にぶちこむ。はやく煮えろとかき混ぜる。吹き零れるのもお構いなしに、まだ固いままなのに一刻もはやくとザルに空け、シンクの上で味付けもないまま貪り食う。




結論から言えば全く変わらない。幾らでも食える感覚。都合五束。四~五人前。

今までの俺からすればどう考えてもおかしい。食べ放題は食べる量が少ないから敬遠する程度。こんなフードファイター顔負けな朝飯は想像も出来ない。





思えば昨日のカップ麺を食べた時からおかしかった。疲労感とかそんなものじゃなく、昨日のあの時にはすでに異変は起こっていた。



いつからだ、いつからこれが始まった。



助六寿司を食べた時には確かに満たされていた。

帰って来て食べたカップ麺はもう満たされなかった。





その間




その間だ。


その間には…………そう、化け物とのやりとり。


終わった筈の出来事。ニュースになっておらず、大きい騒ぎになっていなかったからと深く思い出したくはなかった。


だが、そうはいかないようだ。

風呂場には使い物にならなくなった衣類。

歪んだ銀食器。

そして、この食事量の変化。


すぐに着替えて、財布とスマホを持ち出し家を出る。








犯人は現場に戻るとは良く言うが、例に習って俺は昨日の死闘の現場へ来ていた。


トンネルの入り口には封鎖のテープ。警察ではなく警備員らしき人が入り口を塞いでいる。

入り口の横にはボードが立っており、一部老朽化のため通行止め。補修工事予定とだけ書いてあった。


老朽化のため?

壁が爆散して辺り一面血塗れの状況で?

殺人現場も欠くやというあの状況で?


訳が分からなくなる。家にはあの時の証拠があるが、こうしているとあの時の出来事こそが夢だった気さえする。


「あの…」


一縷の望みを掛けて警備員らしき人へ話しかける。


「ここで…何かあったんですか?老朽化って…」


「ん?あぁ、壁が崩落してたんだよ。今原因調査中だから通り抜けは出来ないよ。遠回りかもしれないが、あっちの歩道橋を使ってくれ」


中年の警備員は朝から何度目の説明か知らないが適当に答える。


「だ、誰か怪我したとかなかったんですか?」


食い下がる俺に微妙に怪訝そうな顔をするが質問には答えてくれる。


「いや、そういう話は聞いてないよ。上が国道だから念のための原因調査らしいし。補修工事だけで崩落なんかしたら困るからね」


人が良いのか丁寧に教えてくれる警備員。

これ以上知らなさそうだし、食い下がって変に怪しまれるのは良くないか…。



警備員に礼を言ってその場を離れる。


結局何も分からなかった。

正直なところ、なにが正しいかも分からなくなってきている。


そもそも昨日の化け物は本当にいたのか?

良く考えなくても非現実的過ぎる。

左手が、腹がなんともないのもそうだし、証拠と嘯いていたのは今やあの歪んだ食器と赤黒い染みだらけの破れた服のみ。

リアルな夢を見たとか思った方が余程あり得る。

行き場のないモヤモヤ感が思考を埋める。


とりあえず今のところ答えが出なさそうな事は置いておこうと、思考を切り替える。

あのトンネルが大きな問題になってなさそうなのはとりあえず行幸。社会的責任を問われなくて良かったと思おう。


目下やらなきゃならないのは相変わらず自己主張を繰り返す腹をどうするのかだ。











「いらっしゃいませ~、お一人様ですか?」


一度家に帰って、滅多に被らないニット帽に伊達メガネを装備してランチには微妙に早いが、飲食店に入る。

そう、食べ放題バイキング。


90分食べ放題、休日ランチ、1790円。

フードはチープで、肉はTHE外国産といった、量以外はほぼ期待できないが学生の味方。

付き合いで来たことがある以外は滅多に来ない食べ放題。

今は限界まで食べてみるしかない。


着席スタートと同時に、何でも良いと大皿一杯山盛りに寿司、肉。

あまりに大量に持っていくため、店員から声を掛けられる。


「あの~…お客様?当店ではあまり残された場合その、追加料金が…」


バイトであろう若い女性が声をかけてくる。確かにそんなにガッチリもしていない俺が到底食べきれなさそうな量。


「分かってます」


肉の傍らに寿司。寿司の傍らに山盛りのナポリタン。その他ボウルに山盛りのサラダ。

誰もが若者の悪ふざけかと思うくらい、テーブル一杯に並べられた食事。

遠目にはどうも店員が呼んだのか店長らしき人物がこちらを睨んでいる。




「いただきます」





暴飲暴食、正に暴力のような食事だった。

肉を焼きながら寿司をナポリタンを口に運ぶ。汚い食べ方にならないようにはしているが食べる手が止まらない。


確かに良い物と比べれば味はかなり劣るが、それなりに旨い。食べ放題とバカに出来ない程度にはクオリティーはある。そりゃいくら食べ放題でもある程度の質がなければ生き残れない、飲食産業も厳しいのだろう。



肉を焼いている間にいつの間にか無くなっていた寿司やその他諸々を手当たり次第と言って良いほど山盛りにしてテーブルへ。

本格的なランチタイム前とは言え、休日の昼間。他の客から食べ物がないとクレームが来たらしく、呆けてこちらを見ていた店員達は次々と無くなっていくフードを大慌てで補充していく。


