騒がしい朝の日常風景~堅物風紀委員長と真冬は水と油の関係~
真守たちが住むマンションは両親がよく海外出張に行くため必然的に電車や新幹線などを使って空港に行きやすいように駅から近い場所にある。
そのため、真守たちも普通に歩いてマンションから駅に着くのに10分ほどしか掛からないため、さして疲れたりすることなく駅の前に到着したのだった。
「去年まではここでお兄ちゃんと分かれてけど、今日からは一緒に電車に乗って登校できるねっ♪」
そう、僕が今の高校に通い始めると地元の中学校の真冬とは必然的にこの駅で別れなければならず、毎度毎度真冬を宥めなければならずこの1年間は本当に手を焼かされたのだ。
そうは言っても今年からは違う意味で手を焼かされる羽目になる予感がしてならないのだが・・・。
そんな苦労を知らずに、真冬は去年までとは違って兄である真守と一緒に登校できることを嬉しがっているが、僕としては電車通学には色々と面倒なことがある事を教えておかないといけない。
「そんなに楽しいものじゃないぞ、特に朝の電車は人が多いから混雑したりして・・・・」
真守も中学の頃まで徒歩通学だったため高校に入りたての時は電車通学に少し憧れのようなものを感じていたのだが、朝の電車の混雑具合やそれに伴い周囲への配慮をしなければならない気遣いなどのよって、一週間もしないうちに電車通学の面倒臭さを痛感した経験があった。
だからこそ、これから通うために利用する電車の面倒さを教えたかった真守だったのだが、
「そんなのお兄ちゃんと一緒に乗れば私は楽しいから別に平気だもんっ♪」
と今日から同じ高校に通えることが嬉しいのか、朝から相変わらずのブラコン発言をした真冬は嬉しそうに真守の腕にぴったりと身体をくっつけたのだった。
真守としては外でのこういうスキンシップを控えて欲しいわけであって・・・
「こら、そういう周りの人が見たら驚くような密な接触を控えるようにって今朝言ったばかりだろ? 分かったら、離れるんだ真冬」
「もぉ~お兄ちゃんは恥ずかしがり屋だなぁ~♪ お兄ちゃんがそんなに恥ずかしいならしょうがないねっ♪」
真守の真意とは程遠い勘違いをした真冬は、これまた嬉しそうに真守から離れてブレザーの内ポケットからSuicaが入った猫がデザインされたピンク色のケースを取りだし、改札にかざして先に行ってしまった。
「はぁ~、真冬の中の僕はどれだけ妹の事を異性として認識してるんだか・・・・真冬のブラコンはちょっとやそっと矯正して治るようなものじゃないな・・・」
真守は今朝から注意したにも関わらず何の改善も見られないあさっての方向に勘違いする真冬のブラコン具合に溜息を漏らしながら、先に行ってしまった真冬を追いかけたのだった。
そして、真守たちは7時50分発の目的の駅に着く電車に乗り込み、8時5分前には二人とも駅を出て高校に向かっていたのだが、
「んふふ~♪」
駅を出た後、上機嫌な様子でお互いの腕が触れるほどぴたっと身体を密着させてきた真冬。
真守が通う学校は駅を出て少し歩いた先の大通りに出た後、少し傾斜のある坂道を上り、美しい桜が立ち並ぶ道を抜けた先にあるのだ。
そのため、大通りを出た先には必然的に真守が通っている学校の生徒たちの姿が多く見受けられた。
真守としては既にここはもう学校の近くに当たる場所なので、出来るだけ目立たないようにしたかったのだが、真冬の行動でその計画は破綻してしまったのだった。
というか、なぜ真冬がこんなにも嬉しそうにしているのかというと、どうやら電車の中で取った真守の行動に原因があった。
しかし、別段なにか特別なことをしたわけではなく、ただ単に電車の中が人で一杯になっていて真守たちは最後の方に入ったので扉付近にいるため吊り革が使えないところに電車が揺れて周りの人がぶつかってきそうになったところを真守が腕の中で真冬を抱える形を取り、他人との衝突を避けただけなのだが・・。
真守にとっては妹を慮った行為にしか過ぎないのだが、真冬にとっては朝から色々と直していくようにと言っていたにも関わらず、なんだかんだで自分のことを見て気遣って心配してくれた事が何よりも嬉しくて、その気持ちが溢れての現在の行動だった。
『あの子結構可愛いよな』
『そうだな、でも去年からいたら噂になってるだろうし、ってことは新入生かな』
『いいよなぁ~、あんな可愛い子に抱き着かれるなんて羨ましい、隣の奴はマジで妬ましいな』
