王子の嫁として召喚されたけど、逆に王子の身を破滅させた話
前話の続きです。
腐った王子ざまぁ/前話ヒロインもどうしようもない/ヒロインも自分のことで手一杯/ヒーロー不在
亜紀ちゃんにお茶をかけられた後。あの場で亜紀ちゃんは花嫁ではなかったと謝罪した王子に嫌悪感が湧いた。
召喚した場で王子は亜紀ちゃんになんと言った? 見た目だけで選択した王子は私を一度見たきり振り返りもしなかったというのに。
「ミキ。貴女が本当の召喚の乙女だったのですね。どうか私の妻になって下さい」
「お断りします」
顔だけ見て亜紀ちゃんを選んだ王子などごめんだ。それなら最初から私達を公平に扱った第二王子、第三王子の方がマシだと本気で思う。
王子――王太子の求婚をノータイムで断ると、思ってもみない返事だったのか王太子は目を見開いて硬直した。そしておなじく話を聞いていた王妃と王女はそれはそれは艶やかに笑う。
「だが、貴女は私の妃となるべく召喚されたのですよ?」
警戒心を解くような優しい笑みで説得を試みる王子を無表情で仰ぎ見る。
「聞いた話と違いますね。嫁ぐのは『王族なら誰でもいい』のでしょう?」
知らないと思ったのか。人を誘拐しておいて無理矢理嫁にしようとか、どこの蛮族だ。身分という制度を制定するくらいの文明があり、王妃という女性もいらっしゃるここで私の意志を無視するような横暴が許されると思うな。
王太子を睨みながら、それでも怒りで熱くなる頭をどうにか冷まそうと心がけた。
多分亜紀ちゃんは王族に対して不敬を働いたんだと思う。お茶をかけられたのは私だけど、尊い身分の方がいる場所で騒動を起こせば罰せられるのは日本でも一緒だからだ。
だから亜紀ちゃんを助けるために、今私が持ってる最後で最大の切り札を、もっとも高い値段で売らなければならない。
私が事実を知っていることに苛立ったのか小さく舌打ちした王太子は、私を挟んで立つ兄弟たちを睨む。だから教えてやった。
「彼らから聞いたわけではありません。私など目に入らなかった殿下が廊下でした話を聞いて推測したまでです」
もちろん彼らにカマをかけてしっかり確認はしたが。
「花嫁がこの国にいなければ女神の加護を受けることはできない。これも私の存在など気にもしなかった殿下が話されておりましたね。そこで取引をしたいんです」
私の視線の先は王妃だ。茶色の髪を綺麗に結い、蒼い目でにこやかに笑っていた貴婦人は表情を崩すことなくこちらを見ると、王太子と王子達を部屋から追い出した。
不満げな彼らは、けれどあっさり部屋を出ていき、王女が護衛の騎士達をも部屋から出すと、部屋には再び女性だけが残る。
「どんな取引かしら?」
「私がこの国に残ります。だから亜紀ちゃんは亜紀ちゃんの好きなようにさせてあげて下さい」
罰するな、ではなく、自由を与えよ、と条件付けた私に王妃の理知的な目が煌めく。
「元々そのつもりでおりましたのよ? しきたりとは言え承諾無しにこの世界に連れてくるのですもの。一生をこの国で面倒見させていただきますわよ?」
そんなのは当たり前だ。そしてそんな建前の話をしているんじゃないと話を続ける。
「王宮に閉じこめ、何も教えず、飼い殺すのではなく……です」
「あの子は貴女を嫌っていたように見えましたけど。それでもあの子を助けようとするのですか? あの子は貴女を利用していたというのに」
扇を持つ手をピクリと反応させただけで何もなかったかのように話す王妃に気圧されるが、冷静なようでも興奮していた私は些細なことだと切り捨てる。
「それは私も同じです。あまり友達と群れることが嫌いな私でも独りぼっちは嫌でした。
そんな時、声をかけてくれたのが亜紀ちゃんだったんです。どうせ大学の一時期だけの付き合いだと割り切っていましたから、彼女が私を引き立て役としていたのも知っていて友達になったんです。寂しくない程度にたまに一緒に遊べるなら亜紀ちゃんでなくても良かった。だから友達として利用していたのは私も一緒なんです」
我ながら酷い人間だと思う。けれど――
「同郷の人間を……ましてや同じように拉致された友人を助けたいと思うのは悪いことですか?」
いくら危機に疎い現代日本人だって周囲が物騒ならもっと警戒心を持つ。荒れた場所だったり身なりの悪い人間ばかりなら、隙を見て逃げ出そうと思うくらいには。
でも今、私も亜紀ちゃんも逃げ出さないのは殺される不安を感じさせないからだ。自由と安全を天秤に掛けたとき、安全に傾くのは悪いことじゃないはず。でもだからといって自由を手放すことはできない。
