兄を回収
夜を煌々と照らす繁華街の明かりが届かない路地裏で、鈍く肉を打つ暴力的な音とそれに合わせた呻き声が響いていた。
やがて地面には幾人もの男が倒れ伏し、中心に立つは一人の青年。拳を赤く染め上げ、左手で男の胸ぐらを掴み上げていた。その男の意識はとうになくなっている。
風で雲が流れ、隠れていた月が光を落とした。
金色の髪がギラギラと輝き、その下にぞっとする程に魅力をたたえた美貌を認めてしまい、私はこっそりと息を呑む。
あんなに綺麗な人、初めて見た。
手足や顔についた誰のものかわからない血液さえも、彼を彩る一部となっている。
どさり、彼が掴んでいた男を地面に落とした音でハッとした。いけない、完全に見とれていた。
もうこれ以上男たちに手を出す気はないようだが、何故だか彼はそこから立ち去ろうとしない。私のいるところからは彼の表情までは見えないのだけれど、何を考えているのだろう。
腕時計に視線を向け、その示す時間にやや焦る。ああ、早く帰らないといけないのに。
私は意を決して隠れていた陰からゆっくりと歩み出た。
「あのー、」
「あ?」
ひどく低い声に膝がほんのり震えた。大丈夫、二年前の高校受験の面接の方が震えてた。いける、受験合格した私ならいける。
「それ、回収していいですか?」
「……?」
私が言う“それ”に見当がつかなかったらしい。彼は少し考える仕草をしてから軽く周囲を見渡した。
私はわかりやすく指を差した。彼の足元に落ちている、茶髪の男だ。
「それ、です。もう殴り終えたなら回収してもいいですよね」
「は? ……ああ」
戸惑いつつも頷いた彼にほっとして、小走りでその茶髪の男に近寄る。彼は自分の方に駆け寄る私に驚いたような顔をしてそっと後ずさった。そんな怖いものが来たような反応をされると傷ついてしまいそうになりつつ全力で追いかけ回したくなるからやめてほしい。
ずぼらな性格のせいで根本から地毛の黒髪が覗く、間抜けな頭。腫れ上がった左頬を避けて、右頬をぺちぺち叩くと、ぼんやりと目が開いた。
「あ、起きました? 迎えに来ましたよ。ほらちゃんと目を開けて」
「……う……、ってえ……」
「痛いのは見ればわかりますから、帰りましょう。帰ったら手当てしてあげますからね」
「ん」
もったりとした動きをする男の腕を引っ張り私の首に回させると、よいしょ、と背負った。振動で傷が痛んだらしく呻くような声が耳元で聞こえたけれど、そこまで気遣う義理はないのである。
「……重くないのか?」
かけられた声は金髪の彼のものだった。まさか向こうから話しかけられるとは思っていなかったため、びっくりして背中の男をずり落としかけた。慌てて背負い直す。
「力には自信あるんですよ」
「……そいつ、あんたの何?」
私の力持ちアピールには一切反応せず、彼は怪訝そうに尋ねた。
「おにいちゃんです」
淡々と質問されるあたり、やっぱり面接を思い出してしまいながら、私はそれだけ答えて彼に背を向け歩き出した。
早くしないと、好きなテレビ番組が始まってしまう。