もう一人の新参者 2
弥宵は息を止めた。天馬の言った、犯人らしき男の目撃情報を思い出したのだ。
(羊吉くらいの背、焦げ茶色の髪、つり目、色黒の肌……服装はつなぎじゃないけど)
多くの部分が一致する。服装は毎日変わるのだから、違っていてもおかしくはない。この男が、裏庭の小屋の柵を壊した犯人である可能性があった。
男は、実兎のことは相手にせず、弥宵と目を合わせると、無言のまま距離を詰めてきた。一方の実兎は、弥宵を背に隠したまま後ずさる。
「弥宵にお供するのが羊吉じゃなくて、僕になったからってことか……下に見やがって」
「男のくせに女々しい格好して、うるさいやつだな。俺はそっちの女に話がある。どけ」
「嫌だ。話なら、このままできるでしょ」
実兎は頑として譲らない。弥宵を守るように腕を広げ、強く男を睨みつけている。意外な行動に、弥宵は胸を打たれた。しかし、このまま一触即発の状態が続くのはよろしくない。力の差で見ても、二人一緒に逃げ切れる確証は持てなかった。
「ありがとう、実兎。でも、大丈夫。私、話してみる」
「弥宵! 危ないって!」
「危害を加えるつもりなら、最初から襲ってきてるよ」
弥宵は思ったままを言って、実兎に腕を下ろすように促し、前に出た。男は、少しだけ目を瞠り、それからじっと弥宵を見つめる。
「私に話って、何でしょうか?」
「……やはり肝が据わっている。お前、あの寺の娘、で合ってるよな?」
「はい」
「お前が何体ものあやかしを匿っているのは知ってる。見たところ、そいつも随分懐いているようだし、あやかしに理解があるんだろう? それを見込んで、協力してほしいことがある」
「協力?」
思わぬ申し出だった。相手の話は、とにかく聞いてみなければ分からないものだ。そのうえ、あやかしの存在を知っているのであれば、この男もただ者ではない。
「俺の仲間が、数ヶ月前に人間の猟師に打たれた。幸い、羽根を掠っただけで済んだが、しばらくは怪我のせいで飛べなかった。今も後遺症が残って、長距離は飛べない。それを恨んで、人間たちに報復しようとしている。俺がいくら止めても聞かない。だから、お前に手伝ってほしい」
「へっ、あ……あの、待ってください。仲間……飛ぶって?」
「ああ、言い忘れていた。俺は“鷹のあやかし”だ。その仲間も、同じあやかしで……」
これは、信じていいものなのか。弥宵は迷った。外見的な特徴は、天馬の見た人物に近い。本当はありもしない仲間という存在に、罪をなすりつけようとしているのでは。そう疑うこともできる。
(でも、同じ鷹に擬態できるあやかしなら、外見も似て当たり前?)
鎌をかけて、犯人しか知り得ない情報を聞き出す方法はないだろうか。弥宵は必死になって考えたが、思いつかない。こんな時、もっと自分の頭がよかったらと悔やんだ。こうなったら、自分の直感を信じるほかない。
(なんとなくだけど、本当に勘だけど……この人はやっていない気がする)
弥宵は唾を飲み、覚悟を決めた。
「分かりました。まずは詳しい話を聞きたいので、寺まで一緒に来てくれますか?」
「……さすが。俺が見込んだとおりだ。助かる」
「ただし! 条件があります。あやかしたちを含め、うちにいる家族を、少しでも危険な目に遭わせるようなことがあれば、そこで協力は打ち切ります。それでいいですか?」
「ああ、分かった。誰にも危害は加えないと、約束しよう」
交渉は成立した。実兎は最後まで警戒していたというのに、弥宵が一人でとんとん拍子に決めてしまったので、頬を膨らませてむくれている。弥宵は実兎に謝り、男を先に進ませながら、寺へと戻った。
玄関先では、敷地内の掃除をしている最中の羊吉と天馬がいた。羊吉が大きく欠伸をする中、天馬はせっせと落ち葉をかき集めていたのだが、男と弥宵たちの足音に気付くなり、手を止めて顔を見合わせた。
「羊吉、天馬。ただいま」
「おかえり……何か、あったね?」
「うん。ちょっとね」
男は約束を律儀に守り、威圧的に彼らに接することはせず、黙って立っている。羊吉は彼を警戒しつつ、弥宵と男の間に立った。同時に、天馬が悲鳴を上げて怯え始める。
「や、弥宵さん! その人!」
「うん。天馬、この前小屋で見た人に似てる? それとも、微妙に違う? よく見てくれないかな」
「えっ、ま、待ってください……」
天馬は震えながら羊吉の背中に隠れ、恐る恐る男の風貌を観察した。十秒ほどは注視していただろうか。天馬は最後に、ゆっくりと首を横に振った。
「すごく似ていますけど、違います……この前の人は、気が立っているような、険しい顔つきだったんですけど。この人は、もっと柔和な雰囲気があります」
「分かった、ありがとう。この人が本当のことを言っているだろうっていう、私の勘は当たったみたい」
弥宵は、目を丸くする羊吉と天馬に対し、帰り道での彼とのやり取りを話して聞かせた。実兎が、「僕は警告したんだけどね」とぼやく。
「俺への疑いは晴れたか?」
「まだ完全ではありませんけど……とりあえず話を聞くので、上がってください」
「ああ」
弥宵が男を玄関に導くと、羊吉は箒とちりとりの道具類を実兎に押しつけ、弥宵の元へとやってきた。
「僕も、弥宵と一緒にいる。念のため」
「……うん。ありがとう」
羊吉が近くにいてくれることの、絶対的な安心感。まだ気は抜けないというのに、実兎との会話を思い出して、弥宵は照れくさかった。




