浮気騒動と謎の少女と『???』 6
十秒ほど、そうしていただろうか。直後、羊吉が実兎の首根っこを掴んで、弥宵から引きはがした。それはもう、かなり強引に。弥宵はドギマギした。ひょっとしたら、羊吉が実兎に嫉妬したのではないかと、そう思って。
「羊吉……?」
「実兎、弥宵にはベタベタ触っちゃいけない。慎太郎さんに怒られるよ」
「ちょっ、痛い!」
実兎が羊吉を涙目のまま睨みつけた。羊吉は本心からそう言っているようで、窘めるような真顔になっている。
(な、なんだ……そうだよね。うん、ありえない……)
人型と化した羊吉に関わるようになってから、どうも不整脈が止まらない。弥宵は自分の意識過剰を打ち消して、二人の様子を見守った。あやかし同士、うまくやってほしいと願いながら。
「別に、感謝のハグくらいいいじゃん! どうせ、僕に弥宵をとられると思って、嫉妬したんだろ?」
「うん、それもある。でも、慎太郎さんに追い出されたくなかったら、ルールは守って」
「えっ」
「ちぇっ……分かったよ」
唇を尖らせ、実兎は羊吉の腕を振り払った。つい一瞬前まで、「仲良くなってくれるかな」なんて心配していた弥宵だが、今は羊吉の言葉を脳内でずっと反芻している。
(うそ……本当に嫉妬だったの!?)
胸のドキドキが止まらず、息が苦しい。何でも素直に認めてしまうのは羊吉の良さでもあるが、同時に弥宵の心臓には悪いようだ。弥宵は羊吉を見つめていたが、彼が視線に気付いて見つめ返してくると、つい顔を逸らしてしまった。
「弥宵、大丈夫? 顔、赤い」
「だ、大丈夫……」
「はあ、なにこのバカップル。つきあってられないんだけど」
「ばっ、馬鹿でもないし、カップルでもないから! それと、そういうことは言わない約束でしょ!?」
「はいはい。もう言いませんー」
実兎は呆れたように肩をすくめたが、その表情は穏やかで楽しそうだった。そんな顔を見せられたら、弥宵もそれ以上は責められない。
「……ってことで、よろしく。弥宵、羊吉」
「うん。よろしくね」
「よろしく、実兎」
微笑み合い、慎太郎に三人で報告に行くことにした。部屋を出てすぐ、弥宵のポケットでスマートフォンが震える。弥宵がそれを取り出した際に、ウサギのキーホルダーが引っ掛かって床に落ちた。
「あ、いけない」
弥宵が拾おうとすると、それよりも先に実兎がそれを掴む。弥宵が顔を上げれば、実兎は目をきらきらさせていた。
「こ、これ! 僕が昨日落としちゃったやつだ!」
「えっ……」
「渉にもらったんだけど。僕も気に入ってたし、無くしたことは言い出せなくて。なんで、これを弥宵が持ってたの?」
「み、実兎……待って。それ……」
そのキーホルダーは、学校で、しかも飼育小屋の前で拾った物だ。「犯人の物かも」なんて予想を、飼育係の芽衣と話していた。弥宵は咄嗟に羊吉に目配せをして、客間へと戻る。羊吉も瞬時に理解してくれたらしく、実兎の背中を押して連れ戻してくれた。
「え、なに。二人とも、どうしたの?」
「実兎、私が通ってる学校に、昨日行ったでしょ?」
「え……もしかして……それ、学校に落ちてた?」
「うん。ウサギの飼育小屋の前に」
「…………」
実兎は気まずそうに黙り込んだ。何か後ろめたいことがある証拠だ。弥宵の推測が正しければ――小屋を蹴破った犯人は、実兎だということになる。
「実兎、正直に話して。私はあなたを助けたい。だから、嘘や誤魔化しはしないでほしいの」
「……僕、は」
俯き、下唇を噛む実兎に、弥宵は心が苦しくなる。実兎は覚悟を決めたように、口を開いた。
「昨日の夜中、渉が働いているのはどんなところかなって思って……学校に忍び込んだんだ。そしたら、ウサギとか鶏が飼われている小屋を、見つけて……」
「うん」
「つい、衝動的に……壁を、足で蹴って……壊した」
「……前の自分と、重ねた?」
実兎はゆっくりと頷いた。ここに至るまでの実兎の経歴を知らなければ、弥宵は彼を責め立てただろう。壁を蹴破るのは女の子の力では難しいが、本来男の子である実兎の力なら、できたというわけだ。
「こいつらも、狭いところで飼われてかわいそうにって……思って……」
「それで逃がしたんだね?」
「……うん。それが悪いことだって分かってる。でも、さすがに渉には言えなかった」
「動物たちは、どうしたの?」
「学校の裏山に、放した」
「……分かった。正直に教えてくれて、ありがとう」
裏山にいるのなら、そこは教師たちが探し始めているので、いずれ見つかるだろう。他の野生動物に危害を加えられてなければいいが。
弥宵は、一瞬で憑き物が落ちたような気分だった。問題が発生したその日のうちに、二件とも解決できてしまうとは。あとは、城山たちと一緒に、実兎の処分を軽くしてもらうよう、掛け合えばいい。
「弥宵、ちょっと待って。典子さんが教えてくれたことも、確認しないと」
「……あ! そうだ!」
羊吉の言葉に、弥宵ははっとした。ほんの数時間前に、寺周辺の住宅地で聞き込みしたことをもうすっかり忘れていたのだ。




