“家族”とあやかし 2
「どうしたの、前触れもなく急に来て。どんな風の吹き回し?」
実兎がからかうように言うと、鷹臣が目元を緩めた。以前よりぐっと柔らかい表情が、二人の関係が上手くいっているのだと示している。
「改めて、礼を言いに来た。こいつがなかなか来たがらなくて、今日になってやっとだ。時間が空いてしまってすまない」
「……う、うるさい。礼はあの時言ったし、動物たちも元に戻したんだから、俺は『来る必要ない』って言ったんだ」
「ふふ。そのことだったら、もう構いませんよ。ご丁寧に、ありがとうございます」
弥宵が思っていた通り、彼らの性格の根っこは、曲がってなんかいなかった。人間との折り合いがうまくいけば、こうして穏やかな生活を送れるのだ。弥宵は、名前のない彼の方をじっと見て、その表情が生き生きしていることに気付いた。
「それと、今日は……弥宵にもう一つお願いがあってきた」
「え?」
「たいしたことじゃないんだが……こいつにも、名前を付けてやってくれないだろうか。『お前だけ名前があってずるい』ってうるさくてな」
「おまっ……ばっ! そんなこと言ってねーし!」
鷹臣の暴露に、もう一方の彼は慌てふためく。よくよく見れば、耳が真っ赤だ。思えば、あの時は「人間に名前を付けてもらうなんて」と不快感を表していたのに。彼の心も変わるものだ。弥宵はくすっと笑いながら、名前を考え始めた。素直じゃない鷹、なら答えは一つだ。
「“直鷹”はどうでしょう?」
「……まあ、悪くねー。ちなみに、り、理由は?」
「素“直”になれない“鷹”ってことで……」
言っていいのかと思いつつも、弥宵は正直に述べた。直鷹は更に耳を赤くする。
「だっ! からかってるのか!?」
「いいじゃないか、直鷹。俺の名前といい勝負だ。これでやっと、名前で呼び合えるな?」
鷹臣が直鷹と肩を組み、宥めるようにその二の腕を叩いている。直鷹は、本心では喜びたいらしい。口角が上がっている。
「実“直”な鷹、ってことでもいいですよ?」
「……分かったよ。でも名付けの理由は、そっちにするからな。その……サンキュ、弥宵」
「どういたしまして」
掃除を終えた羊吉と天馬もやってきて、彼らは軽い雑談を交わした後、帰って行った。去り際に、「また来てもいいだろうか?」と確認していたのは、きっとここが居心地のいいところだと気付いてくれたから。彼らを寺に住まわせることはしなかったが、来たいと思った時にいつでも来てほしいと、弥宵は思った。
「弥宵、お帰り」
「弥宵さん、お帰りなさい」
「あ、ただいま。羊吉、天馬」
羊吉と天馬、二人ともに迎えてもらえるなんて、贅沢だ。実兎が「ねえ、僕は!? 弥宵にだけずるくない!?」と訴えかけているが、羊吉は全く相手にしていない。天馬だけは「すす、すみません!」と言って謝っている。
「弥宵、疲れた顔してる。大丈夫?」
「うん。進路のことで、ちょっと悩んでて。お父さんに相談しなきゃね」
「そっか。そういうことなら、僕はアドバイスできないけど。困ったことがあったら、何でも言って」
「ありがとう。羊吉は働き者だから、いつも助かってるよ」
踏み込まれないように、自分が踏み込まないように。このバランスが非常に厄介で、羊吉は、弥宵がよそよそしいことに気付き始めている。ただ、彼も大人だ。不躾に聞いてくることはせず、弥宵に配慮してくれていた。
「ほらでた、恒例のバカップルタイム。はー、行こ行こ。天馬、掃除終わったならアイス食べようよ」
「えっ、勝手に食べたら慎太郎さんに怒られます!」
「弥宵、いいでしょ?」
「一人一本までね!」
実兎が天馬を引っ張り、家の中へと上がっていく。残された弥宵と羊吉は、『バカップル』と言われたことに対し、互いに照れていた。
「実兎って、なんでいつも私たちをくっつけようとするんだろう?」
「さあ。僕が弥宵によく構うからじゃないかな」
「もし嫌だったら、やめさせるから。言ってね?」
「……嫌じゃないよ。むしろ、弥宵がもっと……」
「え?」
羊吉は、そこで言葉を切った。二人の間を、一際強い風が吹き抜けていく。そして直後、微かにカメラのシャッターを連続で切ったような音がした。
「なに? 誰かいるの?」
弥宵が音のした方を振り返ったが、草木がざわざわと揺れるだけで誰も見当たらない。空耳だったのかと首を傾げると、羊吉には聞こえていないようだった。
「……僕たちも上がろうか」
「うん……」
羊吉が何を言おうとしたのか。先程のシャッター音は気のせいだったのか。弥宵の気がかりは尽きないまま、夜が更けていこうとしていた。




