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妄想オタクの非現実的な日常  作者: 楪 彩郁
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浮気騒動と謎の少女と『???』 5

「ウサギの姿に化けてたら捕獲されて、いろんなところを経由して、最後にはペットショップで売られて。知らない人に買い上げられたと思えば、ろくに世話もしてもらえない。おまけに、こっちが嫌がっても撫で回すし。人間ってどこまでも勝手だから、こっちもそれなりの態度でいようって」

「それで……何があったの?」

「飼い主の一人に噛みついてやった。そしたら、そいつの親が怒って、家を追い出された。ちょうどその後、この姿に戻れたんだ」


 弥宵は、羊吉との会話を思い出す。動物を飼うのは人間のエゴなのかと悩む弥宵に、羊吉は「分からない」と答えた。人間に愛されて、幸せに生涯を終える動物も確かにいるのだろう。だが、目の前にいる少年のあやかしは、少なくともその人間の勝手な行動による被害者だった。


「それで、この町に逃げてきたの?」

「あちこち彷徨(さまよ)って、通報されて警察官に補導される前に、別の場所に逃げることを繰り返してた。この町に来て、初めて声を掛けて助けてくれたのが、渉だったんだ」

「……そっか。大変な思いをしてきたんだ」

「あんた、お人好しだね。そんな顔、しなくていいから」


 弥宵は、少年の話にぐっと入り込んでいた。少年の目にどう映っているのかは分からないが、きっと悲しい顔になっているのだろう。彼を助けてやりたいと、弥宵は思った。城山もそれを望んでいて、私生活を投げ出してでも、彼と過ごす時間に費やしてきたのだから。


「ちょっと待ってて。お父さんに相談してくる!」

「は? あっ、ねえ!」


 引き留められる前に、弥宵は慎太郎を探すために部屋を飛び出した。昨日の今日で、許可してもらえるかは五分五分だが。いくら横柄で生意気なあやかしでも、放っておけない。


 慎太郎を探すこと、数分。本尊が置かれている間で、慎太郎は数珠を手に目を瞑り、経を(そら)んじていた。大切な日課を邪魔をするのは申し訳なく、弥宵はまた後で来ようと退散しかけたのだが、慎太郎は弥宵の気配に気付いたらしい。読経を止め、弥宵の名前を呼んだ。


「弥宵、来ると思ってたよ」

「……お父さん。邪魔してごめんなさい。あのね、あの子、あやかしだった。それでね……」

「うちで預かりたいんだろう?」

「うん。いい?」

「いいよ。食事を作るのが大変になるけど。弥宵がそれでいいなら」

「あ、ありがとう! 伝えてくる!」


 予想に反して、慎太郎はすんなりと認めてくれた。二日間で二人ものあやかしに出会い、そのどちらもを受け入れる決断は、簡単にできるものではない。弥宵は嬉々として戻りながらも、慎太郎にも何か思惑があるのではないかと、ほんの少し疑ってしまった。


(まさか……お父さんに限って、そんなことしないよね)


 家族は疑いたくない。頭を振り、雑念を払って客間に戻ると、羊吉と少年が何かを話していたところだった。弥宵に気付いて二人が振り向いたところで、弥宵は満面の笑みを浮かべ、少年に向き合う。


「今日からは、うちに住めばいいよ! お父さんにも、許可もらってきた!」

「え、本当に羊吉の言った通りになった……。いいの? 僕なんかが、ここにいても」

「もちろん、いいよ。でも、寺の仕事は手伝ってもらう。これが条件。それと、私とお父さん、あと羊吉のことも、馬鹿にした発言だけはしないで。“家族”になるんだから」

「……分かった。約束する」


 少年は、突然弥宵に背を向け、窓の外を見た。せっかく心が近づけたのに、距離を置かれたと思った弥宵は、悔しくて彼の正面に回り込む。


「ばっ……! 見るな!」

「あ……ごめん」


 彼は、泣いていた。綺麗な茶色の瞳が、涙で濡れている。弥宵は気まずさを誤魔化すように微笑んで、彼の手を取った。


「私は、弥宵っていうの。あなたの名前も考えるから、少し待って」

「……うん」


 少女のようにすべすべで細い手だ。身長も弥宵と変わらない。これで男の子だというのだから、弥宵も驚きだった。今の服装も、城山の物を借りているのであれば、膝丈のワンピースに見えているのは男性物のシャツ、ということになる。頭髪もわざわざ女の子に寄せているあたり、彼の趣味嗜好の対象は、可愛い物なのかもしれない。所謂(いわゆる)、男の()だ。


(もしかしたら、男らしい名前より、女の子っぽい響きのほうが好き?)


 擬態した時にウサギなのだということであれば、羊吉のように、“兎”の文字も入れてみたい。それで、弥宵は一つの案を考えついた。


「“実兎(みと)”ってどうかな? 木の実の“実”に、漢字の“兎”で、実兎」

「……なにそれ」

「え、やっぱりだめ? 可愛いかなって思ったんだけど……」

「ダメじゃない。いいじゃん。少しはセンスある。弥宵のこと、見直した」

「そう? ふふ、よかった」


 少年の名前は、実兎に決定した。彼は何度も「実兎……」と小声で繰り返し、涙を拭う。よほど気に入ったのだろう。弥宵も嬉しかった。


「羊吉、一日だけでもここでは先輩だから、いろいろ教えてあげてね」

「うん。もちろん」


 羊吉がそう快諾した直後、実兎は弥宵の背中に腕を回し、ぎゅっと抱きついてきた。あまりにも突然のことに、弥宵は悲鳴を上げることなく、固まる。


「ありがとう……弥宵」

「……え、あ……うん。どういたしまして」

「僕、この町に来て……良かった」

「……そっか」


 耳元で聞こえたその言葉に、実兎の辛さや思いが集約されていた。弥宵も、つい涙ぐむ。男性に抱きしめられているという感覚はなく、弥宵はそのまま彼を抱きしめ、頭を優しく撫でた。

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