狂愛 ~ウェディング姿の君に愛を誓う~
「やっとこの日を迎えることができたね」
この日、僕と彼女は街外れの小さな教会にいた。
まだ染み一つない新品の白いタキシードに身を包み、天井近くにはめられている色とりどりのステンドグラスの光を浴びる彼女の前に立ち、照れくさそうな笑顔を浮かべ彼女を正面から見つめる。
彼女も僕と同じようにまだ染み一つない純白のウエディングドレスを着ている。
あぁ、なんて素敵な姿なのだろう。
静かな笑みをたたえた彼女は、何も言わずただ僕だけを見つめ返してくれている。
大丈夫何も言わなくてもわかっているよ。
きっと彼女は僕からの愛の言葉を待ち望んでいるのだろう。
「ごめんね。こんな場所で式を上げることになって、神父様もいないし、参列してくれる人達も誰もいない、本当に寂しい結婚式だね。
だけどね。僕にとって参加してくれる人がいないっていうのは重要な事じゃないんだ。
僕にとって大事なのは君だけ。
君さえいてくれれば、それでいいんだ。
愛して止まない、君がいないことなんて考えられない。
愛してる。
君とずっと一緒にいたいんだ。
だから僕と結婚してくれ」
胸の中に押し留めていた彼女への熱い思いを口にした僕は、ゆっくりと彼女に顔を近づけ、誓いの口付けをする。
彼女は僕の言葉を聞いても、誓いのキスをしてもその表情は先ほどから一切変わらず静かな笑みを浮かべているだけ。
そんな表情の変わらない彼女を見ても、僕は疑問に思わずただ彼女と一緒の時間を過ごせる事が嬉しくて、彼女と同じように笑みを浮かべる。
何もしゃべらない。
表情も変わらない。
動くこさえできない。
ただ静かに笑みを浮かべるだけの人形の彼女。
それでもそんな彼女が傍にいるだけで僕は幸せなのだ。
3年前に彼女が突然姿を消した。
それまで僕は彼女がいたおかげで毎日が楽しく、何気無い時間が幸せだった。
それが突然終わったのだ。
突然彼女が姿を消した事で、それまでバラ色に輝いていた僕の日常は真っ暗になり、何もする気が起きず、ただ彼女との思い出に浸り涙を流し、思い出をなぞるように彼女といった場所に一人足を運ぶ日々を送っていた。
最初そんな僕の姿を心配して声を掛けてくれる人達もいたが、次第に誰も声をかけなくなった。
もともと親しい友も、肉親もいない僕にとって他人なんて気にもしてなかったので、ごちゃごちゃうるさいのが無くなったとしか思わなかった。
僕に必要なのは彼女だけだったのだ。
その日も僕は泣きながら彼女との思い出の場所を歩いていた。
この場所に来た時の彼女の表情、言葉、仕草、思い出すだけで涙が止まらない。涙を流しながら彼女との思い出に浸っていたら、あたりはすっかり暗くなり、周りに人影が無くなっていた。
こんな時間か帰れないと、そう思って最後に辺りを見渡した時、僕は彼女に再び会えたのだ。
そこはおそらく粗大ゴミを捨てる場所だったのだろう。
壊れた冷蔵庫や、破けたソファーなどの大量に捨てられているゴミの中から、まるで僕に助けを求めているようにこちらを見ている等身大の人形。
亡くなった彼女と瓜二つの顔をした人形を見た時、服が汚れるのも気にせず彼女に駆け寄ると、もう二度と離れるものかとギュッと彼女を抱きしめた。
優しく僕を見つめくれた瞳。
僕のどんな言葉も聞いてくれた綺麗な耳。
そして僕にたくさんの愛をささやいてくれたその唇。
その人形に会った瞬間、真っ暗だった私の世界に再び光がさした。
そして現在、僕は人形の彼女と結婚式を挙げている。
傍から見たらままごとみたいに思うかもしれないが、僕にとっては真剣そのもので、二度と離れることのないようにするためにこれは必要な事なのだ。
彼女との永遠の愛を誓い、二度と離れないと誓うための儀式。
彼女に再び会わせてくれた神に感謝しながら、これから過ごす彼女との明るい未来のことを想像し、僕と彼女は微笑み合う。
だが僕と彼女の幸せも長くは続かなかった。
乱暴な音と共に教会の入り口が開き、何人もの人間が教会に雪崩れ込んで来る。
