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妄想オタクの非現実的な日常  作者: 楪 彩郁
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“家族”とあやかし 9

「……だめ」

「弥宵?」

「出て行っちゃだめ」


 弥宵は、弾かれたように羊吉の腕に抱きついた。さっきは言えなかったが、今はもうなりふり構っていられない。


「……弥宵。我が儘を言ってはいけない」


 慎太郎が低い声で諫める。慎太郎はいずれ、あやかしたちを追い出すつもりでいる。その機会が早まったのだ。これ幸いと、羊吉に賛同するに違いない。


「お父さんは、嬉しいんだからそう言うよね! あんなに甘やかして、可愛がるふりして! 本当は、みんな早く追い出したいって思ってるくせに!」

「……弥宵っ!」


 ぱんっ――と乾いた音が、通りに響いた。弥宵は、慎太郎に頬を叩かれたのだ。左頬が、じんじんと痛み始める。人生で、初めて父親に手をあげられた。


「慎太郎さん、落ち着いてください。弥宵、大丈夫?」

「うっ……痛っ……」

「す、すまない……手を出すつもりはなかった。ちょっと、頭を冷やしてくる」


 慎太郎は泣き出した弥宵を置いて立ち上がり、家の中へと上がっていってしまった。羊吉は、弥宵の肩を抱いて、背中をさすってくれている。


「おい、どういうことだ? あの住職、みんなを『追い出したい』って……」

「やっぱり、人間の根っこはみんな変わらねえんだよ。あやかしと人間が一緒に住むなんて、ありえねえって思ってたし」

「……違う、違うの」

「違わねえよ……お前が特殊なだけだって」


 鷹臣と直鷹は、懐疑的な目を慎太郎に向けていた。弥宵は、それは違うと否定したかったが、理由までは述べることができなかった。彼らは、あやかしが死を迎えるときの習性について、知らないのだ。


(言えないよ。親しい人間の魂を道連れにしちゃうってことは……)


 弥宵は、息が苦しくてたまらない。泣いているうちに、呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。上手く吐き出せなくなって、涙がぼろぼろと零れていく。


「お、おい、大丈夫か?」

「弥宵? 過呼吸になってる! 息をちゃんと吐いて。弥宵!」

「よ、うき、ち……」


 弥宵の目の前がぼやけていき、羊吉の腕の中でそのまま意識を失った。




*****




 気絶をする時は、いつも羊吉の腕の中だ。最初は、羊が人間になってしまったことで、パニックになって。今回は、悩みを言い出せないあまり、苦しくなって。どちらもあまり覚えていないとはいえ、羊吉の体温だけは、はっきりと分かる。赤ん坊が、母親の胎内にいたときのことを覚えていないけれど、なんとなくその温もりは分かるのに、少し似ていた。


 額にひんやりとしたタオルの感触。身体の上にはタオルケット。誰かが団扇(うちわ)で風を送ってくれているのか、心地よい涼しさを感じる。弥宵は、ふと目を開けた。


「あ、弥宵さん。大丈夫ですか?」

「……天馬?」

「はい。羊吉さんが、ここに運んでくれました」


 天馬が弥宵の顔を覗き込んだ。手には団扇が握られている。ずっと扇いでくれていたらしい。


「過呼吸になったって聞きました。あの……俺たちのことが、負担になってるんじゃないですか?」

「……そんなことないよ。むしろ、毎日楽しくて、はしゃぎ過ぎちゃったのかも」

「弥宵さん、あの……」


 天馬は何かを言いよどんでいる。繊細で心配性な彼らしい。弥宵は「いいよ」と言って、先を促した。


「俺、ここを出て行こうかと思います」

「え? ま、待って。なんでそんな話になってるの?」

「弥宵さんに、『天馬は昔から家族だ』って言ってもらえて、すごく嬉しかったです。町の催し事に毎年呼んでもらえて、楽しかったです。十分、幸せに過ごさせてもらいました。でも今は、俺がいることで迷惑を掛けているし……」

「迷惑なんかじゃない。むしろ、私たちが天馬に迷惑を掛けたなら謝るから。出て行かないで……」


 天馬の黒曜石のような瞳が、うるうると光った。嫌な予感が、弥宵の頭を過ぎっていく。


「弥宵さんが寝ている間に、慎太郎さんから、俺たち全員に話があったんです」

「も……しかして」

「はい。あやかしの習性について……聞きました。俺たちは弥宵さんたちに依存し始めていましたし、この段階で教えてもらえてよかったです。いくら自分が死ぬときとはいえ、大切な人の命を道連れに、なんてことは……したくないです」


 慎太郎が、弥宵のいないところで彼らに話してしまった。先程の弥宵の失言のせいで、羊吉が慎太郎に聞いたのかもしれない。結果的に、彼らは「いつか自分は追い出される」ことか、もしくは「自ら出て行くことが賢明である」ことを悟ったのだ。


「私の、せいだ……」

「いえ、弥宵さんのせいではありません。そんなにご自分を責めないでください」


 弥宵はゆっくりと身体を起こした。呼吸は楽になってはいるものの、胃がきりきりと痛む。直後、弥宵の部屋の扉が開いた。


「弥宵! 起きた!?」

「わっ! 実兎、どうしたの?」


 勢いよく入ってきたのは実兎だ。天馬が指に手を当てて静かにするよう訴えているが、聞く耳は持たない。


「僕は、あんたを見損なったよ! こんな大事なこと、どうして黙ってたの!?」

「……ごめん。でも言えるはずがない」

「僕は言ってほしかった! 早く言ってくれたら、ここに住むこともしなかったし、学校に行きたいだなんて言わなかった!」

「実兎……」


 実兎の目元は赤くなっている。弥宵の知らないところで彼が何を思ったのか、分からないほど鈍感ではない。

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