第一印象を回収
「だて眼鏡をね、買いに行こうと思うんだ。前の壊れちゃったし」
昼に誘われる回数が増え、段々と俊ちゃんのクラスに行くのにも慣れてきた頃。デザートのゼリーを食べていると、瑛一くんが雑誌を眺めながら呟いた。ちらと視線を向ければ雑誌の中のモデルがお洒落なだて眼鏡を掛けており、それで思い付いたのだろうと納得する。
「だて眼鏡さんですもんね」
以前約束したので差し入れた私のお弁当を無言で食べる俊ちゃんは返事をする気がなさそうなので、スプーンを持ち直しながらこくこくと頷いた。
「うん。……うん? いや何それ。初めて呼ばれたけど、もしかして歩ちゃんの中での俺ってだて眼鏡の印象しかないの?」
「ボコボコにされていた人、という印象もありますよ」
「嬉しくないものが追加された……」
「第一印象って大事ですよね」
なんだそれ、と大袈裟に嘆いてから雑誌をパッタリ閉じた瑛一くんが、何か思い付いたような顔で「じゃあさ、」と俊ちゃんを指差した。指を突きつけられた俊ちゃんは見向きもしないでその人差し指を掴んで折りにかかる。
「ちょ、痛い痛い痛い折れる折れる」
「折れろ」
「過激! そうじゃなくて、歩ちゃんの中での俊ちゃんの第一印象ってどんなかなーって訊こうと思って!」
「俊ちゃんの第一印象ですか?」
考えながら繰り返すと、目の前では瑛一くんの指が無事解放されていた。答えを待っているらしい俊ちゃんからの視線を受けてパッと思い付いたままに口を開く。
「お兄ちゃんを殴っていた人です」
「……」
「元気出せよ俊ちゃん。しょーがねえって。後悔しても過去の行動は変わらないし、それに歩ちゃんと知り合えたのもそれがあってこそだろ」
「……」
「まあ俺は歩ちゃんのお兄さんと仲良いけどな。最近一緒にアイススケート行っちゃった」
え、初耳だ。瑛一くんはそんなにうちの兄と仲良くしていたのか。有り難いような申し訳ないような。
そういえば少し前にタンスから手袋を引っ張り出している姿を見た気がするから、あの日だろう。兄も教えてくれればいいのに。
そして俊ちゃんは何故か黙ってしまったままなのだけど、私の答えが不愉快だったのだろうか。でも本当に、一番最初に見たときがまさに兄が吹っ飛んでいる瞬間だったから。
あ、でも。
「あと、凄く髪が綺麗で、見惚れてしまいました。月の光に丁度照らされていて、綺麗な人だなあって思って、声をかけるのも緊張しましたね」
あの日見た光景を脳裏に浮かべながら、正面に座る俊ちゃんの金髪を見て頬笑む。今日も綺麗だ。プリンになるところを見たことがないから、こまめに染め直しているはずなのに、傷んでいるように見えない。
「そ、か。……うん」
無愛想な返事に、男の人は綺麗と言われても嬉しくないのだろうかとやや焦るが、仄かに笑いかけてくれて安心する。
第一印象は大事だけど、あくまで第一は第一だ。今の彼らの印象を告げても二人は笑ってくれるだろうか。
「にやにやしてんなよむっつりめ~」
「折れろ」
「いでえええッ!」
優しくて一緒にいると嬉しくて、楽しくて、もっと仲良くしたくなる。
兄には決して言えないが、彼が兄と喧嘩をしていてくれてよかった、なんて最近思う。あれがなくては、きっと私は同じ学校に通う彼らと知り合うことなど絶対になかっただろうから。
折られかけた指を押さえた瑛一くんが俊ちゃんに飛び掛かり、二人が取っ組み合いをするのをゼリーを食べ進めながら眺めていると、このクラスの人たちが止めに入っていた。
「マイペースにも程がある! 少しも動じないのかこの女の子!?」
「せめて目の前で始まった喧嘩くらいは仲裁してほしい!」
なんだか色々な人が大騒ぎしつつ、複数人がかりでようやく止まった二人が、憮然とした顔つきで騒ぎの間に倒れた椅子を戻して座り直した。すぐに止められた喧嘩だけどそれでも短い間に俊ちゃんはその強さを発揮したらしく、無傷の俊ちゃんに対して瑛一くんの左頬だけが腫れている。
殴っていた人、と殴られていた人、という第一印象はなかなか覆りそうにないようだ。
「ちなみに私の第一印象は」
「回収」
「回収」
「……」




