もう一人の新参者 7
「あなたも、自分の恨みを晴らすためだけに、動物を逃がしていますよね。それも自己満足じゃないんですか?」
「いや、違うな。動物たちは、飼われることを望んじゃいない。だから、俺が解放してやってるんだ」
「そうやって自分で免罪符をでっち上げて、動物を逃がしたことで、どれだけの人間が悲しんでいると思いますか?」
「……う、うるせーな! 自業自得だろ! そういうのも全部、人間が勝手に招いた結果だ!」
「いいえ、違います!」
弥宵は深呼吸をした。喧嘩をしにきたわけではないのだ。声を荒げることなく、想いを伝えたい。復讐に取り憑かれた彼を、楽にしてやりたい。その一心で、口を開く。
「あなたが猟銃によって受けた傷は、一生残ります。それは確かに人間のせいです」
「……そうだろ? 俺は、何も悪くねえよな?」
「でも、あなたは復讐心のあまり、関係のない人たちを傷つけているんです。彼らにとって、いなくなった動物は家族だった。その人たちは、あなたが抱いているようなものと同じ恨みを、今、あなたに対して抱いているんです」
「…………」
「分かりますか? あなたは、あなたを撃った猟師と同じことを、しているんですよ。それって、空しくないですか?」
その場が静まり返った。虫の鳴き声が響き、一陣の風が草木を揺らす。男は、唇を噛みしめて黙っていた。
「うるせえよ……そんなことくらい、分かってるよ!」
男の絶叫が、空を突き抜けて消えていく。それは、彼の悲鳴だった。
「なんなんだ……俺にどうしろっていうんだ……!」
「あなたにお願いがあるのは、二つです。まず、もうこれ以上、関係のない人々を悲しませるのはやめてください。そして、あなたを心配してくれたその人と一緒に、幸せになる方法を探してください」
「……幸せになる方法? ふっ、甘っちょろい」
「はい。甘い考えだと思います。でも、少なくとも、今よりは気持ちが楽になるはずです」
男は、脱力した。暴れる意思がないと判断した鷹臣は、男の腕を解放する。
「そこの、羊」
「ん、僕?」
「そうだ。お前は、人間に嫌気がさしたことはないのか?」
「……あるよ。たくさん、ある。でも、弥宵は違う。僕たちを理解してくれる人間も、中にはいるよ。でも元々、あやかしは人間たちから隠れて生きているんだ。彼らの目を欺くために、動物に擬態できる力がある。あやかしに生まれたからには、その棲み分けは、きちんとしないとね」
羊吉の言葉で、男の瞳に精気が戻った。直後、天馬が実兎と真由香と城山を連れてやってきた。弥宵が話している間に、迎えに行ってくれたらしい。
「あっ! この前、ここの小屋を壊してた女……」
男は実兎を見つけ、指をさしながら酷く動揺している。実兎は腰に手を当て、偉そうに胸を反らした。
「女じゃなくて男だけどね! 僕はもう悪いことからは足を洗ったんだ。あんたと一緒にしないでよ。でも、僕があんたの暴挙の引き金を引いたみたいだし、それは反省してる」
「は……? 男? で、なんで、ここにいるんだよ?」
「訳あって、弥宵の家で世話になってるから。まあ、一つだけ言えるとしたら、弥宵の言うことは、聞いておいた方がいいよ」
「……お前もか。なんなんだよ……」
男は未だに納得はいっていないらしいが、顔色は随分と晴れやかになってきた。あと一押しだ。
「あ、あの……さっきは押さえつけてすみませんでした。えっと、俺は弥宵さんに飼われてた馬です。会うのは二回目ですね」
天馬は地面に膝をつき、男に深々と謝った。気にしていたらしい。
「……は? お前も、あやかし? ちょ、あんたの家、どうなってんだよ!?」
「えーっとですね……あやかしが三人、一緒に住んでます」
「嘘だろ? そんなの、聞いたことねえぞ!」
「でも、実際そうなっていますので……」
人間とあやかしが一緒に住むことは、それほどにイレギュラーなことなのか。男の驚きようが、教えてくれた。
「この町の人は、動物に対して優しい方が多いです。人間と関わり合えとは言いませんが、たまには、人間の良さにも目を向けてあげてください。お願いします」
「……そんなの、いつになるか」
「それでも構わないんです。心に留めておいてもらえれば」
弥宵は鷹臣に目配せをした。彼も、満足いく結果が得られたのか、僅かに口角を上げて微笑んでいる。
「駄目元でも、人間を頼ってみるものだな。協力、感謝する」
「はい。鷹臣さんも、ゆっくり話をしてみてください」
「鷹臣……? なんだ、その名前は?」
「彼女に付けてもらった。なかなかいいだろう?」
「はあ!? お前、気を許しすぎだぞ!」
改めて、二人が並ぶと、確かによく似ていた。双子だと言われてもおかしくはない。
(元は、すごく仲がいいんだろうな……)
鷹臣が彼に肩を貸し、二人一緒に立ち上がる。彼らが元通りになれたようで、弥宵は嬉しかった。
「弥宵、それにみんなも。本当にありがとう。こいつが逃がした動物たちについては、できる限り飼い主のところに戻すように、努力する。ほら、お前も約束しろ」
「……くそっ。分かったよ……世話を掛けて、悪かった」
「いえ、どういたしまして」
二人は顔を見合わせ、同時に鷹の姿へ変わった。弥宵たちを残し、月の光が差す方向へと、飛び立って行く。
「……二人で、幸せになってね」
「じゃあ、これはもう消しまーす」
残された全員で二羽の姿を見送り、弥宵が呟くと同時に、実兎がビデオ映像のデータを消去した。




