だて眼鏡さんを回収
ある日の放課後、クラスの友人たちと教室で長々と駄弁っていたら帰りが遅くなってしまった。彼女たちは私が俊ちゃんと知り合ったことについて興味津々のようだ。僅かばかりの接触をどれだけ淡々と話しても、恋やら愛やらに繋げられるので困った。そんな甘酸っぱいようなものはないのだけど。
しかし最終的に都内にあるスイーツ店に行く約束がいつの間にか生まれているのだから、女子高生の話題転換は恐ろしい。とはいえスイーツは楽しみだ。
信号待ちの間に先程送ってもらったURLからその店のホームページを開き、夢のようなメニュー一覧を眺めて胸を高鳴らせた。店の雰囲気も商品も可愛いくせに値段は可愛くないようで、財布の中身を思い出しながら家路を歩く。
フルーツ系もいいけどチョコも捨てがたい……。人生とは困難な選択が待ち構えているのだなあ。
少々頭の悪そうなことを考えながら、近道のために公園の中を通る。ここを通ればすぐ家に着くのだ。
遊歩道をとたとたとローファーで歩き、何気なくあたりを見渡したところで足を止めた。
誰かがいる。
日が落ちて薄暗くなったため公園の街灯がその周囲を照らしているが、その人は光を避けるように遊具の陰にいた。ほんのり目を細め視認して、それから息を呑む。
「……し、」
死んでる……。
「警察……救急車……霊柩車……」
魔法の呪文を唱えながらじりじりと近付いてみると、随分汚れてはいるが見慣れた制服が見えてハッとする。同じ学校の人だ。あと死んでなかった。よかった。
苦しげな浅い呼吸の音が私の耳に届くまで近づいた頃、恐る恐るその肩に触れた。意識はないようだ。遊具に寄りかかりぐったりとした彼は、ボロボロだった。
あの兄がいるからよくわかる。これは人から暴力を受けたことによる怪我だ。それも、あの俊ちゃんみたいな圧倒的な強さを持った人によるものではなく、集団からの執拗な暴力だ。辺りに人気はないから、彼は怪我を負った後、長時間ここに放置されていたのだろう。
腫れ上がった顔は原型がいまいちわからないけれど、恐らく私の知っている人ではない。そもそもそう広い人間関係は持っていないが。
どこなら痛くないんだろうと考えて、怪我の無さそうな首あたりにてしてしと指先で触れる。ぴくりと彼の体が震えた。
「あ、あのー、大丈夫ですか」
「……っぐ、……あ?」
中学のときに受けたAED講習をつい思い出してしまいつつ声をかければ、彼の口から苦しげな声が漏れ、重い動作で顔が上がった。腫れた左瞼のせいで視界が狭そうだが、意識は戻ったようだ。
「……誰」
掠れた声が吐き捨てるように尋ねる。彼の前にしゃがみこんだまま、堂々胸を張った。
「通りすがりの女子高生です」
女子高生というブランドは今しかないんだよ、と一回り年上の従姉がしみじみ語っていたので、無駄に誇っておく。彼は私の発言に戸惑ったのか、はたまた体の痛みが酷いだけなのか、怪訝そうに顔をしかめただけだった。
「俺に構わなくていい。帰れ」
「うーんそうしたい気持ちもあるんですけど、多分その怪我だと熱も出てますよね。で、まだ一人では動けそうにないわけで。そしてそして今夜は雨の予報なんですよ」
重たい雲は既に上空を覆い始めている。気温もこれからどんどん下がることだろう。何かがうっかりどうにかすれば嫌な結末になってもおかしくない状況とも言える気がしたのだ。
「……ああ、下手すりゃ死ぬかもそれ」
険の消えた声が笑い混じりに呟く。いや笑いをとったつもりはないんですけどもね。
「でしょう? てことでですね、家は遠いですか?」
「あー……遠い」
「連絡のとれるお知り合いは?」
「あいつらにスマホ壊された」
陰湿なことをなさる。
連絡先のわかる人もいない。タクシー代を貸せるほど私の財布は裕福でない。多分嫌がりそうだと予想しながらも救急車案を出したが即却下された。
「……うーん。あれ、この眼鏡はあなたのものですか?」
足元にレンズが割れて弦の折れた瀕死の眼鏡を見つけ、首を傾げた。なんだかこの眼鏡、見たことがあるような、ないような。
「あー、うん、そう。俺のだね」
「壊れてますけど」
「だて眼鏡だからいいよ別に」
「お洒落さんの気配がしますね。あ、ところでおんぶさせてもらっていいですか?」
「は? ……え?」
雨が降る前に、ということでだて眼鏡さんを回収し、家に帰った。
何を回収するか悩みに悩んだ末に新キャラ頼みです。そしてまた次に何を回収しよう。だて眼鏡さんお持ち帰りしている場合か……?