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牢屋で小噺

タイトルに騙されちゃダメ。

別に檻の中で落語をするようなハートフルストーリーではないです。

でも、胸糞展開とかはありませんので、乱文ご容赦願える方はどうかご覧ください。

「ようようお隣さん。聞こえるかい? 昔の風習だと引っ越し蕎麦なるものやタオルなんかを古株にくれたみたいだけれども、あいにくここにそんなものはないし渡せるわけでもない。でも、隣になったよしみなわけだ。ここはひとつ仲良くしようじゃないか」

 壁を挟んで向こうから聞こえてきたいじらしくも可愛らしい声。これが、僕と彼女の出会いだった。


「ふむふむ、いつ聞いても君の話は面白いね四〇一号くん。まるで、ゴシック美術のような壮大さを感じるよ」

「いやいや、三一六号ちゃん。そういう君も中々のものじゃないか。いつ聞いても君の話は実に興味深い。そうだな、例えるなら現代美術のようにつかみどころのない面を持ちつつも、高い意味で完成されているようだ」

 四〇一号と彼女に呼ばれた僕は、シャツに縫われている識別用のタグを触りながら、彼女の言葉に答えた。「四〇一号」というのは当然ながら、僕の名前じゃない。しかし、ここでは大きな意味を持つ。「四〇一号」というのは、部屋の番号であり、そこの住人を指す。部屋と言っても、ホテルやマンションではない。四方を無機質なコンクリートの壁に囲まれ、あとは、錆びた鉄格子の小窓がひとつ。他には布団ぐらいしかない。ここは別にミニマリストや修行のための場所ではない。そして、清貧な生き方を提示する場所でもない。ここは刑務所。そう、犯罪者を収監する場所である。先ほど呼ばれた「四〇一号」とは、牢の番号であり、収監されている者を識別する数字である。僕はここでは、誰それという人間ではなく、「囚人番号でいうところの四〇一号」という、識別されたパッケージなのだ。

「ふむ、やはり君の話は、いつも私に違った世界を教えてくれるな。知らないことはもとより、知っていることでも色々と想像を掻き立てられるよ」

 先ほどから僕に話しかけているのは、囚人番号三一六号。女の子なので、僕は三一六号ちゃんと呼んでいる。どうやらここに来る前は、世界的に有名な美術窃盗犯だったようだ。こっそり教えてくれたが、誰もが知っているあの絵画やあの陶器を盗んだのも、彼女らしい。しかも、驚くことに、盗まれたことにまだ気づかれていないモノがいくつもあるようだ。本物は僕を含め世界のどこかにあり、僕らが見ていたあれは、彼女の制作した偽物であるということだ。彼女は一流の窃盗犯であると同時に、盗まれたことを気取らせない、一流の贋作師でもあるということだ。

「なぁ、四〇一号くん。一つ聞いてもいいかい?」

「なんだい、三一六号ちゃん。僕と君との仲じゃないか! 畏まらずになんでも聞いてくれよ」

「そうかい。では、ちょっと聞かせてもらうよ。もしかしたら、気を悪くするかと思ってね」

「おいおい、やけに勿体ぶるね」

「いや、この手の話題はねちょっとセンシティブなぐらいがちょうどいいんだよ。ここに来るような人間は、この話をされると嬉々として話す者もいれば、あまり話したがらない者もいるんだよ」

「そこまで言われると、ちょっと考えちゃうな。ちなみに、どんな話なんだい?」

「うん、では聞くぞ。四〇一号くん。君は一体どんな内容で、ここに収監されたんだい?」


「ふむふむ、なるほど」

 僕は、三一六号ちゃんの質問に対して、暫く沈黙を貫いたあと、静かに答えた。首都で多くの人間を煽動し、国家や一般大衆に向けて犯罪を行おうとしたことを。また、過疎地域のライフラインを停止させ、地域一帯を人質に取ろうとしたことを、淡々と話した。

