もう一人の新参者 1
それから五日が経った。学校職員と警察でパトロールを強化したお陰か、動物たちがいなくなるという事件は、あれ以来起きていない。犯人が周囲を警戒して逃げたか、はたまた犯行を一時的に止めているだけか。まだ安心はできないが、ひとまず弥宵は落ち着きを取り戻していた――はずだった。
「今日からお世話になります! 転入生の稲葉実兎でーす! 弥宵の親戚なんで、よろしく。『実兎ちゃん』って呼んでね」
「な、な……」
「……ということで、稲葉。しばらくは面倒を見てやってくれ」
朝のHRの時間。担任の城山の後ろについて入ってきたのは、女子生徒の制服を着た実兎だった。亜麻色の髪をポニーテールにしており、女の子らしさ全開で可愛い子ぶっている。実際、弥宵よりも断然女子っぽく、可愛いのだが。
男子生徒は喜び、女子生徒は凄まじいライバルの登場にざわつき始めた。「親戚ってマジ!?」「悔しいけど可愛い……」といった声が聞こえてくる。
(わ……私、何も聞いてない!)
今朝、慎太郎がやけにそわそわしていたのは、これが理由だったのだ。なぜ、弥宵には黙っていたのだろうか。帰ったら問い詰めなければならない。弥宵の近くまでやってきた実兎を捕まえ、小声で話しかける。
「実兎、どうして教えてくれなかったの?」
「だって、弥宵に言ったら反対するでしょ?」
「当たり前だよ! それで、その制服はどうしたの?」
「僕が『学校に行きたい』って言ったら、慎太郎が買ってくれた」
弥宵は溜め息をついた。慎太郎は、居候のあやかしたちにどこまでも甘い。結局、実兎と天馬にも服や靴、スマートフォンを買い与えた。その上、客間も寝泊まりに使わせてあげている。
「実兎、文字を書いたりとか、数学で計算したりとか……大丈夫なの? 高三の内容って難しいよ?」
「少なくとも、昔は本をたくさん読んでたから。読み書きはできるよ」
「英語は?」
「あー……分かんなかったら、弥宵が教えてよ」
随分と簡単に言ってくれるものだ。弥宵の成績は中の上レベルとはいえ、自分のことで精一杯で、教える余裕なんてない。楽観視しすぎではないのか。
(頭痛くなってきた……)
城山も、どうして止めてくれなかったのだろう。弥宵が訴えかけるように城山を凝視すると、彼は出席簿でその視線を遮った。後ろめたい思いはあるようだ。恐らくは、彼が一ヶ月も面倒を見てきた実兎が、「学校に行きたい」と言い出したのが嬉しくて、止めきれなかったのだ。
実兎が学校に行きたくなったのは、飼育小屋の修理を手伝いながら、学校内の様子を見ていたからかもしれない。壊された壁は新しい板で塞がれ、裏山では飼っていたうち半数以上のウサギと鶏が見つかり、小屋に戻された。見つけきれなかった数匹は無理に探すことはしないと、職員会議で決まったらしい。
弥宵はそれでよかったと、ほっとした。羊吉の脱走がバレずに済んだ安心感もあるが、動物が自分の意思で遠くに逃げたのなら、無理に連れ戻さなくていいと思っていたからだ。もう世話をできない寂しさはあるが、彼らが幸せであってほしいと願うばかりである。
「み、実兎ちゃん。ここ、どうぞ! 稲葉の隣がいいでしょ?」
「うん。ありがとうー」
弥宵の左隣に座っていた男子生徒が、実兎に机を譲ってくれた。実兎が愛想良く礼を言うと、彼は笑顔で後方の空いている机に移動していく。
(この圧倒的美少女の雰囲気。男の娘、恐るべし……)
実兎の容姿なら、確かに詰め襟よりも紺色のセーラー服が似合うのだが。本当は男子なのだと皆が知ったら、どういう反応をするのだろう。そもそも、一度は問題を起こしてしまった実兎が編入できたのも謎だ。あやかしは、奥が深い。
そんなこんなで、実兎に学校の中を案内し、やはり英語はちんぷんかんぷんだったので、アルファベットの基礎から教えてあげたり、友達を紹介したりと、弥宵の一日は慌ただしく過ぎた。
「つっかれた……。もう! お父さんも城山先生もグルだったね!?」
「そうだよ。あははっ。弥宵、本当に疲れた顔してる!」
「誰のせいだと思ってるの!」
学校からの帰りは、実兎が弥宵についていてくれるとのことで、羊吉の迎えはなくなった。それは少し寂しいし、無邪気に笑う実兎に憎たらしさを覚えながらも、彼がとても楽しそうなので、弥宵も結局はつられて笑ってしまう。
「羊吉に迎えに来てほしかった?」
「えっ……そりゃ、少しは……このところ、一緒に帰るのを楽しみにはしてたし」
「ふーん。やっぱり、ちょっと好きなんだね。羊吉のこと」
「そ、そそ、そういうことじゃないよ!」
実兎に会った初日に、「バカップル」と言われたことを弥宵は思い出した。男女として、そんなに親しい間柄に見えたのか。
「慎太郎が牽制してるから何もできないだけで、羊吉はかなり弥宵のことが好きだよ」
「……えっ」
「天馬も弥宵のことは好きだけどさ。それは親愛の“好き”であって、慎太郎に向けられている好きと同じ。異性としての“好き”じゃないんだよね」
「な、なんでそんなことが実兎に分かるの?」
「見てれば分かるっての。弥宵は鈍いなあ」
実兎は喉の奥で笑っている。弥宵は火照る肌を両手で押さえた。
(そ、そんなこと言われたら困る……意識しちゃうじゃない!)
このままでは、羊吉に会ったとき、普通に話せる自信がない。聞かなかったことにしよう、と弥宵が頭を横に振っていると、実兎が突然弥宵を庇うようにして前に出て、立ち止まる。
「実兎、どうし……」
「あんた、誰? 僕らに何か用?」
実兎が刺々しい声で、誰かにそう言った。弥宵は実兎の肩越しに顔を出して、前方を窺う。そこには、背の高い見知らぬ男性が立っていた。




