“家族”とあやかし 5
「それを、早く教えてほしかった……私、もう手遅れだよ……」
「……好きなのか。あいつが」
“あいつ”が誰を指すのかは、もう互いに分かっていた。だがそれだけじゃない。家族のような存在としても、弥宵は彼らのことが大好きだった。あんな生半可な警告では、仲良くなりたい、心を通わせたいと思う気持ちが、勝つに決まっている。
弥宵は頷き、俯いて大粒の涙を零す。床と座布団にぽとぽとと雫が落ち、染みができた。
「『自分の寿命を縮めかねないから、仲良くなるな。好きになるな』って言えば、それでよかったじゃない。どうして、あんな意味深な言い方したの……?」
「お前が、あまりにも生き生きしていたからだ。今までにないほど。あやかしたちに囲まれて楽しそうにしているのに、わざわざ壊したくなかった。今では凄まじく後悔している……。本当にすまない」
慎太郎の瞳からも、涙が一筋、零れていく。彼も悩んでいたのだ。それが分かるからこそ、弥宵は胸が締め付けられる思いだった。
「一応聞くけど……助かる方法は?」
「彼らと縁を切り、自分と人間との間に絆はなかったと思わせることだ。それで、魂同士の結びつきも離れる」
「それ……彼らが嫌う『人間の酷い仕打ち』をしろってこと?」
「……そうだ」
弥宵には、到底できるはずがない。ならば最初から、彼らを受け入れなければよかったのか。手を差し伸べて、助けなければよかったのか。弥宵はもう堪えきれず、声を上げて泣き始めた。
「む、無理に決まってるよ! そんなことするくらいなら、私、死んだ方がまし!」
「弥宵! なんてことを言うんだ!」
「お父さんだって……こんなことになるなら、あやかしを助けるなんて、最初からしなければよかったでしょ! 実兎だって、高校に入れて! 友達がたくさんできて、毎日楽しそうにしてるのに!」
稲葉親子の最初で最後の大げんか、だろうか。弥宵は人生で初めて、自分の父に大声を上げた。しゃくり上げながら、次々に溢れる涙を拭う。
「最初は、羊吉を一時的に保護するだけのつもりだった。だから、三人にまで増えたのは、私も正直予想外だ。実兎を高校に入れたのは、お前への関心を他へ分散させるためだ。本人が行きたがっていたから、好都合だった」
「それが、本当の理由なんだ……酷いよ、お父さん……」
「私だって、大事な一人娘を死なせたくない。私の気持ちも、分かってくれ……」
弥宵は肩で息をしながら、嗚咽が収まるのを待った。これで終わりではない。父は――慎太郎はきっと、まだ何か大切なことを隠している。
「……あのね、お父さん。私、まだ言ってなかったことがある」
「なんだ」
「羊吉の人型になった姿、私、ほぼ正確に予見してるの。それだけじゃない。実兎も天馬も、私が読んだことのある本のキャラクターに、外見がそっくり。ねえ、これ偶然じゃないよね? 私に何か、変な力があるよね?」
「…………」
慎太郎は黙った。口を僅かに開けたまま、固まっている。この世の終わりでも見たかのように。
「心当たり、あるんでしょう?」
「……ああ」
「どういうことなの?」
「かなり衝撃が強いと思う。本当に言っていいか? 聞いたことを後悔するかもしれない」
弥宵が「もう、それは今更だ」と思う一方で、慎太郎は眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべている。彼自身にも荷が重い告白なのだ。
「……もう、この際全部はっきりさせて」
「分かった」
慎太郎は大きく息を吸い込み、吐き出した。弥宵も身構える。
「弥宵。お前の母親、日向は――人間ではない」
「…………え?」
「あらゆるものを創り出すことのできる、太陽を司る神の化身だった」
耳から入った言葉が、頭の中をグルグルと駆け巡る。慎太郎は頭がおかしくなったのではないか。そう思えるほど、にわかには信じがたい。
「じゃあ、お母さんが失踪したっていうのは? あれは?」
「……それも、半分嘘だ。神が人間との間に子をなすことは、禁忌とされている。だから、日向はお前を命がけで出産した後、力尽きて生涯を終えた」
「そんな……私は、人間と神の子? 不思議な力があるのは、そのせい?」
ぷるぷると震える両手を、弥宵は凝視した。あやかしがいるのなら、神もまた、存在するのだろう。だが、この身体が人間と神との間に生まれてきたという実感はない。
「力については、そう考えて間違いないだろう。創造の力があるのは、母親の力を継いだ証拠だ。あやかしたちの外見も、そうやって弥宵が創り出したんだろう」
「いや、でも……三人とも、私に出会うより前に、あやかしとしての姿は既にあったんだよ。それじゃ、辻褄が合わない」
「彼らがそう思い込んでいるだけだ。姿を創られた際に、記憶も一緒に創られたと考えた方がいい」
彼らの記憶すらも、弥宵は弄ってしまったのか。それはいつ、どのタイミングで。どのようにして、弥宵は彼らに影響したのか。
「……もう、何を信じていいのか、分からない」
「情報が多すぎたな。今日はもう休みなさい。今後のことは、じっくり話し合っていこう」
弥宵は頷いてふらふらと立ち上がり、長い廊下を抜けて、真っ直ぐに自室へと戻った。布団の上にうずくまり、枕を抱きしめる。
「お父さんのばか……」
ただひたすら悲しくて、弥宵は眠りに入るまで、一人でさめざめと泣いた。




