人間とあやかしの恋 4
羊吉が息を引き取っても、弥宵の身体には何も起こらない。それが、弥宵にとっては、とてつもなく悲しかった。二人は結局心を通わすことができなかった、という証明でもあるからだ。「もっと早く、想いを伝えていれば」と、激しい後悔が募る。
弥宵は、羊吉の胸の上でひとしきり泣いた。次第に冷たくなっていく羊吉の肌が、寂しくて、悲しくてたまらない。
「ありがとう、羊吉……私を好きになってくれて……」
その頬に手を伸ばし、顔を近づける。もう届かないかもしれないが、弥宵はけじめをつけたかった。
「大好きだよ」
薄く開いた唇に、自分の唇をゆっくりと重ねる。それが、弥宵のファーストキスだった。
(白雪姫なら……これがハッピーエンドの物語なら、目を覚ますのに)
男女は逆転していても、奇跡が起こってくれたらと、願わずにはいられない。顔を離し、弥宵は再び羊吉の頬を撫でた。その刹那――。
「きゃっ!」
羊吉の身体が、一瞬強く発光したのだ。それは、羊の姿に変わる時の反応に似ていたが、目の前にあるのは、人間の姿のまま横たわっている羊吉だ。
(見間違い……?)
しかし、弥宵が目を擦った直後、なぜか羊吉と目が合った。
「え?」
羊吉の目が、開いている。しかも、驚いているかのように、ぱっちりと。先程まで、しっかり閉じられていたはずだ。
「羊吉……?」
「弥宵、僕……生きてる?」
「う、うそ……! さっきは確かに……」
弥宵は慌てて頸動脈に触れたが、今度はきちんと動いている。それどころか、肌が熱を持ち始め、血が通っていることを証明していた。
「僕も、力尽きたと思った……もうだめだと思った時に、急に意識が浮上したんだ」
「ど、どうなってるの!?」
「……弥宵、僕に何かした?」
そう聞かれて、弥宵は言葉に詰まった。勝手にキスをしたことを白状するなんて、恥ずかしくて死にそうだ。
「な、何もしてない」
「嘘だ……。目が泳いでる。教えて?」
「……き」
「き?」
「キス……しました……」
弥宵は両手で顔を覆った。薄暗闇で羊吉には分からないかもしれないが、今は全身、リンゴのように真っ赤になっている。まさか本当に、おとぎ話のような奇跡が起こるなんて。
「弥宵、顔を見せて」
「……やだ」
羊吉の笑う声がする。しかもそれは、弥宵のものすごく近くで。
「えっ」
弥宵が手をどけると、羊吉は自力で起き上がり、弥宵を抱きしめていた。羊吉が確かにそこに存在するという温もりに、弥宵は呆然とする。
「ほんとに、生きてる……?」
「ああ、生きてるよ」
「え、なんで、生き返ったの? もしかして、死んだふりしてた!?」
「いや、冗談でもそんなことしない。可能性があるとしたら……」
羊吉は弥宵の唇を親指で撫でた。弥宵は羊吉の腕の中で飛び上がる。
「キス? どうして……あっ!」
「心当たりがあるの?」
「私のお母さんは、創造の力を持つ神様だったから……私にも不思議な力があるらしくて。それを、羊吉に渡したのかもしれない」
「えっ? えっ!?」
弥宵は羊吉に、自分の生い立ちの話をして聞かせた。弥宵が神と人間の間に生まれた子なら、羊吉は人間とあやかしの間に生まれた子。半分と半分が合わさって、上手い具合に化学反応が起きたのかもしれない。どれだけ推測しても、正しいことは、弥宵にも羊吉にも分からなかった。
だが事実、羊吉は力を取り戻した。それにより、寿命を回避したのだ。
「よかった……よかったよぉ……」
「うん。僕も嬉しい。力も戻ったみたいだ」
二人は固く抱きしめ合った。弥宵の頭に羊吉の頬が触れて、少しだけくすぐったい。
「弥宵」
「……ん?」
「弥宵の気持ち、聞いてない。だから、教えてほしい」
羊吉は、しっかりと弥宵の両肩を抱き、真っ直ぐ目を見て言った。
「えっ……さっき言ったよ!?」
「いつ? 僕は聞いてない。あ、キスしたとき?」
「わーっ! それは言わなくていい!」
羊吉は陽気に笑った。完全に力が戻ったらしく、先程までの弱々しさはなくなっている。
「お願いだ、弥宵。聞かせて?」
「……大好き、です」
「もう一回」
「大好き!」
二人はもう一度、抱きしめ合った。不思議と、涙が溢れてくる。
「ねー、ちょっと! 夜中なのにうるさい。このバカップル!」
「羊吉さん、も、もしかして、力が戻ったんですか?」
入り口で実兎と天馬の声がして、二人は慌てて離れた。声が外にも聞こえていたらしい。羊吉が頷くと、実兎と天馬は顔を見合わせ、一目散に羊吉へと抱きついた。
「このばかっ! 心配かけさせやがって!」
「ほんっとうによかったです! おめでとうございます!」
「ありがとう、二人とも」
騒ぎを聞きつけたのは、彼らだけではなかった。慎太郎がやって来て、三人を優しく見守っている。彼は、羊吉の力が戻った理由についても察しているらしく、弥宵の肩に優しく触れて「よくやった」とだけ零した。