『リア充爆発しろ』
『あぁ~、俺も彼女欲しいわっ! 誰か紹介してくれよ』
登校している多くの生徒に真冬と真守の二人がぴったりとくっついて仲好さそうに歩く姿をばっちりと目撃されており、特に真冬はその可愛らしい容姿から登校する男子たちの注目をより浴びていた。
その一方で、真守の方はその男子生徒たちからの突き刺さるような怨嗟の視線に、心の中でため息を漏らす一方で、ある事が頭をよぎる。
(はぁ~、やっぱり結構な数の生徒に見られてるか・・・・・もうすぐ行ったら学校手前の桜並木のところで風紀委員たちが去年みたいに登校中の生徒に目を光らせてるだろうし・・このままってわけにはいかないよな)
そう、去年も真守は登校初日から校門前や手前の桜並木の道で風紀委員が目を光らせて、逸脱した服装やイヤホンをしながら登校する新入生を注意したりする光景を見ていたため、このまま真冬が抱き着いている状態のままで風紀委員たちに見つかるわけにはいかないのだ。
だからこそ、真守はこの先の坂道を上った先の桜並木の所にたどり着く前に、真冬をどうにかして自分の身体から離さなければならなかった。
「真冬、お前の気持ちは十分伝わったから、もう少し離れてくれないか?」
「いやっ、私はお兄ちゃんと少しでも近くにいてたいのっ!」
「そうはいってもな、この状態のままじゃ少し面倒なことになるかもしれないし」
「私はお兄ちゃんと一緒ならどんな面倒事に巻き込まれても全然平気だよっ!」
「真冬が良くても僕が嫌なんだよ、それに今も変に注目されてるし」
「お兄ちゃんは少し自意識過剰だよぉ♪ 私はそんなに気にすることないと思うけど」
「僕としては周りに変な誤解をされるのが嫌なんだよ」
「私はお兄ちゃんとなら変な誤解をされても全然平気っていうか、むしろ歓迎するというか・・」
「そんなもじもじしながら言われても、僕は全くその気はないって前から散々言ってるだろ真冬。 それにだな、そういうことを外で・・・・・・・」
「待てっ!、そこの2人っ!」
真冬に言おうとする言葉を遮られる形で、風紀委員の腕章をつけ扇子を片手に持った黒髪の女子生徒に呼び止められた真守。
真冬との押し問答の会話に気をとられていた真守は、すっかり桜並木に続く坂道を上りきっていることに気づかず、とうとう真守が厄介に思っていた風紀委員に真冬との密着状態を目撃されてしまったのだ。
そして、さらに厄介な事に風紀委員の中でも一番面倒な人物に声をかけられてしまっていた。
(よりにもよって、風紀委員の中でも一番面倒な事で有名なこの人に見られるなんて・・・・やっぱり今日はとことん厄日だな・・・・)
腕を組んだ片手で閉じた状態の扇子を突きつけ怒った表情をしている彼女の名は東堂桐華。
彼女は真守と同じ2年生ながら、その生真面目な性格から風紀委員長として風紀委員をまとめている人物でもある。
背は真守と同じくらいで、長く美しい黒髪を風になびかせ、すらっと細長い足をスカートから覗かせ、美しく何より全体的に凛とした印象が目立つ。
さらに、彼女も意識せずにしていることなのだが、腕組みをしていることで元々大きい胸の膨らみがさらに強調されてしまい、服の上からでもはっきりとその大きさが見て取れるほどだった。
それには理由があり、大きい胸のせいで肩こりが酷いのでその負担を軽減するために無意識に体が楽な体勢を取るためにやっていることであり、本人には自覚症状がないのだ。
だからこそ、無意識に腕組みをすることで周りの、特に男性の視線が自分に向くことが不思議で仕方なく、本人にとってもあまり気分の悪い出来事の一つでもあった。
まぁ、簡単に言ってしまえば東堂桐華の第一印象は凛とした大和撫子といったところだろう。
あくまで外見だけの話で言えばだが・・・。
「登校中の、あまつさえ往来の場で男女がそのように身体を密着させながら歩くなんてっ、いささか常識に欠ける行動だと思うのだけれどっ?」
真守たちの前まで近づいてきた桐華が、目を細め少し睨むように2人に苦言を呈する。
真冬の方は兄とのスキンシップを邪魔され不満そうに桐華を見ていたが、真守がそれを制すように首を横に振って目でたしなめた後、ここは素直に非を認めてこれ以上事態を悪化させないように謝っておくことにした。
「すみません、妹が少しじゃれついてきて、これからはこういうことがないように言い聞かせておくので」
