浮気騒動と謎の少女と『???』 7
「実兎、もう一つ確認なんだけど……学校以外にも、家の外で飼われている犬を逃がしたとか、そういうこと何かやった?」
「え、なにそれ……。僕がやったのは、小屋を壊すことだけだよ」
「違うの? 本当に実兎じゃない?」
「……信じてもらえないかもだけど。僕はやってない」
弥宵は、小屋を壊した後、実兎が勢い余ってそのまま犬たちも逃がしたのだと考えていた。だが、実兎はそれを否定している。
(言われてみれば確かに。実兎がわざわざ住宅地まで行くなんて、不自然だもの)
ならば、犬たちを逃がした犯人は、また別にいるということだ。弥宵は、典子の言葉をふと思い出す。
『お寺でも馬を飼ってるでしょう? 犯人がまだこの辺りにいるしれないから、気を付けてね』
弥宵は青ざめてひゅっと息を呑み、駆け出した。真由香に呼ばれて寺に帰ってきた後は、天馬の無事を確認していない。
一体自分は何をしていたのか。せっかくの忠告を、忘れてしまうなんて。
「弥宵? どこに行くの?」
「天馬がいるか見てくる!」
「え? え? なんだよ、急に!」
羊吉と実兎も、驚いて後ろをついてきた。ドタバタと三人で外に出て、階段を転びそうになりながら降りて、裏庭へと向かう。
「天馬! 天馬、いる!?」
弥宵は柵の扉を開けようとして、外から鍵が壊されているのを見つけた。目を瞠り、いてもたってもいられず、扉を抜け、一目散に馬小屋の中へと走る。
弥宵の願いも空しく、そこはもぬけの殻だった。天馬は、いない。
「うそ……そんな……」
へなへなとその場に崩れ落ち、弥宵は呆然とした。すぐに追いついてきた羊吉と実兎が、弥宵の腕をとって優しく支えてくれる。
「弥宵、天馬もいなくなった?」
「……うん」
「あの……これも、僕がやったんじゃないからね?」
「分かってる。でも、誰がこんな……」
羊吉と実兎に手を貸してもらいながら、弥宵はゆっくりと立ち上がった。実兎は寺についてすぐ慎太郎に保護されているし、今までずっと一緒にいたのだ。彼が犯人のはずがない。
「弥宵ー! どうしたー!」
「お父さん……先生に、真由香ちゃんも」
弥宵たちが騒がしく出て行ったためか、慎太郎と城山、真由香が柵の外まで様子を見に来ていた。真由香に至っては、心配そうに弥宵のことを見つめている。弥宵は彼らの元へと戻り、事の次第を伝えることにした。
*****
「そうか。天馬まで……」
「お父さんが実兎を見つけた時には、まだ天馬はここにいたの?」
「いや、分からない。ただ、実兎くんはこっちじゃなくて正面の方にいたから、彼は関係ないと思うよ」
「うん。実兎も違うって言ってる」
少しだけ長くなったが、実兎があやかしであることも、学校の飼育小屋を壊した犯人であることも、井上典子から聞いた犬たちの失踪についても、弥宵は全て彼らに話した。慎太郎と真由香は問題なく聞き入れてくれたが、城山だけは未だに信じられないらしく、眼鏡の中央を押さえたまま硬直している。
数時間前、天馬は確かにここにいたのだ。それに、彼は身体も大きく、逃げ出したとしても町中では目立つ。探せばすぐに見つかるかもしれない。
「お父さん、私、天馬を探しに行ってくる!」
「ダメだ。もう暗くなり始めている。もし万が一犯人に遭遇したら、何をされるか分からない。危ないからやめなさい」
「でも……!」
「僕が、行ってきます」
弥宵の背後から、そう名乗り出たのは羊吉だった。
「必ず見つけて帰ってくるから、弥宵は寺で待ってて」
「……いいの?」
「うん」
弥宵の頭をぽんっと一回だけ撫でて、羊吉は柵を簡単に跳び越える。そのまま駆け足で、敷地の外へと消えていった。頼もしい背中を見送り、弥宵は胸の高鳴りをみんなに悟られまいと隠す。
「さっきの羊吉くんも、君も、本当にあやかし……なのか?」
城山が、ようやく一言を発した。もう少しで信じてくれそうではあるが、いまいち決定打に欠けるようだ。
「もう! だから、さっきから何度もそうだって言ってるでしょ? 弥宵だって昨日まで知らなかったけど、こんなに受け入れてるっていうのに。頭が固いのかしら……」
真由香は少し疲れ気味にそう言った。弥宵もすぐには信じられなかったので、城山の気持ちが分かる。どうしたら証明できるか考えていると、弥宵の傍で、実兎が動いた。
「じゃあ、僕がウサギになるよ」
「え」
弥宵が振り返る刹那で、実兎が眩しく発光したかと思うと、小さな白いウサギに変身した。鼻をひくひくさせながら、動かずに城山を見上げている。
「なっ……なっ、ウサギになった!」
城山は気絶しそうなほどに狼狽し、真由香に笑われている。ウサギはすぐにまた発光して人間の姿へと戻り、その変身の技をまざまざと見せつけた。
「どうだ、渉! すごいだろ! これで、僕のやったことも……許してくれないかな、なんて……」
「実兎……」
弥宵が力になると約束したとはいえ、実兎は不安なようだった。自慢げな表情が、みるみるうちに萎んでいく。弥宵も、城山と真由香に頭を下げた。
「先生、真由香ちゃん、どうかお願いします! 実兎が許してもらえるように、学校と警察に交渉してくれませんか!?」
「弥宵、あなた……優しいわね。渉くん、どうする? 私は助けてあげたい」
「事情は分かった。ただ、実兎。お前も動物たちを探すことと、小屋の修理を手伝うこと。それが条件だ」
「……ありがとう、渉。それと真由香。さっきは、おばさんって言って……ごめん」
弥宵が頭を上げて喜んでいると、真由香がしてやったりと実兎の額を小突いた。それで許してくれるらしい。実兎は額を手で押さえながら、少しだけ涙ぐんでいた。




