“家族”とあやかし 3
慎太郎と話すと決めた日に限って、彼は来客の仕事が立て込んでいた。
夕食の仕込みを終え、各々が自分の時間を過ごす中、弥宵は課題そっちのけで小説の続きを書いていた。どのような話の流れだったか記憶が薄れてきていたので、冒頭から読み直し、クリスとセシリアが想いを伝え合う感動シーンへと繋いでいく。
(そうだった。英語の授業中にこれを書いていて、城山先生に叱られたんだよね……)
あの日は、羊吉が人型になって、気絶してしまったのだ。物語の中よりもよっぽど創作的な現実を体験した弥宵は、今なら何でも書けるような気分になっていた。それが、女性が男性に抱く胸の高鳴りであっても。
(人を好きだなって思う気持ち……今なら、少し分かる)
好きな人がいるか、と問われたら、答えはイエスでもノーでもない。その中間だ。だが、その時に浮かぶのは、羊吉の顔だった。なぜ、彼が弥宵にとっての特別なのか。それは分からない。でも、名前を呼ばれたり、優しく触れられたり、微笑まれたりすると、どうしてもドキドキするのだ。
(理想的なイケメンの像と同じだからってことは、ないよね)
もしも羊吉の容姿で、性格が粗野で横暴だったら。弥宵は絶対にときめかない。世間では何度も言われているだろうが、大事なのは見た目よりも中身だ。
シャープペンシルを走らせながら、弥宵は途中で表現に詰まった。書いては消し、書いては消しを繰り返し、刺激を得るために好きな作家の小説を開いてみる。何か参考になる記述はないものかと捲りながら、弥宵はとある挿絵ページで手を止めた。
「あ! これ……」
実兎にそっくりな、西洋の美少女が出てきた。それは、弥宵が小学生の時に読んだ本だった。既視感の正体は、これだったのだ。
「ってことは、天馬も?」
弥宵は本棚の前に座り、片っ端から本を捲っていった。十数冊目を迎えたとき、そこには天馬に酷似した青年のイラストがあった。耳には、色までは分からないがほぼ同じ形のピアスが付いている。
(どういうこと……? 細かいところまで似すぎてる)
羊吉の場合は、弥宵が脳内で作り上げた姿形そのものだった。だが、羊吉は昔からそういう容姿だったと証言している。実兎も天馬も、元の姿に関して違和感があるなどと、一度も言っていない。
弥宵は、本を手にしたまま硬直していた。なぜ、弥宵の作り上げた、もしくは見たことのある容姿に、彼らが酷似しているのか。そして、鷹臣と直鷹の二人に既視感を覚えなかったのか。
(仮説すらも出てこない……)
彼らが、何かしら弥宵との繋がりを持っていることだけは確かだろう。慎太郎も、『人間誰しも不思議な力を持っている可能性がある』と言っていたのだ。弥宵には、自分も知らない力が秘められているのかもしれない。
「やっぱり……お父さんに相談しなきゃだめだ」
一人で抱え込んでも、解決することはない。あやかしたちとの付き合い方も含めて、自分の考えを聞いてもらおうと、弥宵は決心した。
弥宵は時計を見る。時刻は十八時半。慎太郎は十九時に仕事が終わると言っていた。ならば、今のうちに風呂に入ってしまおうと、本を片付け、着替えを手に風呂場へと向かった。
(頭の中、ぐちゃぐちゃ。何から話したらいいんだろう……)
後で父にどう切り出すかを考えながら、弥宵は脱衣所の引き戸を横に開いた。中は灯りが点いていて――そこには、上半身裸の羊吉が立っていた。髪からは水滴が滴り、下半身は、よりによって下着だ。
「わっ、弥宵」
「きっ……きゃーっ!!」
弥宵は悲鳴を上げながら、すぐさま引き戸を閉めた。上の空だったせいで、ノックをせずに戸を開いてしまったのだ。
「ご、ごご、ごめっ……ごめんなさい! 羊吉、私、何も見てない! と思う!」
「あ……うん。気にしないで。逆じゃなくてよかったよ」
戸の向こうから、羊吉のくぐもった声が聞こえる。やってしまった。覗きの前科を作ってしまったのだ。
(腹筋と、胸板と、上腕二頭筋……すごかった……)
さすが、弥宵が想像した通りの体格だ。鍛え上げられたようなしなやかな体躯は、しっかり見ていたようだ。
「なんか、すごい声がしたけど、大丈夫?」
「み、実兎……うん。大丈夫」
脱衣所の前で立ち尽くす弥宵を見て、実兎はぴんときたようだ。そのまま、にやりと笑う。
「へえー。覗きなんて、やるじゃん。弥宵」
「ちっ、違うの。わざとじゃなくて!」
「僕のを覗いたら許さないからね?」
「だから、覗かないってば!」
慎太郎に知られたら、また面倒だ。弥宵は一旦部屋へと戻ることにした。
(あー、もう! 私のばかばかばか!)
ただでさえ、羊吉とは少しぎこちない空気になっているというのに。この後の夕食で、どうやって顔を合わせたらいいのか。部屋の扉に寄りかかり、弥宵は大きな溜め息をついた。