「両手を上げて大人しくしろ!お前を殺人容疑で逮捕する」
先頭に立ったスーツ姿の男が一枚の紙を僕に見せ、ゆっくりと近づいて来る。
教会に入ってきたのは警察官達だった。
殺人容疑?一体何のことだ。
いきなりの事で混乱し呆然と立ち尽くす僕に、近づいて来た警官達が乱暴に体を床に押さえつけて首に手錠をかける。
冷たい手錠が手首につけられても、この状況に頭が追い付かず周りを見渡してしまう。
そんな僕を一番初に入ってきたスーツ姿の警察官が、苦虫を噛み潰したかのような顔をして、僕の体を押さえる警官達に外に連れ出すように指示を出す。
その言葉に、まだ周りの状況がわからない僕だが危機感を覚える。
駄目だ。
このままではいけない。
このままだと、また僕は彼女と会えなくなってしまう。
その考えに行き当たった僕は、身動きがとれない体を必死に動かし、彼女と引き離されないように抵抗する。
「やめてくれ。僕と彼女を引き離さないでくれ!!」
抵抗する僕を警察官が数名がかりで押さえつけゆっくりと彼女と引き離されてく。
どんなに暴れようが、叫ぼうが僕の抵抗はこの人数の前では無意味だ。
僕は離されながらもただ彼女の方だけを見続ける。
そこにはいつもと変わらない彼女の笑みがあった。その笑みを見ただけで僕は力が湧いてくる。
二度と離れないと誓ったのだ。
僕は何とか彼女に近づこうと、必死に暴れ続ける。
そんな僕の姿を見たスーツ姿の警官が冷めた声を投げかける。
「何が彼女と引き離さないでだ。お前が彼女を殺したんだろうが!!」
ある日、警察に通報が入った。
内容は空き家のはずの隣の家から異臭がするということ。
通報を受けた警官がその家に入ると、中から半分腐乱している女性の死体が見つかった。
すぐさま捜査本部が置かれ、身元調査と犯人追跡を開始した。
調査が進んでいき、女性の身元が判明すると同時に一人の男が犯人として捜査線上に浮かびあがってきた。
近所の聞き込みによると、犯人と思われる男は女性にたびたび暴力をふるっていたことがわかった。
それを証明するように半分腐乱していてもわかるほど、女性の体には数多くの暴行の数が見てとれた。
男の異常なまでの彼女への愛。
いや、それはもう愛などという綺麗なものでは無かった。
女性の体には暴行の跡だけではなく、逃げれないように首輪や足枷など、身動きが取れないようにするものが必要以上につけられていたからだ。
それが愛からなのか、それともただの支配欲だったのかそれは本人以外わからない。
わめきながらも数人の警官に押さえつけられながら、男は教会から連れ出される。
最後まで自分の心配することは無く、ただ一身にウエディング姿の彼女の心配をしていた。
スーツ姿の警官が教会から連れ出された男の姿を確認した後、残されたウエディング姿の人形に視線を向ける。
体のいたる所に刃物傷があり、指は数本欠け、左腕は肘から先が溶けて無くり、逃げ出すはずもないのに脚には足枷がはめられ、何本もの釘で文字通り釘付けにさせられている人形。
始めはこんな姿では無かっただろう。
おそらく男が彼女にやったのと同じ行為を、この人形にもしていた事が容易に想像できる。
人形の顔は、口元以外は元がどんな顔をしていたかわからないほど、ズタズタにされ見るも無残な姿だ。
そんな無残な姿な人形を彼は彼女として愛していたのだ。
歪んだ暴力による、屈折した愛。
男にとって、生身だろうが人形だろうがたいした違いは無かったようだ。
スーツ姿の警察官は理解ができないとばかりに首を振ると、ゆっくりと教会を後にする。
教会に残った純白なウエディングドレスを着た無残な人形は、先程とまったく変わらず静かに笑みを浮かべ座っていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
この作品は以前書いた作品を少し手直ししたものとなっております。
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