火力が足らない。肉が焼けるのが遅い。

定員を呼び火力を上げてもらう。

先程の女性定員がおずおずと火力を調整していく。

増した火力に、肉が焼けるのが早くなる。むしろ焦げる。半生のも焦げたのも度々あったが気にせず口へ放り込む。

ホルモン系はダメだな。時間がかかる。焼けやすいカルビとか薄い肉をメインにしよう。


大食いチャンピオンとかでも90分ずっとトップスピードで食べ続けるのは恐らく無理だろう。

だが、今の俺の腹はそれが可能だった。

腹よりも先に顎が疲れてきた。

味も単調にならないように途中に甘味も挟んだ。その時の店長らしき人がホッとした表情をしていたが、再び肉に戻った俺に絶望的な表情をしていた。






40分ほど経っただろうか。それでもスピードは落ちることなく食べ進める。テーブルの物が一通り無くなり、網の上の肉で最後だ。

補充するかと顔を上げると、周りの客からは好奇の視線。

店員からは仕事を増やしているからであろう恨みがましい視線。

店長は涙目。


必要ないかと思ったが、念のために着けてきたニット帽と伊達メガネは無駄ではなかったようだ。


さて、まだまだ時間はあるし、まだまだ食える。腹が苦しいとかいう感覚も全くない。末恐ろしくなるが、今はそれより限界まで。

立ち上がり、大皿を手に取ったところで



「おきゃくさまぁー!!!!!」



スライディング土下座で突っ込んできた店長。


「何卒!何卒!ここまでに!!」


いい大人の社会人の形振り構わぬ土下座にドン引きする。


「えっ…と、ここって食べ放題じゃ…」


消極的な反論に被せぎみに店長は叫ぶ。


「そこを!!そこを曲げてなんとか!なんとかぁー!!!」


ただでさえ視線を集めていた俺だが、土下座店長と揃ったところで恐らくこの場にいる全員の視線を集めた。


「うっ…うぅっ……」


ガチ泣きだ。


さすがにここまでされてしまったら、これ以上は無理だ。それに変装もどきをしてるとはいえ、この視線の中では食事を続けられそうもない。


「…はぁ、分かりました」


「あぁ、あっありがとうございます!!!」


喜色満面、良かった良かった。

しこたま食いはしたので特に文句も言わずに定価を払って帰ることにする。

何故か店員全員の見送りを受ける。


「また来ます」


そう言って退店したら、店長は倒れこんだ。








家に帰り、ニット帽を放り投げ伊達を外し、焼き肉臭くなった服を着替えて洗濯機に入れ、どかりと座る。



何はともあれ、幾つか分かった事がある。


普通の食事では限界は恐らくない。そして、空腹感は紛れない。

キロに換算すれば十キロ以上は恐らく食べた。

寿司だけでも200貫以上は食べているし、肉は大皿山盛り10枚以上食べた。それ以外にも麺類や甘味、手当たり次第に食べたが、結局空腹感は満たされなかった。満たされないとはいえ、食べている最中は気は紛れるのも発見だ。

しかも、物理的に腹が膨れることもなかった。食べたものは何処に行ったのか不思議だ。



そして、もう一つ。


空腹感が変わらないのだ。

昨日感じた空腹感と、今の空腹感が同じ。


完全に推測だが、空腹感が体の栄養不足の危険信号だとするならば、変わらないのであればすぐに栄養失調になるような状態ではない…はず。

もしこの空腹感が強くなった時はピンチかもしれないが…今のところそういった感覚はない。



そして、これは分かったことではなく、思い出した事だ。


恐らくこの状況の原因。


あの化け物の黒い玉。あれを食ったから。

どう考えてもあれだろう。

食べ放題で黒こげになったホルモン見て思い出した。あの時はギリギリもギリギリだったから今の今まで本当に忘れていた。

助六寿司とカップ麺の間。期間的にもぴったりだろう。


しかし、原因の予想が付いたとはいえ、根本的な解決とは程遠い。

あの玉が原因だとしても、今さら吐き出すことは無理だろう。今出るとしたら寿司か焼き肉だ。


それでも状況を理解出来てくると、少しだが余裕が出てくる。


幸いと言って良いのかは分からないが、丁度オカルト関係に詳しい人物が二人ほど思い当たりまくる。





そして最後に、実験せねばならないことが一つ。



食べ放題の帰り道、コンビニに寄って食料の補充のついでに剃刀を買ってきた。

包丁はステンレス製で錆びてこそいないが買ってから研いでいないから切れ味には期待できない。


これが証明されれば、昨日の出来事が間違いなくあったと言える。

剃刀をとりだし、指に当てる。

やはり地味に怖い。不意に怪我をすることは勿論あるが、自分で傷をつけるのはやはり訳が違う。


「……えーい!」


威勢の良い掛け声とは正反対に、僅かにぷつっと肉が裂け、血が出る。鋭い痛み。


「……うわー……まじかぁ……」


予想していた事ながら思わず引いてしまう。


血を拭うと、すぐに明らかになる。

血が固まるよりも先に、傷はもう痕も残さず塞がっていた。


それと同時に僅かに感じた違和感。

大きな変化ではなかったため、気のせいかとスルーしたが、これは後々思い知る事になる。

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