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妄想オタクの非現実的な日常  作者: 楪 彩郁
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動物たちの大脱走 7

 寺を出た弥宵と羊吉は、逃げた動物の目撃情報がないか、まずは住宅地から聞き込みをすることにした。学校の周辺は、教員たちがくまなく探しているので、範囲が被るのを避けるためだ。


「あ、羊吉。皆は羊吉のことを知らないし、いろいろ目立つよね。別行動にする? 連絡するならスマホもあるし」

「ああ、それなら、多分大丈夫。昼間、慎太郎さんと商店街に行った時……」

「あら、弥宵ちゃんじゃないの!」

典子(のりこ)さん、こんにちは。お世話になっております」


 典型的なおばさま口調で話しかけてきたのは、近所に住む井上典子だった。飼い犬の散歩中だったらしい。彼女は寺の檀家であり、弥宵とも昔から顔なじみだ。弥宵はきちんと腰を折って、挨拶をした。


「聞いたわよ。海外からの留学生をお寺で受け入れることにしたって。この方がその留学生?」

「え……あっ……はい! そうです!」

「へえ、イケメンさんね。お名前は? あ、日本語分かるかしら?」


 典子は羊吉に向かって早口で問いかける。どうやら、慎太郎は町の人たちに対し、羊吉を留学生として紹介したらしい。


(そういう設定なら、出掛ける前に一言教えてよ!)


 慎太郎はきっと、弥宵に伝えるのをうっかり忘れていたのだろう。弥宵は焦ったが、なんとか話を合わせることができた。


「えっと……羊吉、です」

「ヨーキチさん? 日本人みたいな名前ね。どこの国からいらしたの?」


 弥宵は唾を飲んだ。ここで適当に答えてしまえば、町の中に瞬時に広がってしまう。典子はそれくらいの影響力があるのだ。


「すみません、典子さん。私たち、ちょっと用事があって」

「あら、そうなの? 引き留めてごめんなさいね」

「はい。またゆっくりお話ししましょう」

「いえいえ。あっ! あのね、これだけ!」


 立ち去ろうとする弥宵と羊吉を、典子が引き留めた。今度は何を言われるのか。弥宵が身構えると、典子は愛犬を大切そうに胸に抱える。そして、眉を下げて不安げな表情を見せた。


「学校で動物の脱走事件があったんでしょう? この辺りもね、何件かの家で、リードに繋がれてたはずのわんちゃんたちが、昨夜のうちにいなくなったみたいなの」

「えっ?」

「私のところみたいに、家の中で犬を飼っていたところには被害はなかったみたいだけど。お寺でも馬を飼ってるでしょう? 犯人がまだこの辺りにいるしれないから、気を付けてね」

「わ、分かりました。貴重な情報をありがとうございます!」


 思わぬ収穫だったが、同時に弥宵の心には焦りが生まれた。この平穏な町に、突如として起こった事件に、繋がりがないとは思えない。きっと同一犯によるものだろう。


(やっぱり、犯人を野放しにしちゃいけない)


 捕まえて、どうしてこんなことをするのか、理由を聞きたい。弥宵の中で、決意が固まる。典子に礼を言って、弥宵と羊吉は住宅地での聞き込みを行った。


 典子の情報通り、調べられただけでも、五件の家から犬が失踪していた。いなくなったのは、昨日の深夜から今日の早朝にかけて。中には警察に被害届を出している人や、心配で泣き崩れる飼い主もいた。そして、どの住人も、犯人らしき人物に心当たりはないし、ウサギや鶏も見かけていないとのことだった。


「飼われてる動物がかわいそうかもって、ちょっと思ってたんだけど……それで勝手に逃がして、飼い主を悲しませるのは違うよね」

「弥宵……大丈夫?」

「うん。でも、なんか……答えが出そうなのに、まとまらないや」


 弥宵の心臓が、きゅっと絞られるように痛んだ。俯いていると、大きな手のひらが頭の上に乗っかる。羊吉の手だった。


「無理して答えを出さなくていいと思う。弥宵は、そのままで十分だから」

「そう、なの?」

「うん。僕が保証する。弥宵の優しさに救われてる動物は、きっとたくさんいるよ」


 優しい言葉に、弥宵の涙腺が緩んだ。俯いたまま、瞳に涙の膜が張られるのを瞬きで壊して、顔を上げる。


「……ありがとう」

「うん。他を探してみよう。次はどっち?」

「この時間、まだ働いている人たちに聞いてみよう。商店街の方!」


 日が暮れる前に、できるだけ範囲を広げておきたい。二人はそう考え、少し足早に商店街へ向けて歩き出した。


「それはそうと、羊吉って留学生の設定になってたんだね」

「うん。それを弥宵に説明しようとしたら、典子さんが……」

「もー、焦ったよ。どこの国から来たことにすればいい?」

「うーん……任せる」


 このご時世だ。インターネットで調べれば、それっぽいところは見つかるだろう。あとは羊吉の角さえ見られなければ、切り抜けられそうだ。


(嘘をつくのに慣れそうで怖い……)


 昨日まではあんなに抵抗があったというのに。弥宵にとって、自分の良心よりも羊吉を守ることの方が大切になっている。


 河原横の長い舗道を歩いて通り過ぎ、商店街の入り口にさしかかったところで、小さな公園が見えた。その入り口から、見慣れない女の子が現れる。亜麻色の豊かなロングヘアをツインテールにして結んでおり、ピンク色の唇が印象的だった。華奢な体型で、肌は雪のように白い。


(あんな子、この町にいたんだ……)


 一度見たら忘れないであろう美少女だ。年齢も、恐らく弥宵と近い。中学生か高校生、といったところか。この狭いコミュニティでは、すぐ話題になりそうなものだが。彼女は弥宵たちには気付かず、近くの喫茶店へと入っていった。

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