「昨日一晩考えました。そしてそちらが何も知らない異世界人に見目麗しい王子を宛って、何も知らせぬまま懐柔しようとしたことは判ったんです。馬鹿な私にはそれくらいしか見抜けませんでしたが、それでも私をここに留まらせようと思うなら亜紀ちゃんに自由を……自分の居場所を自由に選べる権利を与えてください」
王妃の前で騒ぎを起こしたからと、何も判らないまま城から追い出すようなことはしないで下さい。
私の訴えたいことが判ったのだろう。蒼い目を軽く伏せた王妃はしばらく思案すると、手に持っていた扇をパチリと閉じる。
「判りました。それではあの子には選択させましょう。これからどうするのか、誰に嫁ぐのかも。それでももし、あの子が王家に嫁ぐと選んだら……」
「私は亜紀ちゃんの親じゃありません。私だってこの世界で生きて行かなきゃならないんです。それ以上の面倒は見切れません」
薄情なようだがこれが私の出した結論だ。
亜紀ちゃんは王子が手のひらを返すのを見たはず。居場所が選択できるならそれで目が覚めて市井に逃げることもできるし、面倒だからと王城に留まることもできるだろう。例え目が覚めなくとも、『亜紀ちゃんの好きな人』に嫁いで『何も知らない幸せ』を与えて貰うこともできるはずだ。
そしてそれを選ぶのは私じゃない。
「では今回の処分は一週間の謹慎ということにします。その後、あの子にどうするか聞きましょう」
大勢の騎士が見ていた手前何も処分を下さないわけにはいかないのだろう、王妃の寛大な処分に小さく頭を下げる。
「それから」
面倒な問題が片付いたとにこやかに微笑む尊い女性は、先程とはうって変わってその顔に好奇心を覗かせた。
「ミキは王太子の求婚を断りましたね。貴女はどうするおつもりですか? 他の王子を選ぶのでしょうか」
そう言って艶やかに笑う王妃と年頃故に母親以上の好奇心を覗かせた王女に、私は自分の計画を話し、相談を持ちかけたのだった。
中庭から連れ出されていく亜紀ちゃんを見送りながら、亜紀ちゃんがまだ王太子を好きなのだと知った。亜紀ちゃんはこの一週間謹慎していたが、何も知らないままなのだろう。人に聞けばなんでも知ることができるように王妃が取りはからってくれたのに……
それからしばらく経ってから、亜紀ちゃんが話をしたいと王太子と共に部屋を訊ねてきた。亜紀ちゃんは部屋に入ってくるなり目を潤ませ抱きついてくると、私に謝り始めた。
「美希、この間は酷いこと言ってゴメンね。私、王子の奥さんにならないと殺されるんじゃないかと思って必死だったの! 私が王子の奥さんになれば美希も助けられると思って……」
メイクをしていないからずいぶんと印象の薄い顔の亜紀ちゃんは、軽く鼻を啜っている。
「うん。不安だったよね。怖かったよね。何を信じて良いか判らなかったよね」
よしよしと背中を撫でて落ち着かせると亜紀ちゃんは不安げに見つめながら話を続けた。
「それでね、私王子の後宮に入ろうと思うんだけど一人じゃ不安で……もし美希が一緒なら心強いし、嬉しいなって思って……ねぇ、私達同じ世界の人間じゃない。一緒にいた方がいいと思わない? 大丈夫だよ。後宮って言っても美希は入るだけでいい「ミキ。彼女もこう謝ってるんです。許してあげませんか」
亜紀ちゃんの言葉を王子が途中で遮り、縋り付く亜紀ちゃんの手が身に付けていたワンピース型のドレスをギュッと掴んだ。一瞬でも鬱陶しいと思った私は人間として失格なんだろうか。
「亜紀ちゃん。私が亜紀ちゃんと一緒に王太子殿下の後宮に入るってどういう意味なのか判ってる?」
判っていたら私の知る亜紀ちゃんなら絶対に私を誘ったりしないだろう。案の定、亜紀ちゃんは晴れやかに笑いながら的はずれなことを言い始めた。
「うん。私は王子の奥さんで、美希は私の話し相手?なんだって。おまけの美希も私の暇つぶしの相手っていう立派な仕事を貰えるんだもん、イヤだなんて言わないよね」
そこまで聞いて少し離れた所に立つ王太子を睨むと、金髪の美丈夫は苦笑いを浮かべて大きなため息を吐く。
「ここまで愚かな人間に会ったとこがないな。顔もダメで頭も悪いとか……どうしようもない」
それはこちらの科白だ。亜紀ちゃんをダシにして私を自分の後宮に入れようなんて最低男のすることだと憤る。
けれどそこはグッと我慢。下手に挑発してこのゲス男を敵に回すのは得策じゃないとにっこり微笑んだ。
「亜紀ちゃん、ゴメンね。まだ正式じゃないんだけど、私もう行く場所が決まってるの」
「え?!」
「なに?」
驚く二人に詳しいことは明後日にある国王陛下への謁見時に説明があると伝える。王太子は国王の名が出たことで大人しく引き下がって部屋を出ていったけど、亜紀ちゃんはやっぱりダメだった。