真守は努めて申し訳なさそうに謝罪の弁を述べた後に、後ろで少し不満そうな顔をしている真冬を連れてその場を離れ学校の校門に向かおうと考えていたのだが、その考えは目の前の風紀委員長のせいで実現不可能になってしまった。
「・・・・まぁ、いいでしょう、あなたも一応自覚はあるみたいだから。 でも・・・・・」
そう言って、桐華は真守の後ろにいた真冬に近づいていった。
「このスカートの丈は短すぎるわね。 この長さじゃ風なんかで中が見えてしまうかもしれないし、なによりそんな格好でいれば学校外の人たちに私たちの学校の品位が疑われかねないわ。 ここで直していきなさい」
真冬のスカート丈の短さを確認した桐華は真冬に丈を直すように指示した。
真守も朝にスカート丈について言及したので桐華の言い分にも一理あると思ったし、なにより面倒事は避けようと朝から散々真冬には言い聞かせていたので、ここは素直に彼女の言うことを聞いてくれるだろうと期待した真守だったのだが・・・
「あなたの言い分には納得できないので、直す必要もないと思います」
あろうことか、真冬は毅然とした態度で桐華の意見に真っ向から立ち向かっていったのだ。
(はぁ~、やっぱりこうなるよね。 さっきから真冬めちゃくちゃ不満そうな顔してたし、なにより僕が謝ったことで余計に火がついた感じだろうなぁ、この真冬の静かな口調の怒り方は)
心のほんの片隅程度で朝からの一連の自分の訴えが真冬に少しでも響いていてブラコン具合が緩和されていることを期待していたのだが、実際は真守も9割以上の確率でこうなることが分かっていたのだ。
そして、いつもの可愛らしい声ではなく冷めたトーンの声で怖いくらいに冷静で静かな喋り方は、真守の経験上、今の真冬の心の中では大火事みたいに怒りが膨れ上がっている状態の表れでもあった。
だが一方で、自分たちが通う学校の風紀を守る立場にある桐華にとっても、真冬の発言は聞き捨てならないものだった。
「さっき私が言ったことの何があなたにとって納得できないのか説明してもらえるかしら?」
桐華も桐華で相手を注意する立場である風紀委員、しかもその代表の立場にあるものだけあって、自分の感情のままに相手に自分の考えを押し付けようとはせず、まずは相手の考え・主張を努めて冷静な態度で求めてきた。
真守はさすが風紀委員長だけあって冷静だなぁ~、とは全く思わず寧ろ女性同士の心の中に怒りを抑えこんでの見えない喧嘩ほど怖いものはないな、と身が竦思いをしながら2人のやりとりを見ていた。
というのも、普段から真冬の度重なる様々な感情の変化を見てきた真守には、平気な顔で冷静に下級生の意見を聞く上級生の先輩のような顔をした桐華だが実は内面ではかなりのレベルでイライラしていることが分かってしまっていたからだ。
だが、そんな状態の桐華に真冬も努めて冷静に自分の考えを述べ始める。
「一番の理由は学校の校則にスカートの丈の長さについての明確な基準は載っていませんし、校則違反をしてるわけじゃないのに直す必要なんてないと思うんですけど」
確かに真冬の言うとおり、この学校には服装についての、ましてやスカート丈についての校則はないし、なにより真守の方も真冬が入学してくると分かった時点で既に確かめていた。
それは真冬が中学の時の服装から高校に入ってからも変えることはないと思っていたからだ。
(今朝はスカートの長さは僕の為でもあり自分の趣味でもあるみたいなことを言ってたけど、こういう時には相手の立場からでは強く言えなくなるよな絶妙な理由付けで反論するもんだから、相手はいっつも言い返せなくなるんだよな)
普段の真冬は兄大好きの重度のブラコンが目立ってしまいがちだが、元々の真冬は頭の回転が早く、変な所で鋭い直感を持っているため、相手がこれを言われると困ってしまう事柄が見抜けてしまうのだ。
だからこそ普段から真守もブラコンなどについて直すように説得しようとするのだが、いつも真守の痛いところを突かれてれるか、上手く誤魔化されてしまうため、真守にしても真冬のそういう変に頭が回るところは常々苦労させられていたのだ。
だからこそ、真守はその相手に選ばれた風紀委員長の桐華には同情の念が耐えない心境で見ていたが、相手もこのまま引き下がる気はさらさらなかった。
