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妄想オタクの非現実的な日常  作者: 楪 彩郁
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“家族”とあやかし 8

 羊吉は、弥宵の頭を一回だけ撫でて、部屋を出て行った。


 それからしばらくして、弥宵は気分を変えようと、玄関から建物の外へと出る。空は夕焼けが広がり、青色とオレンジ色のグラデーションがひどく綺麗だった。


「あっ、こちらの娘さんですか?」

「えっ」


 その景色につられるように、ゆっくり通りを歩いていると、突如背後から声を掛けられた。黒い半袖Tシャツにジーンズ姿、首からは一眼レフカメラのようなものを提げ、手には手帳とペンを持っている中年の男性だ。見るからに、記者のような格好をしている。


「そうですが……何か?」

「今、このお寺がSNSなどで話題になっているのはご存じですよね? そのことについて、取材をさせていただきたくて」

「……住職である父は、一切の取材をお断りしております。申し訳ありませんが、お引き取りください」

「まあまあ、そう言わずに」


 男はやや強引に弥宵に名刺を手渡した。名前を丸岡(まるおか)というらしい。多くの本を読んできた弥宵でも名前を知らない出版会社が、そこに記されているだ。


「この町には、昔から不思議な出来事が起こるという言い伝えがありましてね。町の人に聞いてみたら、数ヶ月前、動物たちが一斉に逃げ出したのに、すぐに帰ってくるという事件があったそうじゃないですか」

「はあ……まあ」

「その時期が、こちらに留学生たちが住み始めた頃と重なる、ということで。その中に犯人がいるのではないかと疑ってらっしゃる方もおりましてね」

「なんですか、それ……」


 丸岡の話に、弥宵は不快感を露わにした。何の根拠もない憶測だ。実際、羊吉と天馬は何もしていないし、実兎だって自分の罪は償った。もう終わったことなのだ。弥宵が睨みつけたことで、丸岡はわざとらしく焦りだした。


「いや、あくまで噂ですよ。私が広めたわけではありませんので……」

「それでも不愉快です。お引き取りください」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよー。その留学生の方々が、あまりにも神秘的で美しい外見をしているということで、私は例の“あやかし”ではないかと疑っているんです」

「……はい? どこで、それを……?」

「あ、あやかしのことはご存じなんですね?」


 丸岡はにたりと笑った。弥宵は鎌を掛けられたのだ。失言だったと、今更後悔しても遅い。


「私はオカルトや超常現象のことを専門にしているライターでして。人がにわかには信じられないものも、基本的には信じているんです」

「……そうですか」

「彼らは、あやかしではないんですか?」

「知りません。お引き取りください」


 弥宵は(きびす)を返し、家の中に戻ろうとしたが、丸岡に腕を掴まれてしまった。恐怖が一瞬にして、触れられたところから体中を駆け巡る。


「きゃっ! なんですか!」

「女の子だからって、こちらも容赦しませんからねえ。ご住職から話を聞けないのなら、あなたから聞くまでです。また来ますから、覚えておいてください」


 気味の悪い笑みを浮かべ、丸岡が顔を近づけてくる。弥宵は力尽くで腕を振りほどこうとしたが、なかなか離れない。


「おい! 何をしてる!」

「お、ラッキーですね。あちらから出てきた」


 声のした方を振り向くと、慎太郎と羊吉が玄関から出てくるところだった。慎太郎の目は血走っており、凄まじく怒っている。


「弥宵を離せ!」

「おっと。すみませんねえ」


 羊吉は弥宵から丸岡を引き離し、自分の腕の中へと庇った。羊吉はフードを被っているが、その中を丸岡に見られたらまずい。


「羊吉、ありがとう。早く、中に戻って?」

「え、でも……」

「いいから!」

「ちょっと失礼」


 丸岡の手が、羊吉のフードに伸びる。もうだめだ、と弥宵が目を瞑った瞬間――バサバサという羽音と共に、丸岡の悲鳴が聞こえた。


「うわっ! なんだよ!」


 何事かと弥宵が目を開けると、二羽の鳥が丸岡に掴みかかっていた。茶褐色の羽毛と、黄色の脚。甲高いキューキューという鳴き声。その姿に、弥宵は心当たりがあった。


「やめろっ! やめろって!」


 (くちばし)と爪で攻撃され続けた丸岡は、たびたび転びながら逃げていった。残された弥宵たちは、その無様な姿を呆然と見送る。


 丸岡が見えなくなった後、二羽の鷹は優雅に空中を飛んで降下し、弥宵たちの前へと舞い降りた。


「鷹臣さんと直鷹さん……ですよね?」


 弥宵の問いかけに、彼らは一瞬だけ強く発光し、人の姿へと戻った。間違いなく、鷹臣と直鷹だ。二人とも、得意げに笑っている。


「危ないところだったな、羊吉」

「鷹臣、助かった。フードを取られると思って、焦った……」

「あいつ、この寺の周りをずっとうろちょろしてるから、空から見ていて気になってたんだ。まあ、これで借りは返したよな?」

「直鷹も、ありがとう」


 鷹臣と直鷹が来てくれなければ、今頃どうなっていたか。弥宵は、よろよろと地面に崩れ落ちた。慎太郎と羊吉がしゃがみ込み、心配そうに顔を覗き込んでくる。


「弥宵、あいつに何をされた? 大丈夫か?」

「あやかしたちのことを、調べてるって。超常現象とか、オカルトの記事を書いている人で、それで……羊吉たちがあやかしじゃないかって、疑ってる。取材を受けてくれるまで、何度でも来るって言ってた……」

「やはりか。取材は断ったんだが……もう、警察を呼ぶしか」

「でも、羊吉たちのことは? 身分証明ができないんだよ? 警察に怪しまれない?」

「……それは、そうだが」


 丸岡の狙いはそれだ。多少手荒なことをしても、警察に通報されないと分かっていてやっている。弥宵が狼狽えていると、羊吉が、決意を固めたかのように弥宵の肩をぎゅっと掴んだ。


「もう、限界だね。予定よりは早くなってしまうけど、僕はここを出る」

「え……」

「弥宵と慎太郎さんに、これ以上迷惑を掛けちゃだめだ」


 羊吉は、寂しそうに微笑んだ。

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