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妄想オタクの非現実的な日常  作者: 楪 彩郁
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“家族”とあやかし 7

 次の日から毎日、見知らぬ人々、特に町の外の若い女性たちが寺にやってくるようになった。一般人にも公開している法話の受講を申し込むところまではいいのだが、彼女たちの主な目当ては、浮き世離れした美しさを持つ羊吉と天馬だ。『写真は撮らないように』と、張り紙と口頭で何度も注意しているのだが、それでも隠れて撮る者が多く、慎太郎は呆れ果てている。


 中には、寺の敷地へとやってきてただ物色しては、羊吉たちの姿が見当たらなければ帰る、という者もいた。昼間は学校に行っている実兎すらも、帰ってきた際に声を掛けられるようになった。最初はまんざらでもなかった彼も、次第に不愉快に感じるようになったようだ。


「あー! なんなの、頭の中どうなってんの、あいつら!」


 家の中でアイスクリームを口にしながら、実兎は苛々していた。


「……ごめんね、実兎」

「なんで弥宵が謝るのさ。これだから人間は信用ならないんだよ。同じ人間だと思ってる相手にも、こんなことするなんて……芸能人かなにかと勘違いしてんじゃないの?」


 実兎の言葉が、弥宵の心臓にぐさりと刺さった。『人間は信用ならない』、実兎は今でもそう思っている。その気持ちは、これから先も変わることはないだろう。


「実兎。言い過ぎだ」

「え? あ……ごめん。人間ってのは、弥宵のことを含めて言ったんじゃないよ?」

「……うん」

「弥宵と慎太郎は、他の人間とは違う。それは僕だって分かってるから」


 羊吉が実兎を咎めたことで、実兎は慌てて補足した。それは弥宵も理解しているつもりだ。だが、もしもこの先、弥宵が実兎たちを突き放すようなことをすれば、きっと実兎は弥宵のことも恨むのだろう。それは堪えられない。彼らには、ずっと笑顔でいてほしい。


 しかし、この現状はどうだ。弥宵たちが彼らを寺に匿ったことで、また人間たちの好奇心が向けられている。今度は、動物に擬態した姿に対してではなく、あやかしそのものの美しい姿に。


「弥宵。君が落ち込むことはないよ」

「……うん」

「それとも、他に何か悩んでるの?」


 羊吉の手が弥宵の頬に触れる。数日の間に目の下にできたひどい(くま)を、親指が優しくなぞっていった。いつもなら、これで心臓が壊れそうなほどにドキドキして、不整脈になって、実兎が「バカップル」と(はや)し立てるのだが。今日は、そのどれもなかった。


(やっぱり、私は……自分の魂とか寿命とか関係なく、皆を“家族”だと思いたい)


 死んだ方がまし、と勢い余って慎太郎に言ってしまったことは、後で謝らなければならない。自分の命を軽く見るつもりはないが、人はいつどこで最期を迎えるか分からないものだ。彼らと縁を切ってすぐ、不慮の事故で亡くなる……なんてことも、可能性はゼロではない。それなら、生き伸びられるところまで、彼らと一緒に楽しく過ごせた方がいい。


(それに、私は……)


 弥宵は、頬に触れている羊吉の手を取って、ぎゅっと握った。弥宵は、羊吉が好きだ。パートナーとして隣にいてほしい。人間と神の間に生まれ、その初恋相手があやかしだなんて、実に珍しい体験をしたものだ。弥宵は目にうっすらと涙を浮かべながら、羊吉を見つめて微笑んだ。


「弥宵?」

「羊吉は、人間とあやかしの間に生まれたって言った、よね?」

「……うん」

「お父さんとお母さん、仲よかった?」

「それは、分からない。というか、知らないんだ」


 実兎は気を遣い、からかうことなく静かに、部屋から出て行った。弥宵と羊吉だけが、そこに残される。羊吉の生い立ちについては、ずっと聞けないでいた。でも、これは聞くべきではなかったと、弥宵はすぐに後悔する。


「ご、ごめん。無理に話さなくていいよ」

「いや。弥宵になら……」


 羊吉は、弥宵の隣に並び直し、少し寂しげな横顔を見せた。


「物心ついた時には、僕は既に一人だった。それまで育ててくれたのは、同じ羊のあやかしで。その人から『お前の父親はあやかしで、母親は人間だ』と教えてもらった。それしか、知らない」

「…………」


 想像していたよりも過酷な状況に、弥宵は言葉を失った。あやかしたちが、どれだけ必死になって、孤独にこの世を生き延びているのか、分かっているつもりで分かっていなかったのだ。母の温もりを知らない弥宵ですら、父の愛情をたっぷり受けて育った。決して孤独ではなかった。


(だから、死ぬときに、心を通わせた人間の魂を道連れにするんだ……きっと)


 彼らが黄泉(よみ)の世界では寂しくないように、誰かが作った仕組みなのだ。聞いたときはショックでしかなかったそれが、今になって温かい印象に変わる。弥宵は、羊吉の手を再びぎゅっと握った。


「私は、羊吉と皆と、一緒に生きていけたら嬉しいよ。楽しく過ごしたい」

「……うん。僕もここの居心地がよすぎて、出て行きたくない。でも、いつかは出て行かなくちゃね」

「え?」

半妖(はんよう)と言えど、僕はあやかしの血を色濃く継いでいる。あやかし側の存在だ。この角だって隠せない。だから、弥宵が大学に進んだら、出て行こうと思ってる。直鷹たちにも言ったけど、棲み分けは大事だ」

「……そう、なんだ。そっか……」


 弥宵は、羊吉の手を放した。「出て行かないで」「ずっと一緒にいよう」と、言うことができなかった。

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