「確かに校則にはスカートの丈に関しての明確な基準はされていないけど、校則の中には学外の人に見れらても恥ずかしくない服装を心掛けることというものがあるわ。 私は十分この校則に違反してると思うのだけど?」
真冬のような反論してくる生徒をあらかじめ想定していたのか、特に焦ることなく冷静に対応して答えた桐華。
「それはあくまで先輩の主観ですよね? 私はこの恰好が恥ずかしいとは思いませんし、先輩がが言うほど他の周りの人もそこまで気にしている様子は今朝の登校でもありませんでした。 ・・・・・・・それに先輩はひとつ重大な勘違いをされています」
真冬の方もあくまで相手の一方的な意見にすぎないと反論して見せた。
しかし、最後の方の言葉を聞いた真守の胸の中には言い知れない嫌な予感で一杯になってしまっていた。
真守はここから先の言葉を真冬に喋らせると色々と面倒な事態になると思い、強引にでもこの場では謝らせておき家に帰った時にでも目一杯甘えさせてやろうと考えつき、止めようとしたのだが・・・・
「そもそも、このスカート丈はお兄ちゃんに喜んでもらうためにしてるんですっ!♥」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
時すでに遅く、赤くなった頬に手を添え、嬉しそうに自分たちの関係性を知らない相手に爆弾発言をする真冬。
そのせいで、警戒心を露わにした桐華からはジトーーーーーーーっとケダモノをみるかのような目線を向けてられてしまい、標的が完全に真冬から真守の方に変わってしまっていた。
「真冬のせいで東堂さんに誤解されたじゃないかっ、僕は一度もその恰好を勧めたことなんてなかっただろっ?」
「中学の制服を初めて着た時に似合ってるし可愛いよって言ってくれたでしょ、お兄ちゃん?」
「た・・・・確かに似合ってたし可愛いとも思ったけど、あれはそういう意味じゃ・・・」
真守も確かにあの時に真冬にそう言ったことは覚えていた。
しかしながら、似合っていたとは言ったものの他人から見てどう思われるかではなく、あくまで個人の感想で言っただけであり決してその恰好をするようにと勧めたわけではなく、さらに真冬の性格上可愛いと感想を言わなければ機嫌が悪くなってしまうため言わざるを得なかった事情が真守にはあったのだ。
まぁ、確かに我が妹ながらなかなか可愛いと心の片隅でちょっとだけ思ったけど・・・・。
色々と思う所があった真守だったが、真冬よりもまず先に先程から真守のことを女の敵を見るかのような目で警戒し続けている風紀委員長の誤解を解くことの方が真守にとっては最優先事項であった。
「ち、違うんですよ東堂さん! 僕がこの恰好をするように言ったりなんてしてませんっ、むしろ止めるように今朝も言って・・・・」
誤解を解こうと必死に訴える真守だったが―――――
「犯人は皆一様にあなたのように必死に言い訳をするんです・・・・なるほど、先程からのその子の物言いはあなたが原因だったようね」
真冬の事を鬼畜な兄に逆らえない妹と思い込み、立場の弱いものを守らねばと正義感に火がついてしまいいつもの冷静さを欠いたのか、これまた愉快な勘違いをする桐華。
完全に被害者である真守が妹に服装を強要した犯人、犯人である真冬が被害者であると思われてしまい、桐華は成る程と頷きながら納得した様子を見せ、先程真冬に向けていたよりもさらに厳しい視線を浴びせてきたのだ。
これ以上ややこしい状況になるのを避けるため、すぐにさっきの発言を訂正させるために後ろのいる真冬の方へ振り返ると、
「えへへ~~♪ お兄ちゃんが私の事を可愛いって褒めてくれたぁ~♪」
両手で頬をむにむにさせながら、満面の笑みを浮かべ喜びで顔を綻ばせる真冬の姿があった。
これはマズイっ、このヘブン状態になると話が通じない上に、僕が話しかけると体を密着させてすりすりしてくるから外では迂闊に話せないし、ましてや委員長の前で真冬がそんなことをしたら余計に状況が悪化する一方だし一体どうすれば・・・・・
「さっきから黙っているということは、妹さんへの服装の強要を認めたということでいい・・・・・」
言葉を言い切る前に桐華の視界にあるものが入ってきた。
桐華の言動に変化に気付かず、どう弁解しようと自分の首を絞めるだけのこの状況をなんとか切り抜けようと考えを巡らしていた真守だったが、そこに一台の黒塗りのリムジンが真守たちがいる桜並木の道を通りすぎていく。
