謎の少女を回収
「あーゆみちゃん、あっそびーましょー」
小学生なのかな?
といっても、小学生のときでさえ、この声の主のようにインターホンも鳴らさずに大声で誘いをかけたこともないしかけられたこともない。
休日の午前九時、ここら周辺の家にも響き渡っていそうな大声を聞いて、啜っていた朝食の味噌汁が変なところに入りそうになった。
誰か、といえば、この声はきっと、最近買ったらしいおニューのだて眼鏡をご機嫌で見せびらかしてきたどこかの誰かさんだろう。
何故家を知っているか、といえば、件の眼鏡の誰かさんは負傷した際に捨て猫の如く我が家に拾われたことがあるから、別におかしいことではない。
何故来たのか、といえば、それはわからない。叫ばれていた言葉通りならば、遊びの誘いだろうか。
「……なんか瑛一の声がした。何してんだあいつ」
「あ、お兄ちゃん」
いつもならもう少し遅くまで寝ている兄が寝巻き姿でのそのそと出てきた。だらしなくシャツを捲りあげお腹を掻いている。
「おはようございます。お兄ちゃん、瑛一くんと約束とかしてます?」
「してねえ。つかあゆの名前呼んでたじゃねえか。早く出てやれよ」
大きな欠伸を隠しもせず、兄はキッチンで鍋の蓋を開けて覗き込んでいる。
まあ、確かに、そういえば私の名前が呼ばれていた。持っていた箸をテーブルに置いて玄関に急ぐ。
「あっ来た来た。歩ちゃんおはよう! いい朝だね!」
「……はよ」
ドアを開けると、指先までしっかり伸びた手をピシッと上げた瑛一くんに迎えられ、その横では俊ちゃんが眠たそうに立っていた。
「おはようございます。……お二人とも、朝からどうしたんですか?」
尋ねれば、瑛一くんが「遊ぼうぜ!」と無邪気に親指を立てた。
こういう時にこそ、文明の機器で先に連絡をしてほしいのだけど。
遊園地に行くそうだ。
苦し紛れに「気をつけて行って来てくださいね」と手を振って家に入ろうとしたら瑛一くんがするりと中まで入ってきて、無理やり準備をさせられそうになったので、観念した。
家を出る直前、外に俊ちゃんがいることを知った兄が味噌汁を噴き出していたのが印象的だった。兄は瑛一くんと俊ちゃんが仲がいいことを知らなかったらしい。彼らの友情に亀裂が入らないことを祈る。
朝が弱い妹は一応起きはしていたもののソファに寝そべって半目でむにゃむにゃしていたし、共働きで毎日忙しい両親は声をかけてもぐっすり熟睡していた。私もそんなのんびりした休日を過ごす予定、だったのだけど。
慌ただしいままに家を出てから駅に着くと、時計を見ながら瑛一くんがスマートフォンで電車を調べていたので、有り難くお任せして俊ちゃんと手持ち無沙汰に待つ。
「どうして、事前に連絡しておいてくれないんですか」
「……悪い。俺も今朝あいつがいきなり来たんだよ」
「元凶は瑛一くんですか……」
お詫びの品のつもりなのかわからないけれど、近くの自動販売機で買ったミルクティーをそっと俊ちゃんから差し出された。同じ被害者の彼に気を遣われていることが申し訳なく、平伏する思いで受け取った。
「あーっ、見つけた! 俊くんっ!」
弾んだよく通る声が投げられ、つい驚いて肩が跳ねる。改札近くで佇んでいた私たちに駆け寄ってきたその少女は、甘えるように俊ちゃんの腕をとった。
やや年下、くらいだろうか。すらりとした体が大人びて見えるが、対照的に幼い顔つきと仕草がアンバランスで、美人と可愛いの中間のような女の子だ。
咄嗟に一歩、後ろに下がって距離をとると、俊ちゃんから何か言いたげな目を向けられ、どうすればいいか困惑してしまう。
「げえっ! 花菜、なんでここに!」
少し離れた位置にいた瑛一くんが嫌そうに顔を歪め、しかし私の知らない彼女の名前を呼んだことから、彼らの知り合いであることを知る。
「ふん、えーちが昨日の夜こそこそ企んでたのなんてお見通しだから。遊園地、行くんでしょう? あたしも行くから」
俊ちゃんの腕を掴んだまま、彼女は強気な瞳で何故か私に挑むような視線を向けて、言い放った。
ということで、遊園地行きのメンバーに謎の少女が加わった、らしい。
瑛一くんをえーちと呼ぶ誰かを出したかった。
どうでもいいですけど遊園地に行くときは本気で楽しみたい派の自分だったら朝九時の段階で家にいるのはあり得ないですね……。めちゃくちゃどうでもいいですね……。




