妹を回収
喧嘩っ早いくせに激弱な兄を路地裏で回収してから数日後、私は自分の通う高校の体育館裏にある木の陰に隠れていた。
視線の先には、一人の女の子を囲う派手な女生徒たち。
「あの子の彼氏に手ぇ出すなんて、最低」
「人の男にちょっかいかけてんじゃねえよ」
穏やかでない姦しい声に、眉を顰めてしまう。数人の派手な装いの女生徒に囲まれている彼女は今どんな顔をしているのだろう。
怯え……はしていないんだろうなあ。
「聞いてんの? 返事くらいしろよ!」
一人が彼女の肩を強く押し、勢いのまま彼女は地面に倒れこんだ。痛い、という声が聞こえたからどこか怪我でもしたのかもしれない。
「これに懲りたらもうあいつに近付かないでよね」
「次はこんなんじゃ済まさないから」
制裁、といっていいものか、詳しい事情によってはあまりに理不尽なそれらが終わりの気配を見せたので、私は陰から足を踏み出した。
「あのー、」
大きな声を出したつもりはないが、その場の全員が私に注目した。派手な女生徒たちはやや焦燥を含んだ表情を浮かべていた。この状況が虐め、と呼ばれるものに見えるのは自覚しているらしい。
「何? てか誰?」
「それ、回収していいですか?」
なんだかんだと言われたら答えてあげるが世の情け、らしいが、ここで素直に答えるべきではなさそうなので、そっと地面に座り込んだままの彼女を指差した。
「迎えに来てくれたんだね!」
彼女は表情を明るくさせると、にこにこと無垢そうな笑みを浮かべた。堪えきれない溜め息を漏らしながら、彼女に近寄る。
笑顔ではいるが、ここで自分で動かないということは本当に怪我はしているのだろう。彼女は足首に手を添えているので、押された拍子に捻るなどしたのかもしれない。
「ほら、帰りますよー」
「はーい!」
彼女の前で背を向けしゃがみこむと、心得ているというように素直に背負わされてくれた。数日前の兄よりしっかり意識がある分、やりやすさを感じた。
このやり取りの間に派手な女生徒たちはいなくなっていた。別に別れの挨拶をしろとまでは言わないけれど、そんな速やかな撤退をされるとなんだかじわじわくる。強気なようでいて弱気だなあ。
「……あの人たちの友達の彼氏にちょっかいかけたんですか?」
「うん。でもちょっと笑顔向けただけで近付いてきたのは向こうだよ?」
「……」
あの女生徒たちが彼女に怪我を負わせるまで傍観し、その怪我を責めることもしなかったのは、こういう事情だろうと思ったからだ。この子は少し奔放過ぎる。
お説教は後にして保健室で手当てしてもらおうと歩き出すと、一人の男子生徒が目の前に現れた。
金色の髪が太陽に照らされ、キラキラと燃えるように輝いている。
数日前の彼だった。
「……同じ学校だったのか」
呟くような声はやはり低く、私の背中にいる彼女が「なにこの人」と怯えたように囁いた。
「偶然ですねえ」
「……あんた、そいつの何?」
彼は数日前と同じように怪訝そうに尋ねた。
「おねえちゃんです」
私も前と同じように答え、その場を去った。今日は二次面接なら、次は最終面接だろうか。