その車を見て慌てて自分の腕時計を確認する桐華。
「もうこんな時間にっ!? あなたたちに時間を取りすぎたばっかりに気付かなかったなんてっ急いで行かなくちゃっ!」
そう言って、桐華は身体をクルッと180度回転させて真守たちのことなど忘れたかのように桜並木の向こうにある学校の校門の方へ小走りでリムジンを追いかけていったのだ。
先程まで怒っていた桐華がいきなり話を切り上げたことに驚き不思議に思っていた真守だったが、さっき通りすぎたリムジンの中に乗っているであろう人物の事を思い出す。
(・・・そっか、さっきのリムジンにはあの人が乗ってるから東堂さんはこんなにも慌てた様子に。 この話は結構有名だもんな、妹の事を気にかけすぎてすっかり頭の中から抜け落ちてしまってたな・・・)
桐華の行動に合点がいったと同時に、これで朝の面倒事からも一時的にとはいえ解放され、先程の弁解を考える時間さえなかった状況と比べれば時間を少しでも置ける状況に一安心する真守。
そんな真守の甘い考えを見透かしたかのように、桐華は少しだけ離れた距離のところでパッと真守の方へ振り向き、真守に向かって扇子を突きつけながら絶望的ともいえる言葉を言い放つ。
「言い忘れてたけど、さっきの件のことはお昼休みに風紀委員会の教室でじっくり聴取してそれからあなたの処遇を決めることになると思うから覚悟しておくことね、柊真守くん」
少し離れた距離にいる真守にもはっきりと聞こえる声で言った後、急いで校門に向かって走っていたのだった。
(これはもう・・・完全に詰みの状態だな・・・・・はぁっ、風紀委員長に目を付けられるなんてこれでもう平穏な学校生活なんて夢のまた夢に・・・・)
桐華から死刑宣告を言い渡されたも同然の言葉に、お昼休みに待ち受けている拷問に等しい時間に絶望の表情を浮かべる真守。
それゆえに、真守は自分の名前を言っていないにも関わらず桐華がフルネームで真守の事を呼んだことにすら気づくことが出来なかった。
「あれっ? さっき私の服装に変な文句を言ってきた女の人は? いなくなったってことは私の言い分を分かってくれたんだね。 よかったぁ、お兄ちゃんにまで絡んで来たらどうしようかって思ってたから一安心だよ」
ヘブン状態から離脱した真冬は自分のせいで真守の立場が落ちるところまで落ちたとも気付かず、嬉しそうに自分の主張が通ったものだと思い喜んでいた。
あの状態の真冬は頭の中が嬉しさと幸せで一杯になり他のことなど頭に入って来なくなってしまう。
そのため、ヘブン状態の間に起こったことなど知るはずもなく、面倒な風紀委員が消えて自分たちを邪魔する者がいなくなったことを純粋に喜んでいた。
その真冬の姿を見た真守だったが、今更真冬を怒ったところで事態が良くなることは絶対にないことは明らかだ。
体力、気力ともに朝からゴリゴリに削られたこともあり、体力回復の意味もありこの件に関して何も言わないことにした。
それに真冬に悪気がないことは分かっていたので、余計に怒る気になれなかったこともある。
真冬は他人から見れば何を言ってるんだと思われるだろうが、まぁ僕もそうは思うけど、根っこのところは純粋に僕の事を好いてくれているだけのものなのだが、それが時に思わぬ方向に突き抜けてしまうだけで、まぁ本人にしてみれば僕の事をどれだけ思っているかということをアピールしたい想いもあるんだろうけど・・・
真冬のこの病気とも言えるブラコンは今に始まったことではないので、どうしようもないことはどうしようもないと割り切った真守は、嬉しそうにしている真冬の頭を『そうだな』と言って軽く撫で、並んで二人一緒に校門に向かった。
道路の両側にほぼ開花した桜の気が立ち並ぶ道路の歩行者通路を3分ほど歩いていると、二人の目の前に学校の校門が見え始めていた。
校門前には人だかりのように多くの生徒でごった返しになっていたのだ。
そして、その人ごみの周辺には先程真守が見た大きな黒いリムジンが止まっていた。
それに気づいた真冬が不思議そうな顔で真守のブレザーの裾を引っ張りながら聞いてくる。
「ねぇ、あの車ってアニメでよく見るお嬢様みたいな人が乗るやつだよね? もしかしてこの学校にそういう、いわゆるお嬢様的な人がいるの、お兄ちゃん?」
「まぁ、真冬は去年はいなかったから知らなくて当たり前だな。 実はなこの学校にはお前も名前くらいは聞いたことがある有名財閥のご令嬢が・・・・・・」
