ハルマキを回収
休日、私は家で飼っている柴犬のハルマキを連れ、近所の公園まで歩いてきていた。散歩が大好きなハルマキは嬉しそうにピョンピョコ跳ねていて、激しく動く尻尾についつい笑ってしまう。
自動販売機でお茶を買って飲んでいると、何か気になるものを見つけたハルマキが勢いよく走り出して、慌ててリードを持つ手に力を入れて動きを制そうとしたがなかなか止まらない。
わん! とご機嫌にハルマキは一吠えすると、ベンチに座っていた誰かに飛び付いた。リード、もっと短くしておくべきだった。
すぐに謝ろうとして、見覚えのある金色に気がついて言葉が止まった。
「ああ? 何だこの犬……」
不機嫌そうな声に構わずハフハフとまとわりつくハルマキのメンタルはきっと私より強い。頭を抱えたくなったが、いつまでもハルマキをこのままにしておくわけにはいかないので、ゆっくりベンチに向けて歩み寄る。
「あのー、」
「は? 歩!?」
ハルマキのリードを辿って私に気がついた彼──俊ちゃんは、目を見開いた。
「それ、回収していいですか?」
「……」
ハルマキを指差すも、彼は何故か黙りこんでしまった。そして膝に強引に乗り上げたハルマキをそっと抱き込むと、「駄目だ」と呟いた。
回収拒否は初めての経験なのである。
呆然と立ち竦む私に、彼はベンチの隣に座るように言った。その腕の中にはハルマキがいるので、置いて帰るわけにもいかず慎重に腰掛ける。
「……こいつの名前は?」
「ハルマキです」
「美味そうな名前してんだな」
ぐりぐりと頭を撫でる手つきは、意外なほど優しく、月の光の下で血を浴びていた彼と同じ人には見えない。ハルマキも気持ち良さそうに目を細めていた。呑気なやつめ。
「歩は今から暇か?」
「え? いや、ハルマキの散歩が」
「俺がこいつを離さなきゃあんたも一緒にいるんだな」
「そう、ですね……?」
突然のハルマキ離さない宣言に疑問符が脳内を飛び交う。犬派の過激派なのだろうか。
彼はハルマキと私を引き留めた割には具体的な用事もないようで、私たちのいつもの散歩コースについてきた。私の代わりにリードを持って、足にまとわりつくハルマキに時折微かな笑みを浮かべながら。
しかし、ハルマキは随分と浮かれている。普段から人見知りはしないものの、初対面の相手に対してそんな愛を剥き出しにしなくてもいいではないか。
「……ハルマキの浮気者」
飼い主としてほんのりジェラシーを感じて呟くと、横を歩く彼は私から顔を背けて噴き出した。
「ふ、くく……っ! 浮気者って……!」
ついには声を出して笑い始めてしまったので、唇を突き出してわかりやすくむくれてみると、彼は目に見えて焦りだした。
「そんな怒んなよ。俺、動物に好かれやすいんだ。……人には好かれねえけど」
「そうなんですか」
「……」
「……、あ」
否定すべきパターンだったことを遅ればせながら理解した。だってそんな、このタイミングで自虐入るとは思わない。
彼はその場にしゃがみこんでハルマキを撫でている。なんだか現実から逃避するように、一心に撫でくりまわしている。見ていて居たたまれなくなりそうだ。
「……私は俊ちゃん、結構好きですよ」
「!」
ハルマキの短い毛はもっしゃもしゃになった。
そろそろ回収するものがなくなってきた気がする。