「美希! どうしてそんな酷いこと言うの? 私と王子の仲をそんなに引き裂きたいの? 美希が一緒じゃないと王子と結婚できないのに……判った。美希も王子が好きなのね。だからそんな意地悪をするのね。でも王子は私が好きなの。私と一緒になりたいから美希を説得しろって言ってくれたんだから!」
「大丈夫。私は王太子殿下が好きじゃないわ。それに私が一緒じゃなくても王太子殿下と結婚できるそうよ。王妃様が仰っていたもの。でも……そう、王太子殿下はそこまで亜紀ちゃんのことが好きなのね。判った。私も国王にお願いしてみる」
宥めながら天井を仰ぎ見る。そして私にはもうどうしようもないのだと諦めるとこを自分に科したのだった。
国王との謁見は召喚された乙女の願いを聞くという建前の元、台本通りに進んだ。
最初に私と亜紀ちゃんが紹介され、まず私の去就が国王から発表される。
「ミキ・キサラギは本人の希望により私の後宮に入ることとなる。それと同時に王妃が後見人となり、この世界の様々なことを学びながらここに留まることとなった」
ザワリと空気が揺れるが、国王の決定に異議を唱える者はない。
私があの日王妃に相談したのは、この世界やこの国の知識を得るために時間稼ぎができないかということだった。そして王妃からは時間稼ぎを手伝う代わりにある知恵を貸して欲しいと請われていた。
「そしてアキ・ダイドウジ。お主の希望を申してみよ」
厳かに告げる国王に亜紀ちゃんはフルフルと震えながらも懸命に口を開いた。
「王太子様と結婚したいです」
こちらもそれほど意外ではなかったのか部屋に走った衝撃はさほどでもない。願いを聞いた壮年の国王はゆっくりと肯くと王妃と何事か言葉を交わして結論を出した。
「アキ・ダイドウジの願いを叶えよう。お主を第一王子の妻とする。第一王子も異論はないな?」
「はい」
金髪男の無機質な声は何の感情も含まず、亜紀ちゃんの未来を予感させて。
「ところで――」
落ち着くところに落ち着いたという空気が流れた中、更に問いかけた国王の言葉にその場にいた者達は成り行きを見守る。
「お主の世界では一夫一婦制だと文献にあったのだが間違いはないか?」
「イップイップ?」
言葉の意味が判らずに首を傾げる亜紀ちゃんと眉をひそめる王太子。
「一人の夫が一人の妻を娶るという意味です。それとも一人の夫が複数の妻を娶るのが許されていましたか?」
王妃がかみ砕いて判りやすく言い直すと、亜紀ちゃんは慌てて首を横に振った。
「いいえ! 普通結婚相手は一人です!」
「そうか。では第一王子が複数を娶るのは、アキ・ダイドウジにとって普通ではなのだな?」
「はい! 王子は私と一緒になりたいって言ってたから、私以外はいらないはずです!」
恐らく私を王太子に近づけないようにするための訴えなのだろうが、それは国王と王妃の望んだ答えで。
「お待ち下さい!」
慌てた王太子が止めに入るも遅いのだ。これはシナリオ通りなのだから。
「発言を許可しておらぬ」
厳かに告げられた言葉に王太子は拳を握って静かになった。
「アキ・ダイドウジを第一王子の妻とするならば正当なる世継ぎは望めまい。よって第一王子を廃太子とし、第二王子を王太子とする」
「陛下!」
異議を唱える王太子――いや、第一王子に国王は厳かに告げた。
「幼き頃より婚約者のおったお主が異世界の乙女の召喚を強行し、乙女の顔を見て理由もなく婚約者との婚約を破棄、更にアキ嬢からミキ嬢に乗り換えた。その上、乙女を見て気に入らなければ弟王子たちにくれてやるとも言っていたそうだな? 成人しているが故に見守っておれば王族らしからぬ振る舞いが目立ち、家臣の忠誠も薄い。そのような者にこの国を任せることはできぬ。これからお主の仕事はアキ嬢を幸せにすることだけだ。もし不幸にしたならば、怒れる民達の前にお前を引きずりだす。よく覚えておけ」
文献によれば召喚されし乙女ミキは一人の騎士と結ばれたという。実はその騎士は国王の王弟の非嫡子で、元々子孫を残すどころか妻を持つことさえ許されていなかった。だがミキが上げてきた様々な功績と騎士の国王への忠信に、最後には国王自らが結婚を許したとされている。この話が民に伝わり、当時二人の純愛を歌や劇にしたものが大いに流行った。
そしてこれより後、召喚された乙女は王妃の後見の元で一度国王の後宮預かりになり、知識や常識を学ぶようになる。また災害に対する様々な策が取られ、女神の加護を持つ乙女を召喚する知識は徐々に消えていった。
そして。
この世界を襲う未曾有の災害に、約500年ぶりで異世界の乙女が召喚されたのであった。
続かない!