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召喚された聖女が襲われそうになって呪い、王国が滅亡するお話

このお話はフィクションでファンタジーです。

聖女召喚/召喚された人は元の場所に帰るよ/複数人で襲う/王国も滅亡する/

 寒風吹き荒む夜の住宅街を人影が足早に歩いていく。

 うす茶色の毛糸の帽子とお揃いのマフラー、黒縁の眼鏡とマスクを付けて赤いどんぶくを身に付けたその人物は、道路の先の深夜でも煌々と明かりの点いた店へと向かっていた。

 まだ遠い赤と緑の看板に安堵を感じつつ、水分を失った重い身体で黙々と歩みを進める人影からコマーシャルでおなじみのあの曲が流れてくる。ガサゴソと身じろぎするとポケットから携帯電話を取りだした。

「もしもし、お母ちゃん。うん、もう大丈夫。良く効く薬で熱も下がったし、熱だけだったから咳も鼻水もないよ……そう、今流行ってるヤツだって……大丈夫だって。わざわざこっちに来ることないから……うん……熱は一日で下がったんだけど、食べ物も飲み物もなくなって買い出しに出てるとこ……そんなこと言ったって一人暮らしで外に出ないわけにはいかないでしょ……うん。マスクもしてるし、この時間に子供もいないだろうからうつさないと思う……判った。そっちも気を付けてね。お父ちゃんによろしく」

 用件を話し終えて携帯をポケットにしまい、目的のお店へと視線を向けた直後。その人物の足下に現れる暗紺色に光る魔法陣が、人の姿を掻き消したのだった。




「おお、聖女様が降臨されました」

 窓一つない石造りの部屋に赤い炎を灯す松明。掃除はされたのだろうが、最近まで放っておかれたような湿気と埃臭い空気に、魔法陣の中央に立っていた人影は勢い良く咳き込んだ。

「大丈夫なのか?」

「空気に慣れていないのでしょう。じきに治まります」

 他人事のような会話に、マスクに眼鏡をかけてモコモコのどんぶく姿の人物は改めて周囲を見渡す。

「どこ? ここ」

 その部屋にはその人物の他に多数の人間がいて皆魔法陣を取り囲むようにしていたが、現れた人物の問いかけに金髪碧眼の男性がゆっくりと跪いた。

「ここはパナモウ王国王城です。我らが召喚にお応え下さりありがとうございます」

 男性の挨拶と同時に周囲の人々も一斉に跪く。

「ぅえ? 何? どこなの?」

 聞き覚えがないのか狼狽える人影。代表して挨拶をした男はとろけるような笑みを浮かべて立ち上がった。

「私はこの国の王太子、エドワード。ここにいる者達はすべて聖女様と契りを結ぶ者です。ですからどうかお顔をお見せ下さい」

「いや、でも」

 流行性感冒に感染している上にスッピンだと説明しようとした人物に、王太子と名乗る男が近付くと長い手を伸ばして眼鏡とマスクを外してしまう。

「ちょっと、まっ…ゴホッ、ゴホッ」

 直にかび臭い空気を吸ってしまい、咳が止まらなくなる。袖で口を覆おうとしても男の手が袖を握っていて顔を背けるので精一杯だ。

「黒髪に茶色の目……伝承の通りですね。豊穣の聖女様。衣服の精緻で均一な刺繍といい、見事な染色技術といい、身分のある尊いお方をお迎えできましたことをさっそく陛下に報告しなければ!」

 興奮気味の声は思いの外近く、顔を背けていたがために耳にかかった吐息でビクついていると、フワリと横抱きにされる。見上げればとろけるような笑顔を浮かべた青年の美麗な顔が目に入り……現状に思考が付いて行かぬまま唇が柔らかく、けれど奥深く重なった。

「っ!」

「貴女の体液を飲めば特異な能力を得られると言い伝えられております。ここにいるのはこの国の重鎮やありとあらゆる分野の優秀な者たちばかり。どうか豊穣の加護を我らに――」

 突然のキスにじたばたと暴れ、近づいてきた老人の言葉に総毛立ち。

 特大の身の危険を感じた女性は男の舌に歯を立てると頭突きを喰らわせてその手を逃れ、まだ淡く光る魔法陣の中央で仁王立ちした。

「ふざけるな! 強姦魔共が!」

 ブワリと膨らむ怒りと魔力が室内を巡り、徐々に消えつつあった魔法陣が反応して引かれたラインが一斉に光り輝く。

「私を元の場所に帰せ!」

 怒鳴り声と共に迸る魔力。正しい発音の呪文ですらなかったにも関わらず、濃厚な魔力でもって強引に起動された魔法陣は中心にいた人物を飲み込んだのだった。

「――って、あれ? 戻ってる」

 周囲は閑静な夜の住宅街。身を切るような寒さは変わりなく、携帯電話も財布も手に持ったままだ。しばらく立ちつくした女性は首を傾げつつ、とりあえず目的地に向かって再び歩き始める。

「今のって……噂に聞く薬の副作用ってやつかも。幻覚を見るとかなんとか……」

 なぜかちょっとテンションの上がった女性の顔にマスクはない。道に落ちてもいないそれに彼女が気付くことはなかった。





 周辺諸国からの脅威に対抗するため、伝説であった豊穣の聖女を召喚したパナモウ王国。その記録によれば、召喚した聖女の体液を摂取すればチートと呼ばれる強力な能力が手に入ると伝承にあり、当時の召喚で王太子のみがチートを手に入れたと発表されたのだが。

 召喚から4日後。突如高熱で倒れた王太子を皮切りに、召喚の間で聖女を待ち構えていた者達が次々と倒れ始める。やがてそれは身の回りの世話をしていた者たちや見舞いに訪れた者達へと広がっていき、王城のみならず城下からパナモウ王国全土へと広がっていったという。

 そしてその病と共に聖女を無理矢理襲って呪いを受けたという噂も流れ始め、王族や貴族が真っ先に犠牲になったことから王国は事実上崩壊した。

 正確な死者の数は判らず、また聖女に呪われた王城がどうなったのかも記録にない。


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