沈まぬ日未だ嘗て無し
「ーーーなぜ奴らは降伏しない?これじゃあまるで、死体を蹴ってるようなもんだ」
8月のよく晴れた空、一機の四発爆撃機がふらふらと敵地の都市を無防備に飛んでいた。
「わからんさ。本人達だって、わかってはないだろうさ」
機長と飛行士が言い合う。
「まったく、気分の悪いもんですね。この国の指導者はどんな顔で指導すれば戦争を継続できるんでしょう?」
「さあね。案外、今頃は優雅に飯でも食ってるかもしれんぞ。国民は飢餓状態と聞くがーー葉巻さえ蒸しているかもな」
ーーー同じ頃、その国の首都の作戦指令本部では、陸軍と海軍の面々が内閣の閣僚と共に食事をしていた。甚太郎首相は開口一番、
「これ以上の戦争継続は不可能です」と発した。にわかに室内の空気が密度を増す。白須宮陸軍参謀長が葉巻を灰皿に置くと、切れ長の目で首相を睨んだ。
「ありえん話です。ここまでくれば一億玉砕の他にして道はありません。それは重々御承知になられていると思っておりましたがな」
重く威厳のある堂々とした声に時間が止まる。いったい何秒経ったのか誰もわからない頃、菊池海軍参謀が恐る恐るといった様子で口を開く。
「しかしながら、軍需物資の徴発と敵軍の度重なる都市爆撃によって我が国民の生活は貧窮を極めております。首都でさえ道端で餓死する者がいる始末………これは潮時、ということにはなりませんかな」
白須宮が鼻で笑う。
「菊池殿はどの顔を引き下げてそのように仰られるか。多大な鋼鉄を南方の海にみすみす沈めたのは海軍だと思ったがね?」
張り詰めた空気はいよいよ限界に近付き、もはや白須宮を除いた誰一人として、一秒たりとも部屋に長居したくはなかった。甚太郎首相が冷えたスープを一飲みすると、固い口調で申し出た。
「まあまあ、白須宮殿。海軍は一年もよくやってくれたではありませんか。何も進展がないですし、どうです、ここいらで解散というのは」
白須宮が不機嫌そうな顔をして吐き捨てる。
「ふん、何でもいいがな。一億玉砕をして他に道はない。これが我々陸軍の総意であり、ひいては皇民の意志であるとゆめゆめお忘れにならないで頂きたいですな」
白須宮が大仰な仕草で立ち上がり、一足先に部屋を後にすると、緊張が熱気と共に抜けていくのがわかった。室内には、参謀がスープをすする音だけが部屋に響いていた。
正統歴2800年、蒸し暑い夏の日だった。