その愛は血よりも重いか
書きたい回でした。
筆者のモチベーションを保ってくださる皆様に感謝を。
「お金にならない仕事でしたね」
男三人が帰った店でボディ子が溜息をつく。
「いや、あのブーツくんはまた来そうなんだよなぁ」
「そうでしょうか?先輩、中で脅されていたでしょう?」
アイシャについていたはずのボディ子が中の様子を知っているとは・・・
「ボディ子、サボりか?アイシャについとけって言っただろ」
「こっちの男二人はアイシャちゃんと話せないような童貞くんだったので、無害でした。店長、結構ビビリだから心配なんですよ」
「さいですか」
「後輩に代返させて渡してる料金くらいはお役に立ちたいですね」
いや、もう役に立ってます。いるだけで安心のボディ子さんですもん。
「そう焦るな。夕方になればちらほらーーーー」
そこまで言って俺は言葉をそれ以上出すのをやめた。
なぜなら、今まで誰もいなかった場所に、突如として白髪の男が現れたのだから。
「ーーーアイシャ」
褐色の肌の口元が少しだけ動いた。
その格好が異質。銀の肩当てと胸当ては砂を被ったようにどこか黄色く光る。
そして、
なぜこいつはアイシャの名前を知っている?
「ボディ子ーーー!」
俺の声より先に動いたボディ子がアイシャを抱きかかえ、男と距離を取る。
ボディ子の腕の中でアイシャが震えながらも口を開く。
「お、お父様ーーー」
「「おとうさま?」」
絶対誰か追って来るとは思ってた。だからアイシャだけしかこっちに来れないなんてそんな都合の良いお花畑な展開を少しでも期待していた俺をぶん殴りたい。
彼女は言った。結婚式前夜だと。
彼女は言った。逃げてきた、と。
「如何にも」
未だその紅い瞳はアイシャしか見据えていない。その瞳には黒く粘った憤怒が揺らめいている。こちらのことなど、まるで御構いなしという感じだ。
「カイル=グランドベル。そこにいるアイシャ=グランドベルの父親である」
こ、この人が、いや、この方が・・・
アイシャのお父様か。
名乗ったカイル様が、スッと瞳の怒気を収め、子を優しく宥めるような目になる。
「反抗期の言い分は後で聞こう」
反抗期?違う、アイシャはーーー
「ーーー帰るぞ、アイシャ」
勇者との結婚に絶望して逃げたんだ。
アイシャがボディ子の腕から下りる。
ボディ子が手を離したら、そのまま連れ去られそうな、遠くに行ってしまいそうな酷く既視感のある感覚になる。
でも、アイシャは俺に向かって言った。
「大丈夫です」
「お父様、わたしは帰りません」
「何だと?」
カイル様の目つきが変わる。
「わたしは、もう、幸せを見つけました」
言いながらも額から汗が流れ落ちるアイシャ。俺でも、やばい。この威圧だけで吐きそうになる。
その圧倒的なプレッシャーを浴びながら、アイシャは絞り出すように言った。
「わたし、は!お父様とお母様のように、夫婦仲睦まじく、暮らしたいだけっ!でもあそこにいたら、それ、は・・・叶わない、永遠に!」
彼女の精一杯の叫びだった。目に涙を浮かべ、必死になって訴えている。
「逃げた先で、わたしは、この人に出逢いました。平凡でもいい、ただ、ただ、愛した人と一緒に幸せになりたいと願っていた。それは、わたしの夢と似ていて叶わないものでした」
必死に隠していたはずの俺の未練を、アイシャは代わりに言ってくれているような気がした。
「それでも、同じ夢を見ることはできます。失敗した過去があるから、それを糧に前を向けるんです。わたしは、もう迷いません!」
「ーーーだから、わたしは、この人の夢を叶えます。傍にいます。この人の傍で、ここで、暮らします」
「その綺麗事の愛は血よりも重いのか?」
低く焼き切れた声は殺気を伴い弾ける。
ズン、と地鳴りがあたりに木霊し、いきなり地面に黒い穴が空く。ーーー落ちる!アイシャを、守らなきゃ!
「先輩、大丈夫。死んでも守るから!」
「おう、約束は守れ!」
「先輩はたまに守らない癖にー!」
俺たちは光の無い闇の中に落ちていった。
落ちる時に
「貴様か・・・」
と初めてカイル様がこっちを見た気がした。
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