真守が言葉を言いかけた途中のタイミングで、リムジンの周りに群がっていた生徒たちがいきなり騒がしくなり始める。
真守たちも気になりリムジンが止まっている校門近くに視線を向けると、一人の男子生徒がリムジンから出てきた。
その男子生徒は肩口近くまで伸びた美しい銀髪に、北欧にいる人のような染み一つない白い肌、顔のパーツ一つ一つが整ってくっきりとした顔立ちと男子にしてはあまりに美しい容姿から、初めて見た人はその中性的な雰囲気に戸惑ってしまう事だろう。
現にその男子生徒を見た真冬もその美しい容姿に驚きを隠せないでいた。
真守も去年初めて見たとき、160センチと男子にしては小柄な体格とあまりに綺麗な顔立ちから女性だと勘違いしてしまったほどだ。
名前は龍堂寺奏多、真守と同じ2年生である。
先にリムジンから降りた奏多はそのまま学校の中に入ろうとはせず、自分が出てきた車のドアの前で動かずに待機していると、数秒遅れて一人の女生徒が姿を現した。
長く美しい金髪に宝石のような緑色の瞳、長い睫毛に目鼻立ちがしっかりとしているが、やわらかな目元が派手な見た目を中和し、ゆったりとした落ち着いた印象を与えている。
服の上からでもその膨らみが分かるほど大きな胸が強調されているにも関わらず腰回りなどは驚くほどモデルのように細く、170センチと女性のしては少し高い身長も相まって、全体的に気品に溢れた雰囲気が醸し出されていた。
彼女がリムジンから降りると周囲にいた生徒たち、特に去年までいなかった新入生たちがどっと騒ぎ始める。
「あんなモデルみたいに綺麗な人がここの生徒だったなんて、俺この学校に入ってマジでラッキーかも!」
「マジでレベル高すぎだろ! それにあんな胸が大きいのにめっちゃ細いウエストだし、あんなの反則すぎだろ」
「同じ女性なのに綺麗すぎて私まで見とれちゃうわ」
「っていうか、隣にいる少年?まぁ服装からして男子よね、あの人も凄いイケメンだし、肌なんて白くてスベスベで女子からしたら羨ましいかぎりだわぁっ」
っと、男女問わず一般の生徒たちと一線を画す2人に注目が集まり色々な会話があちらこちらから聞こえてくる。
周囲の騒がしさと同じく僕たちも、というか主に真冬が僕に二人について質問攻めしてきたのだ。
「ねぇ! ねぇ! あの銀髪の男の子?・・・だよね服装からして。 で、あの人って外国人なの?」
「いや、違うみたいだ。 どうやら祖父母の片方が外国人のクォーターらしいって友達が言ってた気がする」
「ふ~ん。 じゃあ、あの金髪の女の人ってどういう人なの? あんな高級外車に乗って登校してくるぐらいだし、どっかのお金持ちのお嬢様っていうのは大体想像がつくけど・・・」
「ああ、お嬢様っていうのは否定しないが、お金持ちでもないんだなこれが・・・」
「うんっ?・・・どういうこと? お嬢様だったら普通お金持ちでしょ?」
確かに真冬の言うとおり、真守の言っていることは矛盾しているように思うのも当然だが、これには彼女の特殊性に問題があるのだ。
「彼女はただのお金持ちじゃなくて、さらに上の超大金持ちのお嬢様なんだ。 真冬も皇財閥って名前くらいは聞いたことあるだろ?」
「日本でその財閥の名前を知らない人なんていないくらいでしょ・・・ってもしかして!?」
「うん、そのまさかなんだよ。 彼女の名前は皇エリカ、皇財閥のご令嬢なんだ」
そう言うと、さすがの真冬も面食らった顔をして驚いた様子を見せる。
それもそのはず、皇財閥といえば京都を拠点に日本の中でも五指に入るほどの財力を誇り、経済界・飲食業界・放送業界・スポーツ界などそれ以外の多種多様な分野においても巨額の出資を行っており、有名企業のほとんどは皇財閥がバックに存在しているとまで言われるほどだ。
実際、真守たちがよく行くファミレスやデパート・家電量販店も皇財閥系列ということもあり、余計にその大財閥のご令嬢が目の前にいることに真冬も驚きを隠せないでいた。
(そういえば、去年入学したばっかりの時に皇財閥のご令嬢がいると知った時は今の真冬と同じくらい衝撃を受けたなぁっ、今でもちょっと信じられないけど)
真冬の反応を見て去年の事を少し思い出す真守。
そうこうしていると、エリカが車から降り終えたことでリムジンが校門から去っていった。
