“家族”とあやかし 4
その後の弥宵は、ひたすら迷走していた。
羊吉と目が合えば逸らしてしまうし、醤油を渡した際に手が触れればすぐに引っ込めてしまう。あまりの挙動不審に、天馬が「何かありましたか?」と心配して声を掛けてくる始末だ。事情を知っている実兎は一人でほくそ笑み、慎太郎は訝しげな目を向けてくる。
「あの、お、お父さん。この後、進路のことで相談があるんだけど。いいかな?」
「分かった。もう志望校も確定していかないとな」
ぎこちない空気を誤魔化すように、弥宵は慎太郎に相談がある旨を伝えた。できれば、羊吉たちには会話が聞こえない場所で、話したい。彼らとの距離の置き方についても、再度確認しておきたいのだ。
弥宵は漬け物を頬張りながら、ちらっと羊吉を盗み見た。やはり、心臓がドキドキする。
(これは好きな気持ち? 恋、なの?)
羊吉は、羊で、でもあやかしだ。人間とは種族が異なる。そういえば、改めて自己紹介をされたとき、『人間とあやかしの混血だから、少し特別』だと話していた。
(ん? 混血?)
弥宵は、そのことをすっかり忘れていた。なぜ、今になって思い出したのか。あの時の弥宵は酷く混乱していたはずなのに、振り返ってみればちゃんと覚えている。箸を持つ手が止まった。
人間とあやかし同士でも、子を授かることができる。そういうことなのか。だから、慎太郎は「弥宵には手を出すな」と釘を刺したのだろうか。
『慎太郎が牽制してるから何もできないだけで、羊吉はかなり弥宵のことが好きだよ』
実兎の言葉が、弥宵の頭の中で何度も何度も再生される。弥宵にとって羊吉は、確かに特別だ。初めて出会ったあやかしでもあり、気付けば傍で支えてくれる頼もしい存在でもある。一緒にいて心地がいいし、触れ合いたいと思う。見つめ合えば、ドキドキする。
(ああ、そうか……好きなんだ)
それはまさしく、恋だった。種族の違いという無意識の枷が、弥宵に自覚させまいと邪魔していたのだ。まさかの食事中に気付くとは、ロマンの欠片もない。
「弥宵? おーい、弥宵?」
「……えっ」
「どうしたの? ぼーっとして。妄想でも浸ってた?」
実兎の手が目の前を行き来して、弥宵はようやく我に返った。妄想とは少し違うのだが、心と向き合っていたと言うべきか。曖昧な笑みを浮かべて弥宵は頷き、ちっとも食べられる気のしない食事を、無理矢理詰め込んでいった。
*****
「さて、ここでいいか?」
「うん」
食事の後片付けを終えて、弥宵は慎太郎に、静かな場所で話をしたいと切り出した。慎太郎も弥宵の意図はすぐに見抜いて、あやかしたちが住まう客間からは遠い、本尊のある間へとやって来た。
寺らしく、床板の上に座布団を敷いて、その上に正座をして向き合う。弥宵は一旦深呼吸をして、話し始めた。
「まず、大学なんだけど……ここから電車で通える、隣の県のK大文学部を、第一志望で受けようと思ってます」
「……うん。いいんじゃないか」
「でももし、前期試験で不合格だったら、文学部のある大学が他に近くになくて。ほぼ確実に受かりそうなところを選ぶから、その時は一人暮らしをさせてもらいたいです」
「ああ。それも心配しなくていい」
「本当に? お父さんは、私にどうしてほしいと思ってるの?」
進学の話は、あっさりと進めていいものか。こんな時こそ、弥宵は慎太郎の本心を知りたくて、首を傾げながら尋ねた。
「弥宵のやりたい道に進んでほしいと思ってる。費用のことは全く心配しなくていい。家のことも、今までよくやってくれた。弥宵が一人暮らしになるときは、あいつらに頑張ってもらうさ」
「それが、お父さんの本心?」
「ああ、そうだ」
慎太郎が頷いた拍子に、坊主頭が照明で反射して、きらりと光る。先程の言葉は、紛れもない本音のようだ。まずはそれが聞けただけでも、弥宵はほっとした。
「それで、進路以外にも、私に聞きたいことがあるだろう? 数ヶ月前からずっと、悩んでいたことが」
「……さすが、お見通しなんだ」
「言ってみなさい」
慎太郎は姿勢を整えた。弥宵も背筋を伸ばし、慎太郎を見据える。本心を、伝える時が来た。
「お父さんは私に、あやかしたちに入れ込みすぎないようにって言ったけど。どうして? 家族だと思っちゃいけないの? 心を通わせることは、そんなにいけないこと?」
「……うん。弥宵なら、いつかはそう言うと思っていた。結論から言うとね、あやかしと人間が、同じ人生を一緒に生きていくことは禁忌なんだ」
「え、どういうこと?」
「あやかしと人間の間に、家族のような深い絆ができた場合。彼らは最期を迎える時、絆を深めた人間の魂を取り込む習性を持っている。これは、あやかしたち自身も知らない者が多い」
「……そんな……うそ……」
慎太郎の言葉が、弥宵の心を殴りつけたようだった。思考が凍りついて、何も考えられない。
「羊吉も実兎も天馬も、弥宵が大好きだ。でも、お前があいつらを受け入れて、絆を深めてしまえば、三人のうち誰かが亡くなった時、お前も一緒に死んでしまうことになる」
「……だから、あやかしの存在を、私にはずっと教えないでいた。それが、本当の理由?」
「ああ。真由香にも、それについては気を付けるよう、きつく言ってあった」
弥宵の頭の中で、パズルのピースが一部埋まって出来上がった。深夜、学校に忍び込んだあの日、真由香が慎太郎と同じことを言った理由はそれだったのだ。弥宵は、酷く目眩がして、頭を抱えた。




