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無名探偵  作者: 真島 文吉
一章  無名探偵
7/110

 重い荷物を苦労して持ち帰った後、棚主は木蘭亭が飲み客で賑わうのを待ってから店を出た。

 屈強な大工の親父や、騒々しい疲れ知らずの若者達がいると安心する。

 だが、あまり長く外に出ていたくはない。少なくとも一週間は木蘭亭にとどまり、鴨山組を警戒したかった。


 既に小雨の降り出した銀座を、携帯電灯(懐中電灯)も持たずに歩く。

 日頃背広とハットで洋風に装っている棚主だが、今はこん色の和服の上に雨ゴート(レインコート)を着て、桐下駄を履いていた。撫で付けていた髪も下ろして、かさを被っている。


 万一鴨山組に尾行されていた時、これから会う女……雨音に危害が及ばぬようにとの、悪足掻わるあがきだった。少なくとも顔をよく見なければ、棚主だとは分からない。


 勿論和服だの上等な桐下駄だのは、棚主の持ち物ではない。普段と違う格好で出かけたいと言った棚主に、木蘭が用意してくれたのだ。今は亡き父上の物らしい。


 深々と頭を下げて衣類を受け取った棚主は、その時はそのまま、顔を上げずに尻から部屋に引っ込んだ。木蘭の声が弾んでいて、頭の上でにやにや笑っているのが知れたからだ。普段はりんとして近寄りがたい顔をしているくせに、雨音と会ってから表情にしまりがない。


 これだから女という生き物は……


 不満を口中で転がしながら、長い道のりを歩く。

 雨天に乗り物に乗るのは、事故を連想させて嫌だった。市電も馬車も、車輪がずるりと滑って横転しそうで、危なっかしい。

 鉛色の空は更に厚い雲が垂れ込め、道路に闇を落としている。遠くでゴロゴロと、雷の唸る音が聞こえた。


 傘を差した人や鞄で頭を庇いながら走る人とすれ違い、小さな道を避けて通りを行く。


 途中、馬車が二台、通りの左右を斜めにふさいでいた。迷惑な、と思う前に、棚主は馬車の中を警戒した。物陰に誰かが隠れている気がしたのだ。


 少し歩をゆるめ、同じ方向に行く通行人を待つ。背後から、顔を赤くした酔客らしき老人が、雨に濡れながら棚主を追い越して行った。さりげなくその背を追い、右斜め後ろにつく。


 素早く左右の馬車の内部に視線を走らせると、左の馬車は無人で、右の馬車には若い男女が入っていた。窓を新聞紙で半端に覆っていたが、男女はその中で……まぁ、仲睦まじい遊びをしているらしかった。思わず目を細めた棚主に、車に繋がれたままの馬がブフンと鼻を鳴らす。その様子が『付き合ってられねぇよ』とぼやいたようで、つい笑ってしまった。


 馬車を背に少し歩くと、御者ぎょしゃらしき青年が二人、カッフェの軒下で煙管きせるを吸いながらしきりに懐中時計を見ている。……先程の男女に、遊びが終わるまで待たされているわけだ。


 二台の馬車が同じ場所に止まっていたのは、通行人の視線を分散させたかったのだろうか。


 小雨の中、わざわざ路上に二台も馬車を止めて愛をはぐくむ。そういうことが好きなのかもしれないが、金持ちのボンボンが家に連れ帰れないような恋人と逢引あいびきしている、そんな想像をしてしまう構図だった。


 棚主は馬車から充分離れた後、酔客の老人と別れて角を右に曲がった。


 今回のことに限らず、襲撃者や、警察官を目で探しながら歩くのは慣れていた。孤児であり、生まれながらの犯罪者であった棚主の周りには、いつも敵が潜んでいたからだ。


 棚主に金や食い物を盗まれた被害者や、警察官、孤児に対する悪意のある大人や、人さらい……そして、同じ孤児の仲間もまた、棚主の持ち物を狙って襲って来た。


「文明開化。自由民権。……平和で理知的な、帝国日本……」


 棚主は呟いて、あざ笑った。

 人々は国と時代の、輝かしい表面だけを見て喜ぶ。


 戸籍を持たず、保護者もおらず、食うために人を傷つけるしかなかった孤児の人生。人間扱いすらされない者の現状は、どこかの慈善家が声高に宣伝するまで、後回しにされ続ける。


