俊ちゃんの要望を回収
『昼迎えに行く』
SNSに届いた、俊ちゃんからの初めてのメッセージ。三限後の休み時間に確認したそれは授業中に送られていたようだけど、彼はちゃんと授業を受けているのだろうか。
私の妹が送るような本題迷子の長文メッセージの何十分の一程の文量だが、つまりは昼休みに一緒にご飯食べよう、というお誘いだと認識していいのかな。
『はい』
返事を送信して、次の授業の教科書を準備した。
「いやクールにも程があるでしょ!」
瑛一くんが腹を抱えて笑っている。机の上を激しくバンバンと叩いて大笑いする彼は、きっともう怪我の心配は必要ないのだろう。丈夫でなにより。
メールでの宣言通り迎えに来てくれた俊ちゃんは、昼休みに私のクラスに乗り込んできたときからなんだかどこか気落ちしているように見えた。
不思議に思いつつもまた私のクラスとは雰囲気の違うあの教室に着くと、瑛一くんが私を見て笑い始めたのだ。
問題は私の送ったメッセージだったようだ。
「二文字って! どんだけクールな対応なのさ! ほらもう俊ちゃん落ち込んじゃってるじゃんよー」
「落ち込んでねえ」
けらけらと笑いが止まらない瑛一くんはそろそろ苦しそうだけど、私のメッセージは俊ちゃんを落ち込ませるほどに酷い書き方だっただろうか。
持ち込んだお弁当のおかずを摘まみながら首を傾げた。何気無く食べた煮物の味がよく染みていて満足感を覚える。飲み込みながら箸を置いて、代わりにスマートフォンを手に持った。
『迎えに来てくれてありがとう。お昼一緒に食べるの楽しいね』
マナーモードに設定されていないらしいスマートフォンが着信音を立て、仏頂面で画面を見た俊ちゃんは机に突っ伏してしまった。
「……ここで敬語消えるのはずるい……くそ……なんだこいつずるい……」
唸り声をあげて微動だにしない俊ちゃんの手からスマートフォンを取り上げると、瑛一くんは噴き出す。笑いの沸点が恐ろしく低いに違いない。
「くっそ腹痛い……! 歩ちゃんの小悪魔~」
「……何が正解かわからないです」
「あっははは! そんなむすーっとしないのー。ん、これって歩ちゃんが作ったやつ? 一個もーらい」
我ながら自信作の煮物が彼の口に放り込まれ、あ、と声が出た。手癖の悪さに文句を言うのは後回しにして、ほんのり緊張しながらその反応を待つ。
「んー、うま! 夕飯食わせてもらったときも思ったけど、歩ちゃん料理上手だよね」
良好な感想を貰ってほっとした。家族以外に手料理を食べてもらったことはあまりないので、褒めてもらえると嬉しい。
「なんでてめえが歩の手料理食ってんだよ。夕飯って何」
「く、首、首絞まる、から、胸ぐら掴むのはやめて俊ちゃん……まじきついから、捻るな、捻るのやめろ、ギブギブギブ」
「あ?」
唐突にきゅっと締め上げられた瑛一くんの顔色が悪くなってきたあたりで、俊ちゃんは舌打ちをして手を離した。瑛一くんは苦しそうに数回咳き込み、白米を口に運ぶ私と目が合うと襟元を直しながら苦く笑う。
「あー、そこでも動じないわけね……歩ちゃんまじ小悪魔ー……」
「……何が不正解かわからないです」
「そんなしょんぼりしないのー。別に間違ってはいないよ。煽ったのは俺だしねえ」
瑛一くんが困ったように頬を掻き、その言葉の意味を訊こうとした瞬間。
ガン、と大きな音が響いて、騒がしかった教室内が一瞬静まり返る。
「俊ちゃん、どうしたんですか?」
瑛一くんの座る椅子を横から蹴りつけた俊ちゃんの表情は、俯いていてよく見えない。横から覗き込むと、切れ長の目が鋭く私を捉えた。
「俺も歩の飯、食ってみたい」
「え? ああ、いいですよ。お弁当は食べ終わってしまったのでまた今度でいいですか」
「ハルマキにまた会わせろ」
「はい。ハルマキも喜びます」
そこでようやく綻んだ彼の雰囲気に、教室内の強張った空気も和らぐ。あちこちで再開されだした会話で昼休みの喧騒が甦り、瑛一くんが一人、呆れたように深い溜め息をついた。
やれやれ、と外国人みたいに大袈裟に肩を竦める仕草をして、彼は机に頬杖をつく。その口元は軽薄に緩んでいた。
「乱暴過ぎっと嫌われんぞー」
「うるせえ瑛一。お前帰れ」
「帰りません~。歩ちゃん、ハルマキって?」
「我が家のわんこです」
おどけた口調が好奇心のままにこちらに向いて、私は完食して空になったお弁当箱を片付けながら答えた。
「え、わんこ飼ってるの? でも俺行ったとき見なかったけど」
「怪我人がいる部屋には入れませんよ。あの日は隔離してました」
兄が怪我をしたときもハルマキは私の部屋か妹の部屋に隔離される。あの日もそうしておかなければ人懐こいあの子はボロボロの瑛一くんにまとわりついていたことだろう。
「俺もわんこ見てみたいな」
「瑛一帰れ」
俊ちゃんはチャイムが鳴るまで瑛一くんに帰れと言い続けた。
瑛一くんがいると俊ちゃんが静かになってしまいそうです。