「どうだい、三一六号ちゃん。僕の話は?」

「うむ、実に興味を惹かれる話だったぞ、四〇一号くん。しかし、私はね、この話にどうも引っかかるところを感じるんだ」

「引っかかる?」

「ここに収監されるような人間だ。してきたスケールに嘘はないと思うんだよ。けどねぇ、私はその嘘のない話が、強ち嘘だったんじゃないかと思うわけだよ」

「ほう、面白い解釈だね。正しいけど正しくないみたいな感じかな?」

 僕は彼女の話を聞きながら、顎に手をあて、コクリと頷いた。この刑務所は特別だ。犯罪者として収監すると、社会に大きな影響を与えかねない人間を秘密裏に収監させている場所だ。ここはそういった、ある意味、犯罪史に残る伝説級の人間が集う場所といってもいい。

「言い方が悪かったかな、四〇一号くん。例えばだよ、君の行った犯罪とやらが、実は『架空のお話』だとしたらと言い換えた方がいいのかな」

「ほう」

「仮に私を稀代の窃盗犯とするならば、君は例えるなら稀代の嘘つきということかな。違うかい、四〇一号くん」

「素晴らしいな! 僕の話を聞いて、そこまで見破ったのは君が初めてだよ。僕は『冤罪士』とでも言えばいいのかな。ないことをあるように見せかけてきたんだ。絶えず続く落雷で、辺境の施設が停電しかかっているのを、ライフラインを人質にした計画を描いたりしたんだよ。しかし、よく分かったね」

「なぁに、嫌な癖だよ。色々な美術品を見てきたせいか、今ではそれが贋作かどうか分かってしまうのだ。でもね、作品によっては、秘蔵の品や表に出てこないものもあるわけだよ。そうなるとどうすると思う? 人づてに話を聞きながら、その内容でそれの真贋判定しないといけないわけさ。まぁ、確実ではないよ。まぁ、君と私は壁越しとはいえ、何ヶ月の付き合いじゃないか。ここまで来ると、中々いい線にいくと思ったまでさ」

「なるほどね」

「ただ、そうすると、今度はなんでそんなことをするのかって新たな疑問が出てくるんだけどね」

「うん、まぁそれはおいおい話すよ」

「ほぅ、楽しみだね。いつか聞いてみたいものだ」

 僕は彼女の言葉を有り体にいなし、横になった。床を通じて、胸の鼓動を感じる。彼女に自分の真意というか、心根を覗き見られたからだろうか。それとも、自分の業を語った高揚感からか。いずれにしても、胸が高鳴った。メトロノームとまではいかないが、今日はこの鼓動をバックグラウンドミュージックがわりに寝ることにしよう。


 そうこうするうちに春が終わり、夏が過ぎ、秋が来た。小窓の鉄格子の向こうでは積乱雲が身を潜め、秋らしい雲が見えるようになった。カエデやイチョウのような木々が見えれば風情もあるが、無いなら無いでそれも、天候から秋の訪れを楽しめるから良いと思った。

「なー、四〇一号くん。調子はどうだい? 私はすこぶる元気だぜ」

「三一六号ちゃん。僕も調子はいいもんだよ。ほら、見てごらん。窓から綺麗な秋空が見えないかい?」

「おー、君のところからは空が見えるのかい? いいロケーションだねぇ。あいにく私のところはさっぱりさ。外壁の汚れた建物が見えるだけだよ」

「そうなのか? ひと部屋向こうも同じ景色とは限らないんだな」

「ああ、そうさ。しみったれた壁に四方を囲まれてるだけじゃなく、唯一の窓の向こうもそんなもんさ。こんなんじゃ、気が変になってしまうよ」

「三一六号ちゃんがこれ以上変になると困るなぁ」

「おや、心配してくれるのかい? でも、一周まわって中々の淑女になるかもしれないぞ。そうなると四〇一号くんも嬉しいだろ?」

 予想外な言葉に、これまで飄々と答えていた僕の思考が止まった。止まってしまった。三一六号ちゃんが真人間、それも淑女などというものになってしまったらどうなるんだろうという問いが、僕の中を駆け巡った。