エリカが学校に向かって歩き出すと、待機していた奏多も一歩下がってエリカの後を付いていく。
エリカが学校に歩き出すと同時に、校門前に集まっていた生徒たちに呼びかけエリカが歩く道を作っている人たちが真冬の目に映っていた。
「ねぇお兄ちゃん、あの人たちって何してるの? それに先頭にいる人って・・さっき私に服装のことで注意してきた人だよね?」
「うん・・・まぁ・・・そうだね」
曖昧な返事をする真守。
これこそ桐華が真守への追及を中断してまで校門に急いで向かった最大の原因だったからだ。
「東堂さんは簡単にいえば皇さんの熱心な信者みたいなもので、ファンクラブというよりも親衛隊みたいな感じかな。 それで東堂さんがその親衛隊のリーダー的存在でもあるからああやって先頭に立って皇さんの邪魔にならないように校門の前に集まっている生徒たちに道を開けるなり速やかに教室に行くなりするように声を掛けてるんだ」
入学当初、皇エリカは皇財閥ご令嬢の超お嬢様ということもあり周りの生徒たちは皆、関心があったものの一般庶民からすれば別世界の住人である彼女の関わろうとする者は現れなかった。
だが、エリカは持ち前の明るい性格やモデル並みの容姿・お嬢様でありながらもその事を全く鼻にかけないどころか周りの人に対しての気遣いや相手のことを慮る人柄の良さなどから、入学して1か月も経たないうちにすっかりこの学校の生徒たちとも打ち解けて行ったのだ。
そして、そんなエリカの事を自分たちが触れてはいけないが傍にいて見ていたいと考えた人たちが集まって結成されたのが今の親衛隊もどきの組織である。
「ふ~ん、そうなんだ。 まぁ、でもあんなモデルみたいに綺麗な人ならファンクラブみたいなものがあっても不思議じゃないよね」
珍しく僕の前にもかかわらず他の女性を褒める真冬。
それだけエリカの美貌には目を瞠るものがあったということだろう。
「でも・・あの銀髪の人、なんか変な感じがするっていうか違和感? みたいなものがあるんだよね」
遠くにいる奏多を見ながら不思議そうな顔をする真冬。
真冬は昔から鋭い直感力を持ち、驚くほど的中率が高いため真守自身も真冬のこの直感を笑って一蹴できないのだ。
だが、現時点では彼に対する情報が全くないに等しい状態なので、どうこう言うこともできないため心に留めておく程度でいいだろうと判断し、真冬にもそれとなく伝えるとともに真守には他に心配なことがあった。
それは・・・・・・
「まぁ、今の時点で気にしても僕たちに何のメリットもないだろ? 今はそんなことより入学式での新入生答辞の挨拶がちゃんと出来るのかが僕としては一番の懸念事項なんだけど」
そう、真冬は今年の入学式で入試において最高得点者が務める新入生答辞を壇上に登り全校生徒の前で挨拶をしなければいけないのだ。
真守としては義理とはいえ自分の妹が成績トップを取り入学式で答辞を読むという大役を努めることを大手を振って喜ぶのが兄としてすべき行動なのだが、こと真冬に関してそう呑気なことは言っていられない。
朝から色々あったが、真守にとってはこれが今日一番の心配事だった。
これまで朝の出来事は言っても一部の生徒にしか目につかないことだったが、入学式となると話が違ってくる。
全校生徒が集まるあの場所で、真冬が何かやらかしてしまうと真守の方は完璧に言い訳ができない状態に陥ってしまうからだ。
だからこそ真守は昨日の夜に、答辞を読む際に緊張しないようにということを目的とした予行演習を真冬にさせて、どんな事を言うのかということもチェックしていた。
その時には何の問題もなく、いかにも優等生が言いそうな学校の先生や先輩方にも配慮が行き届いた完璧な文章であったが、真冬のことなので当日に何をしでかすか分かったものではないので、真守はそこまで事前準備をしていても不安の種は尽きないのだった。
「本当の本当に大丈夫か? 昨日の夜に予行演習をした通りにするんだぞ? 変な行動だけはするんじゃないぞ?」
「もぉ~、お兄ちゃんは本当に心配性だなぁ~♪。 そんなに私の事が信用できないの? 大丈夫だって、全校生徒の前で少し堅苦しい挨拶をするだけなんだから♪」
どうやら自分が緊張して上手く答辞を読むことができるかどうかを真守が心配していると受け取った真冬。
普通なら壇上に上がり全校生徒の前に立って喋るなんて緊張してしかるべきなのだが、真冬にとっては真守にしか興味がなく周りはじゃがいも程度にしか見えてないため緊張という概念自体どうやら残っていないようだ。
