浮気騒動と謎の少女と『???』 2
*****
「真由香、一体何の騒ぎだ?」
「お兄ちゃんは黙ってて」
「少しは落ち着きなさい。お前、もう三十五だろう。いい大人が姪を振り回すな」
「すぐ終わるから!」
弥宵と羊吉が寺に帰ってくると、真由香は一足先に到着していた。彼女のお気に入りである赤いスポーツカーが駐車場にあったが、城山の車らしきものは見当たらなかった。まだ来ていないのだろう。
(真由香ちゃんって三十五歳だったんだ。知らなかった……)
真由香は三十代半ばくらいだとは思っていたが、正しい年齢は知らなかった。初めての情報に弥宵が驚いている間に、諫める慎太郎の手を払いのけ、真由香は客間の一つを陣取った。
弥宵も羊吉も、彼女の発するオーラに気圧されて立ち尽くし、何も発言できない。それに、先程の慎太郎の言葉も、真由香の怒りを増幅させてしまったように思える。
「弥宵。渉くんが来たら、ここに通してくれる?」
「わ、分かった……」
これから、信頼する担任教師が自分の叔母に問い詰められるのかと思うと、弥宵は胃が痛くなる思いだった。しかも、二人は恋人同士なのだ。仲良くしてほしいに決まっている。
玄関で城山を待つことにした弥宵の後ろを、羊吉が静かについてきた。その目は、眠そうにとろんとしている。
「羊吉は休んでていいよ。今日はたくさん手伝ってくれたから、疲れたでしょ?」
「ううん。僕は大丈夫。弥宵が心配だから、傍にいる」
「え?」
羊吉が弥宵の隣に並び、その顔をじっと見る。漆黒の瞳に、弥宵の顔が映り込んだ。疲れているのに、包み込むような優しい表情がどうしてできるのか。弥宵の心に、自然と安心感が広がっていく。
「何があっても、僕は弥宵の味方だから。弥宵の気持ちを、ちゃんと二人に伝えてあげればいい」
「……うん。ありがとう」
「さっきの先生と、真由香さん、だっけ? うまくいくといいね」
「そうだね」
いなくなった動物たちのこと、犯人のこと、城山と真由香のこと。気に掛かることが多すぎて、弥宵の頭の中はぐちゃぐちゃだった。だが、羊吉の言葉が、今はまず落ち着いて目の前のことに取り組めばいいのだと、教えてくれる。
弥宵は目を閉じて、一度大きな深呼吸をした。思考がクリアになったところで、羊吉と目を合わせ、微笑む。
「絶対に二人を破局させない。真由香ちゃんも、今は冷静になれてないだけだから……」
「うん。その意気だ」
羊吉が答えた瞬間だった。玄関のチャイムが鳴って、「ごめんください」と城山の声がした。弥宵は二重になっている引き戸を開け、彼を招き入れる。
「先生、こんばんは」
「ああ、稲葉。出てもらって悪い。なぜか、真由香にここに来るようにと呼ばれたんだが……」
「はい。ご案内します」
靴を脱いで上がり、それをきっちりと並べた城山は、羊吉を一瞥した後に廊下を歩き出した。その先を行く弥宵は、わざと明るく話題を振る。
「彼が、羊吉ですよ」
「えっ……! 例の、あやかしって言っていた羊、か?」
「そうです」
城山は振り返り、もう一度羊吉を見る。羊吉は恭しく頭を下げ、微笑んだ。城山もつられて会釈すると、未だに信じられないのか首を傾げている。
「確かに日本人っぽくないな……真由香も言うなら、確かにそうなんだろうな……」
「先生」
「ん?」
真由香が待ち受けているであろう客間、その襖の前で、弥宵は城山と向き合う。弥宵の真剣な瞳に、今これがただならぬ状況だということは、城山にも伝わったようだ。
「私、先生を信じていますから」
「あ、ああ……」
「だから、誠実に真由香ちゃんと話してください」
「え、どういうことだ?」
最後の質問には答えず、弥宵は客間を開けた。部屋の奥、畳の上に座布団を敷き、真由香はその上で腕組みをして座っている。
「ようこそ、渉くん。そこに座ってくれる?」
「……分かった」
「弥宵はこっち」
「はい」
真由香の真正面に城山が座り、弥宵は真由香から少し距離を置いて正座した。三人の場所を点とするならば、ちょうど三角形になるような配置だ。
「真由香ちゃん、羊吉も一緒にいていい?」
「ええ。この際、味方が多いに越したことはないわ」
「ありがとう」
入り口で戸惑っていた羊吉に弥宵が手招きをすると、羊吉は襖を閉めて、いそいそとやってきた。弥宵の隣に腰を下ろし、みんなの真似をして正座する。
「稲葉まで巻き込んで……話ってなんだ?」
「しらばっくれないでよ、渉くん。今日、喫茶店で会ってた女の子は誰?」
「……は?」
城山が目を見開き、明らかに動揺した。目を左右に泳がせた後、「しまった」とでも言いたげに、顔をしかめる。真由香に知られたくなかったことであるのは、確かなようだ。
「見られたのか」
「見たのは私じゃなくて、ここにいる二人だけど。やましいことがなければ、正直に言えるでしょう?」
「……できれば、言いたくない。彼女のプライバシーに関わる」
「はあ!?」
真由香の額に青筋が立ったように見えて、弥宵は瞬時に両手を前に出し、彼女を止めた。今にも掴みかかりそうな勢いに城山はびくっと肩を揺らし、真由香の怒りのほどをようやく悟ったようだ。
「せ、先生! 私も羊吉も、あれは浮気じゃないって思ってます! 言える範囲で、話してください!」
「あ、ああ。分かった……」
肩で息をする真由香を座布団へと戻し、弥宵も背筋を正して座った。城山は眼鏡のブリッジを押し上げて、事の経緯を話し始める。




