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妄想オタクの非現実的な日常  作者: 楪 彩郁
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妄想女子と羊吉さん 6

 慎太郎に言われた通り、弥宵はいつも食事をしているテーブルの席へと移動した。向かい側には慎太郎が座り、羊吉は立ったまま近くの壁にもたれている。


(説明って……教育って?)


 弥宵の心臓は、ひどく暴れ回っていた。慎太郎の口ぶりからは、彼は昔から彼らの――羊吉のような存在を知っていた、ということが分かる。羊吉が今まで誰にも人間の姿を見せなかったのは、“そういう存在”を知らない人間に見つかることを恐れたからなのか。


「いいか、弥宵。羊吉くんが言っていることは本当だよ」

「さっき言ってた、あやかしってこと? 確かに、普通の人とは違うけど……そんなの、信じろっていう方が難しいよ」

「そうだな。それは、弥宵に教えてこなかった父さんの責任でもある。でも、実際にそういう不思議な生き物がいるんだ。彼らは、信用できる人間の前にしか姿を現さないから、この町でも知らない人は多い」


 弥宵は羊吉の方を窺った。腕を胸の前で組んで立ち、またもや眠そうに欠伸をしている。確かに、羊の時も眠っていることの方が多かった。父が言うのだから、本当にあの羊吉なのだろう。


「私、ずっと羊吉の世話をしてきたけど……どうして今日、人間の姿になったの? 前兆だってなかったし、そりゃ驚くよ」


 弥宵に話しかけられた羊吉は、壁から背中を離して少し姿勢を正した。驚くばかりでじっくり観察していなかったが、弥宵が想像した通りの姿なので、かなりの美形、所謂イケメンだ。これでは、ここに帰ってくるまでの間に、人目を引いたかもしれない。それほどに目立つ。


「……僕は、捕らえられた後、ずっと羊に擬態していたせいで、この姿に戻るための力を失ってしまった。戻るに戻れなかったんだ。それが今日、突然力が戻った」

「え?」

「ちょうど、弥宵が他の飼育小屋に行っている間だった。この姿に戻れるのが久しぶりだったから、嬉しさのあまり気分が高揚して……。気が付いたら、そのまま柵を飛び越えていた」

「え、えーっ!?」


 ということは、弥宵が羊吉を擬人化させて妄想していた時、本当に羊吉は人間の姿になっていたのだ。弥宵は頭を抱えた。


(待って、そのタイミングは偶然? でも、私が思い描いた通りの姿になってるし……)


 弥宵と羊吉の間に、何かしらの現象が働いたのではないか。そう推測してもおかしくはない。未だに疑問符をたくさん頭上へと浮かべながら、弥宵は羊吉の言葉をどうにか理解した。


「それじゃ、私のところに戻ってきたのは……?」

「道路まで出たところで我に返って、一旦羊の姿にしたんだ。僕に力が戻ったのは、きっと弥宵のお陰だろう。だから、最初は信じてくれなくても、君には正体を明かして、この現状からなんとか助けてもらおうと思った」

「だけど、私はそこで気絶した?」

「うん。地面に頭を打ちかけたから、とっさに支えたんだ」


 そのまま角だけを布で覆って隠し、弥宵を背中に抱え、羊吉は学校を出た。そして、娘の帰宅が遅いことを心配した慎太郎に、そこで出くわしたというわけだ。話の辻褄は合う。だが、どうしても弥宵には納得いかないことがある。


「お父さん。私って……生まれつき、何か変な力とか持ってる?」

「……どうかな。人間誰しもその可能性はあるよ。でも、羊吉くんと二年も接していて、今日いきなり力を発揮するっていうのも考えがたいから、断言はできないね」

「……そっか」


 やはり、偶然に偶然が重なっただけなのか。弥宵は首を傾げつつ、もう一度羊吉を見た。どうも眠いらしく、立ったまま欠伸を繰り返しているようだが、彼にはまだ質問に答えてもらいたい。弥宵は遠慮がちに口を開いた。


「あの、羊吉……さんって」

「ん? 羊吉でいいよ」

「羊吉は、元の姿って、昔からそう……ですか?」

「うん。元の姿は、これで間違いない」


 弥宵は目を(みは)った。自分が見たこともない羊吉の本当の姿を、ほぼ完璧に予想できたのはなぜか。慎太郎は断言しなかったが、弥宵には隠れた力がある可能性が高いのではないか。それが現段階での弥宵の考えだった。


 力があるとしたらその理由を知りたいが、これ以上考えたら頭が痛くなりそうだったので、やめておくことにした。今は、羊吉のような、あやかしという存在を認めるだけでもよしとする。弥宵はそう結論づけた。


「どうして、そんなことを聞くの?」

「いや……実は、羊吉が人間だったらこんな感じかなって、妄想したことがあったんです」


 弥宵は妄想癖を隠すことはしない。この町ではみんなが受け入れてくれるからだ。羊吉の前でもそれは同じだった。ただ、その妄想が、羊吉の力の復活に繋がっているかもしれないとは言わないでおいた。もう、これ以上ややこしくしたくないからだ。


「いつも思ってたけど、弥宵って面白い子だね。世話しながら、僕にずっと話しかけてくるし。しかも、今更敬語になるの?」

「あ、羊吉って、きっとものすごく年上だろうなって、今になって気付いたので……」

「なにそれ。いつも通りに話してくれていいよ」

「あ……分かった。教えてくれてありがとう」


 弥宵が例を言うと、羊吉は一瞬だけきょとんとして、すぐに穏やかに笑った。二次元の世界から飛び出してきた角のついた変な格好のイケメンが、自分に微笑んでいるような錯覚に陥る。不意に、弥宵はドキッとしてしまった。

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