そのため、真冬にとって真守の心配事など杞憂に過ぎないことを明るい軽口で言って見せたのだが、的外れな勘違いをされた真守の方はそんな風に楽観視できるはずなどなかった。
「そう言って中学の時も華麗に予想の斜め上の行動を取って僕が必死にフォローしなきゃいけないことが沢山あったし(まぁ真冬本人にその自覚はないだろうけど・・・) それにここは中学の時と違って小学校の時から僕たちの事を知ってる人間もいないから面倒事が起こっても中学の時みたいに丸く収まったりはしないからこの高校での行動は特に慎重にだな・・・・・」
真守が全校生徒が集まる入学式で真冬に取り返しのつかない最後の一線を越えさせないため必死に説明をしていたのだが、真冬が何かに気づき真守の言葉を遮ってしまう。
「ねぇ、お兄ちゃん さっきの皇エリカさん?だっけ? 今私たちの方を見てた気がするんだけど? 気のせいかな?」
妙な視線を感じた真冬は少し首を傾げる仕草をする。
話をうまく逸らそうと真冬がしたのではないかと思っていた真守だったが、少し気になり前方を歩くエリカの方に目をやると―――――
チラっ・・・・・・チラっ・・・・チラっ
(確かに・・・こっちを見てるよな?・・・・うん、絶対僕たちの方を見てる)
エリカがこっちを確実に見ていると認識した真守。
だが、真守にはこちらをチラっチラっと見られる理由などあるはずもなかった。
それゆえ、なぜエリカが自分たちを見ているのか分からず真守は頭を必死にフル回転させ、その理由を探ろうとする。
(皇さんとの接点なんて学校では当たり前のことながら皆無だし、他の所で言えば・・・・・・・・・っっ!? いやいやいや、まさかな・・・・・・あるといっても、もう3か月以上も経ってるし・・・・・それにあれから何のアクションもなかったからお互いに忘れようっていうことじゃなかったのか? それにしても何で今日に限って、これまでに皇さんから視線を感じる事なんてなかったのに・・・・まったく見当が付かない)
どれだけ考えてもエリカの行動理由が分からず、かえって思考の泥沼にはまってしまう。
まぁ確かに冬休み中のある場所でエリカに関する予想外の事件が起こったといえば起こったのだが、本当にそれが原因なら冬休みが終わった3学期の時にでも何らかのアクションがあってしかるべきなのだが、実際はエリカから何の接触もなかったため、真守はこの件に関してはお互いに何も起こらなかったことにしようという意図があっての不干渉だと思っていたのだが・・・・・・
そんな真守の考えとは真逆の行動を取る理由が根底から覆されてしまったゆえに余計にエリカの意図が読めないでいた。
そうこうしているうちにエリカたちは校舎の玄関口前に貼り出されているクラス振り分けの紙を見て自分のクラスを確認してから校舎の中へ入っていってしまっていた。
彼女の事を殆ど知らない自分がここでいくら考えても仕方ないと思ったのと同時に、時間的にそろそろ教室に移動しないと在校生の真守は時間的に少し余裕があるものの新入生の真冬には入学式の答辞に関して先生たちとの最終確認や自分のクラス教室の位置や学校の雰囲気慣れなどしなければいけないことは沢山あった。
「皇さんの件はいったん保留だ、僕の方も今のところ心当たりらしいことも特に思い付かないからね。 それに急がないと真冬の方も色々と準備があるんだろ?」
「うん、って言っても他の生徒に比べて少しやることがあるくらいだけど・・・そろそろ教室に向かった方が余裕も出来て後で慌てなくて済むだろうし、じゃあ行こっか、お兄ちゃん♪」
自分のことを案じてくれたことが嬉しくて、笑顔になる真冬。
真守はエリカとの間にあったことを敢えて真冬に伝えなかった。
ここで話せば明らかに真冬が食いつき長引くことになるのが目に見えていたことと本当に原因が分からないためこれ以上の混乱を起こさないためと思ってのことだ。
朝から立て続けに起こってしまい色々と言いそびれてしまったことや懸念事項があったものの、これ以上はなるようにしかならないと中学の頃に学んだ教訓『割り切る勇気』をここぞとばかりに発揮し、諦めにも似た溜息を真冬には分からないように心の中でそっと漏らしながら、玄関口に貼り出されている自分のクラスをお互いに確認してから校舎の中へ入っていった。