“家族”とあやかし 1
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一連の動物脱走事件は、数日以内にほとんどの家庭のペットが戻ってくるという奇跡を起こし、幕を閉じた。警察も、動物たちに実害があるわけでもなく窃盗事件でもないとして、犯人を深追いすることは止めたようだ。かくして、弥宵たちの住む町に、再び平穏が訪れた。
羊吉たちが寺に住み始めて三ヶ月。高校最後の夏休みも終わり、残暑の厳しい中、弥宵と実兎は毎日勉強に励んでいる。
「人間って、みんなこんなに面倒なことやってんの? 信じらんない!」
「しょうがないでしょ。生きていくために必要なんだから……。っていうか、実兎が望んで通い始めたんだから、頑張って卒業しようよ」
「くっ……楽しそうだとか思った僕が馬鹿だった……」
放課後、下校時になると、実兎は毎日愚痴を零した。それでも彼は地頭がよかったのか、英語は中学一年生レベルから始めたはずなのに、驚異的なスピードで理解し、テストでは既に満点近い成績を叩き出している。もはや、弥宵は教える側ではなく、教えられる側へと逆転してしまった。
「いいなあ。実兎がそんなに面倒くさがるなら、脳みそだけでも交換してほしいよ……」
「それはやだ。弥宵みたいな、ぽけーっとした人間にはなりたくない」
「あっ! そういうこと言っちゃだめって、約束だったでしょ!?」
「あはは、冗談だってー。これでも、この間の鷹のやつらのとき、弥宵のこと見直したんだから」
見直されるようなことを、あの時、弥宵はできたのだろうか。ただひたすら、甘っちょろいことしか言えていなかったような気がする。彼らの心を変えた決定打は、彼らと同じあやかしである、羊吉たちの言葉だっただろう。だが、実兎の言うように、誰かの胸を打つことが本当にできたのなら、嬉しい。
弥宵は、慎太郎と真由香に忠告されて以来、あやかしたちと仲良くなることに抵抗を覚えていた。実兎とは、必然的に過ごす時間が長くなっているが、それぞれの友達と過ごす方を大切にしているし、家にいても、弥宵の方から話しかけることは少ない。
弥宵は彼らを“家族”として受け入れたつもりだった。だから、本心を言えば、もっと親しくなりたいし、喧嘩だってしてみたい。できるなら、この先もずっと一緒に暮らしていきたい。
「『入れ込みすぎないように』、か……」
「ん? なに? 聞こえなかった」
「ううん、なんでもないよ」
「ウサギの姿じゃないと、聴力落ちるんだよね。聞こえてないときがあったら、遠慮無く言ってくれていいから」
「……うん」
実兎の言葉遣いは、以前に比べてかなり丸くなった。学校では可愛い女の子を演じているせいでもあるだろうが、羊吉曰く、「弥宵の影響」らしい。あやかしも、成長するのだ。きっと鷹臣たちも、そうやって心を入れ替えていった。
(種族とか関係なく、心を通わせることは、いけないことなの……?)
弥宵の疑念は、この三ヶ月の間に膨れ上がり、今にもはち切れそうだった。慎太郎に話題を振りたくても、弥宵の思いを否定されるのが怖くて、いつまでも切り出せないでいる。
「弥宵はさ、進路調査表にはなんて書いてるの?」
「進学希望だよ。実兎は?」
「僕? 戸籍がないんだから、働けるわけないじゃん。いつも空欄だよ。渉が上手いこと処理してくれてる」
「あ……」
弥宵は、数秒ほど固まっていた。そうだ――彼らには、戸籍がないのだ。だから、生きていくのに人間の何倍も苦労しているはずだった。
(こういう違いが理解できてないのも、私のいけないところなんだろうな)
弥宵の成績では、第一志望の大学がギリギリ受かるかどうか、というところだ。寺からは一番近い隣の県の大学なのだが、もしそこに受からなければ、更に遠いところを受験する可能性もある。あやかしたちと慎太郎を置いて、寺を出ることになるのだ。
「そっか。来年には、弥宵がいなくなっちゃうかもしれないのか」
「う、うん。そうなってもいいように、実兎にも料理を教えておかないと」
「えー、面倒だー」
帰り道、他愛ないことで笑い合える時間は、弥宵にとっての癒やしだ。こんな時間を、あと少ししか過ごせないとしたら。やはり、距離を置くのは間違っている気がしてきてならない。
(決めた! お父さんに、話す!)
怖がって悩んでいても仕方がない。こうなったら、当たってみるものだ。そうと決まれば、今日こそは、筆が止まっていた小説の続きを書きたい。羊吉たちが家に来てからは、他のことで頭がいっぱいで、ろくに書けていなかった。
(そういえば、妄想する癖、抜けてきたかも……)
目の前に想像を具現化した存在がごろごろいるせいで、趣味の妄想も忘れるほど。勉強もしなくてはならないが、たまには息抜きもしたいものだ。
「よし! 頑張るぞー!」
「うわっ、道端で大きな声出さないでよ」
実兎がどん引きしたところで、寺の入り口が見えてくる。坂を上れば、本堂への道はすぐだ。今日は、羊吉と天馬、どちらが出迎えてくれるのか。
わくわくしながら駆け上がっていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。しかも、二人分。
「ん? あれっ? 鷹臣さん! と、そのお仲間さん!」
「ああ、久しぶり」
「……うーっす」
双子のような鷹のあやかし二人組が、あの一件以来、初めて姿を見せた。




