人間とあやかしの恋 2
「ど、どういうこと!?」
「分からないんです。買い物から帰ってきたあと、急にふらっと倒れて……とにかくこっちへ!」
弥宵は勉強机から跳ね上がるようにして離れ、天馬の後をついていく。台所の流しの前で、羊吉は目を瞑ったままぐったりとしていた。
「羊吉! 大丈夫? 聞こえる?」
できるだけ身体を揺らさないように、弥宵は羊吉の肩と頬を叩いて、反応を見た。
「う……弥宵?」
「うん。どこが辛い?」
「ふらふらする……それと、身体に力が入らないんだ」
「遅めの熱中症かな……。フードを被ってるから、余計に熱を浴びたのかも。天馬、運ぶのを手伝ってくれる?」
「はい!」
天馬の背中にどうにか羊吉を乗せ、寺の中でも一番風通しのいい部屋へと運んだ。布団を敷き、その上に羊吉を横たえ、衣服を緩めてやる。
「弥宵さん、他には、どうしたら……」
「タオルと、氷水を入れた桶、それを用意してもらえる?」
「分かりました!」
天馬も、あやかしが倒れたところを初めて見たのだろう。慌てふためきながらも、仲間を助けたいと動いている。
(医者は……呼べないよね。角を見られたら、説明できない)
あやかしと人間が一緒に暮らしていく上での、一つの課題だった。もし大病を患っても、処置を受けることができない。苦しそうに呼吸をする羊吉が心配なのに、弥宵は何もできず、ただひたすらその手を握って祈った。
すると、一分ほどが経った頃、羊吉の呼吸が落ち着いてきた。額には汗を浮かべているが、先程よりも楽にはなったようだ。
「お待たせしました」
「あ、ありがとう」
天馬の持ってきた氷水にタオルを浸して冷やし、それを絞って羊吉の額に乗せる。すると、羊吉が少しだけ目を開いた。
「羊吉? 気分はどう?」
「うん、かなり楽になった……少し眠れば、大丈夫だと思う」
「……そう。お水持ってくるから、寝る前に飲もうか」
「うん」
弥宵が立ち上がるよりも前に、天馬が台所へと駆けていった。弥宵はそれを見て微笑みながらも、羊吉が何か隠している気がしてならなかった。
「羊吉」
「……ん?」
「もし何か悩んでいるなら、聞くから。私、全部受け止めるから。言いたくなったら、言ってほしい」
「……分かった」
羊吉は、隠していることなど何もないと、否定しなかった。でも、羊吉ならいつか言ってくれるだろうと信じている。そういう気持ちが伝わっていてほしいと、弥宵は願った。
天馬が持ってきた水を飲んだ羊吉は、それから丸一日、眠り続けた。
*****
次の日、弥宵と実兎が学校から帰ってきたタイミングで、羊吉は身体を起こしていた。慎太郎と天馬に身体を拭いてもらい、着替えもさせてもらえたようで、顔色はかなりよくなっている。
「ほら、嫁が早く行ってやんないと」
「よ、よよ、嫁って!」
部屋の入り口で突っ立っていた弥宵を、実兎が後ろから押す。最近は、弥宵と羊吉のことを『バカップル』から『嫁、旦那』と呼ぶことに変えたらしい。弥宵は、付き合ってもいないのにそう呼ばれることに、くすぐったさを覚えていた。
「羊吉、具合はどう? ご飯は少しでも食べた?」
「うん。でも、まだ身体に力が入らなくて……」
羊吉が弥宵の方に手を差し出すが、それは確かにぷるぷると震えていた。力を入れたくても入れられないのだと言う。
「早く治りますように……」
「弥宵、ちょっといいか?」
「あ、はいっ」
慎太郎に手招きされ、弥宵は三人を残し、慎太郎と一緒に本尊のある部屋へと向かう。大事な話をする時は、ここに来るのがもはや恒例になっていた。
「羊吉のあの症状、何か知ってるか?」
「ううん。ただ、普通の病気ではなさそうだなって」
「これは私の推測だが……寿命が、近いのではないかと思ってる」
「……え」
弥宵は何度、慎太郎の前で驚けばいいのか。いくら推測でも、言っていいことと悪いことがある。弥宵はその可能性を考えては、「それはない」と、何回も頭の中で払拭してきた。
「この前まで、あんなに元気だったのに?」
「あやかしとはそういうものだ。いつ逝くのか分からない」
「じゃあ……そうなったら、私も……」
「そうだ。心を通わせた者として、道連れに亡くなる可能性がある」
弥宵は黙った。慎太郎は、そういう事態を避けるため、彼らを追い出そうとした。それを引き留めて説得したのは自分だ。「怖い」「まだ生きたい」などと、言えるはずがない。だが、こんなにも早く巡ってくるとは、思ってもいなかった。自分が甘かったのだ。
「そ、そっか! まあ、でもまだ分からないから。看病を続けていたら、ある日突然、元気になるかもしれないし!」
「……弥宵」
「鷹臣さんたちにも、何か心当たりがないか聞いてみるから」
「分かった」
弥宵は笑顔を浮かべたが、上手く笑えているかは分からなかった。慎太郎が先に立ち上がり、弥宵の頭をぽんっと撫でて、去って行く。弥宵は、しばらくの間そこから動けなかった。




