もう一人の新参者 5
――はず、だったのだが。そう簡単には許してくれない人物がいた。
「だめだ。夜中に高校生が……しかも寺の娘たちが外をうろうろしていたら、檀家の皆さんにも示しがつかないだろう。許可できない」
「お父さん!」
「慎太郎のけちー! もう真由香たちに連絡しちゃったんだけど!」
「なんて言おうとお前たちはだめだ。私に相談もなしに、勝手なことを……」
稲葉慎太郎は、外に出ようとする弥宵と実兎を引き留め、行かせまいと立ちはだかる。慎太郎が過保護なのは昔からだ。弥宵もそれを理解していて、父の言いつけは破ったことがない。だから、この事態は予想できていた。
そのため、弥宵はある切り札を準備していた。心が痛いが、やるしかない。
「……お父さんだって、城山先生と組んで、私に内緒で実兎を学校に編入させたよね?」
「あ……いや、それは……」
「私が反対するって分かってて、でも実兎がおねだりするから、先に事実を作ったんだよね?」
「う……すまなかった。今朝言おうと思ってたんだが、弥宵が早く出掛けてしまったから」
計画通り、慎太郎の受け答えはしどろもどろになっていく。実兎が弥宵の隣でくすくすと笑い始めた。
「お父さんに相談せず、鷹臣さんと勝手に約束したことは謝る。でも、お父さんだって私に隠していたわけでしょ? おあいこじゃない?」
「……弥宵。いつの間に、こんな、強かになって……」
「今日だけ。今日だけでいいから、許してください。真由香ちゃんたちもいるし、問題にはならないようにする。お願いします!」
弥宵が手を合わせて頼み込むと、慎太郎は溜め息をつき、目を瞑る。それが、許可のサインだった。
「本当に、無事に帰ってくるんだろうな?」
「うん。みんながついてくれてるから、大丈夫」
「……分かった」
実兎は弥宵の肩を叩き、羊吉たちと先に外へと出て行った。慎太郎が目を開け、「弥宵」と小さく呼ぶ。
「ん?」
「あまり……あやかしたちに入れ込み過ぎちゃいけない。このところ振り回されすぎて、心配だ」
それは、意外な言葉だった。どちらかというと、あやかしたちを甘やかしているのは慎太郎のような気がするのだが。確かに、弥宵はずっと振り回されっぱなしだ。
「わ、分かった。そうだよね。実兎にも、お人好しが過ぎるって叱られちゃって……」
「そうだ。限度というものがある。弥宵は、もう十分やってくれている。相手を思いやるあまり、自分が傷つかないように、一定の距離は保ってくれ。頼む」
「……うん。そうする」
慎太郎の言いたいことは分かるのだが、なぜか腑に落ちない。しかし、慎太郎の言うことは、いつも正しかった。どうしてそこまで忠告するのか、弥宵には理解できなかったが、慎太郎には思うことがあるのだ。だから、心に留めておくことにした。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気を付けて」
玄関先で待っていた羊吉たちに合流し、弥宵は夜の静かな町へと繰り出した。
*****
「弥宵、遅い!」
「随分かかったな。何かあったのか?」
「ごめんなさい! 父に捕まってて……」
施錠された校門の手前に、黒塗りの車が停まっている。中では、真由香と城山がしびれを切らしていた。小声でやり取りしながら、真由香に鍵を開けてもらうと、城山は車を駐車場へと移動させるため、運転して去っていく。
「上空には、まだ何もいないよね……?」
「ああ、来ていないな。今日は他の地区にいるのかもしれない」
弥宵が空を確認すると、鷹臣がそう言った。慎太郎には、夜の外出は今日だけだ、という約束をしてしまった。もう、弥宵には後がない。
(何が何でも、今日来てもらわないと……!)
中庭へと入ると、作戦通り、羊吉は以前の飼育小屋の中へ戻り、弥宵は真由香と実兎と共に校舎の中へ、天馬と鷹臣は、空からは死角になるように小屋の屋根の下へと隠れた。羊吉は瞬時に羊姿になり、月明かりで身体が照らされる場所に移動して、地面に伏せる。
「うまくいきますように」
「全くよ。急に連絡が来たかと思ったら、学校に残っておけなんて。今日は、渉くんと久しぶりのデートだったのに……」
真っ暗な教室から外を窺っていると、真由香が弥宵の隣でそう言った。弥宵はやってしまったとばかりに、手を合わせて謝る。
「真由香ちゃん、そうだったの!? ごめんなさい……」
「でも、この前あなたを振り回したのは私だし。借りは返さなくちゃね。それに、いいこともあったし」
「いいこと?」
真由香は左手の甲を、弥宵に見せた。その薬指には、暗闇でも分かるほどに輝く、シルバーの指輪が嵌まっている。