「残念ながら三一六号ちゃん、僕の思考もとい、僕の嗜好を今ひとつ掴みきれていないね」

「おや、意外だね。君のプロファイリングには自信があったんだが。どれ、ひとつ君の嗜好とやらを教えてもらいたくなったよ」

「三一六号ちゃん、そもそも僕は我が強い方で通っていてね。こんな個性の強い人間が集まっているところでも、一番じゃないかと思っているぐらいなんだよ」

「ああ、知っているともさ四〇一号くん。私の隣に来た男の子、数にして十八人の中でも、君は特に個性的だ」

 おう、分かっているじゃないか。あと、僕の前に君の隣で生活していた男の子はそんなにいるんだと、遅まきながら今知ったぜ、三一六号ちゃん。

「確かにユーモアのあるユニークな奴だとは自負があるんだよ。けどね、三一六号ちゃん。君はこう思ったんじゃないのかい?」

「ほう、君のことをそこまで持ち上げたつもりはないが、見解を教えてほしいところだね。そこに論理があるのだろ?」

「うん、君は『個性的な人間は案外、後ろをついて来てくれるような人が好きだ』そう思っているクチだろ?」

 僕と三一六号ちゃんの間には壁があって、互いに姿は見えない。見えないけれども僕は、声に合わせて彼女の方を指差してみた。

「おお、君はあれかい? 私の思考が読めてしまうのかい?」

「いやいや、これは予想というものさ。深層心理的に、正反対の性格を求めやすいというやつさ。同じ性格同士だと、一見すると気が合いそうに見えるよね。でもさ、ずっといると重苦しくなるものなのだそうだよ」

「なるほど、確かに毎日ステーキだと飽きるみたいなものか」

「ちょっと違うけど、まぁそのようなものだね」

「でも、それならば、なおのこと淑女めいた人の方が良いのではないか?」

「いやいや、三一六号ちゃん。さっき言っただろう?僕は君の隣に来た男達の中でも、特に個性的なやつなのさ。否定はされたけどさ、世界的に見ても個性的だと思うよ」

「急に話がデカくなったな。ワールドワイドな話なのかい?」

「そこまでじゃないよ。まぁ、聞いて。僕は単にそういう子が好みじゃないってだけさ」

「そうなのか? それならば、君の相手をしている私は、君のためにもこのままがいいわけだ」

「そういうことだね。頼むから、僕が出られるまでは、気がどうにかなるなんてことにはならないでおくれよ。そのまま、そこから動かないでくれると嬉しいものだ」

「こりゃ厳しいお願いだ。しかも、それじゃ、君の方が先に出られるって話じゃないか!」

「はは、まぁまぁ」

「そうだね。ともあれ私はさ、君のおかげで退屈せずにはいられるわけだよ。どれ、今度来る警察の馴染みに、君の話を茶受けがわりに使わせてもらおう」

「警察の? 意外だね、それは友人なのかな? それよりも、三一六号ちゃんにも友人はいるのかな」

「舐めてもらっては困るな、四〇一号くん。友人の数など、両の指を何度おらねばいけないか分からないぐらいにはおるよ」

「へぇ、そうなのか。では、今度紹介してもらおうかな」

「おぉ。任せてくれたまえよ」

 そうして、僕らの会話は、秋分を過ぎて早くなった夜の訪れのように、気がつけばフェードアウトしていた。僕の刑期はまだまだ長い。恐らく、彼女も僕に負けず劣らずのものだろう。退屈しないか心配なところだが、隣が彼女だ。きっと、それはないだろう。


「なあなあ四〇一号くん。ちょっと聞いておくれよ」

 壁の向こうから、いじらしくも、可愛らしい声が聞こえてきた。どうやら僕の人生、まだまだ退屈せずに済みそうだ。

もりやす たかと申します。

よろしくお願いいたします。

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