 棚主の罪は棚主の責任だ。犯罪者、殺人者であることは、自分の選んだ人生だ。


 だがしかし、他の道などなかった。

 清く正しく、い人間であろうとすれば、棚主は間違いなく餓死していた。


 恥も外聞もなく通行人にすがり付いたり、慈善施設に飛び込んで保護を頼んだり、そんなことすらできない理由が、棚主にはあったのだ……



「えっ、誰?」


 ミルクホールの軒下で、雨音が頓狂とんきょうな声を上げた。


 具体的な待ち合わせ時刻を決めていなかった彼女は、きっと随分前からそこに立っていたのだろう。壁にもたれて足をぶらぶらさせていた雨音に、棚主はつい申し訳ないような気持ちになって、衝動的に声をかけたのだ。笠を被ったまま。


「あぁ、すまん。俺だよ」


 笠を取って苦笑いする棚主の顔を、猫のような目が背伸びをして覗き込んでくる。まつ毛がやたらに長くて、顔を突きそうだった。


「どうしたの、その格好。別人みたい」


「変かね」


「いつもの方がお洒落」


 ずばりと切って捨てる雨音に、肩をすくめながら雨ゴートを脱ぐ。

 その下の着物を見て、雨音は顎に手を当て、さらに評した。


「もうちょっと太ってないと着物は似合わないよ。なんだか『おじさん』って雰囲気なのよね。服も下駄も棚主さんの印象と合わないって言うか……」


「借り物だからな。もういいから中に入ろう、奥さん」


「『奥さん』はやめて」


 雨ゴートを裏返し、笠の中に詰め込んで店に入る。店員の歓迎を受けながら、棚主は雨音を首を曲げて振り返った。


「今の私は……独りなんだから……」



 テーブル席に着くと、二人は料理を注文した。

 棚主はトカイワインと、車えびのフライとトースト。

 雨音は電気ブランと、イチゴのジャムを一皿注文する。


 冗談じゃない、と即座に棚主が声を上げた。


「酒とジャムだって? 昼飯を食いすぎた?」


「お昼はオムレツだったわ。卵だけの……いいのよ、朝と夜は軽く済ませるの」


「限度がある。空きっ腹に酒を入れたら病気になるぞ」


「太りたくないの。それ、預けたら?」


 雨音は、いつまでも雨ゴートの詰まった笠を持っている棚主の手を指さす。

 しぶしぶ店員に笠を預け、その背を見送ってから、棚主は改めて雨音を眺めた。


 やはり、細い。醜くならない程度に肉はついているが、あまりに細すぎる。

 暗い彼女の部屋で会った時、全裸の体には骨が浮き出ていた。鎖骨のくぼみは水を注げそうなほどえぐれていたし、頼りない筋肉の形が、はっきりと皮膚の上から見てとれた。


 芸術家だの写真家だのは美しいとめる体なのかもしれない。

 情婦である彼女を抱く男達には、両腕にすっぽりと納まる、絶品の肢体なのかもしれない。


 だが、棚主の目にはやはり異常に映る。栄養が不足している体を、きれいに磨き上げ、油をすり込み、胸だけ痩せて見えないように工夫された下着を着る。

 そんな風に供される美しさを、棚主は好ましいとは思えなかった。


「……『飢餓』だ」


「大げさね。痩せた女はお嫌い?」


「何故無理に痩せるんだ。食事は人生の糧だぞ」


 正に、と続ける棚主に、雨音は思わず口に指を当て、吹き出すように笑った。

 その指もまた、へし折れそうなほど細い。白魚のようなと形容される美の形なのだろうが、やはり棚主は好きになれない。


 雨音が声を殺して笑っていると、先程の店員が料理を運んできた。

 雨音の分が少ないおかげで、全部一つの盆に載せて運べている。

 料理が置かれるのを待ってから、雨音は愉快そうに、息を吸いながら答えた。


「父の言いつけだったの。女は美術品のように痩せているのが務めだって。子供の頃からそうだったから、もう慣れちゃってるのよ」


「何だそれは……」


「私が上京した理由、知ってるでしょ」


 湯気を立てるえびフライに手もつけず、棚主は雨音を見つめる。


「好いた男と一緒になるために、駆け落ちしたと聞いた。まぁ、その男は君を裏切ったわけだが……」


「何故あの人に惹かれたと思う?」


「知らんよ」


「私を人間として扱ってくれたから」


 店の扉が開き、一組の男女が入ってきた。

 濡れた服を互いに脱がせ合う二人に、店員がタオルを持って駆け寄る。

 その様子を棚主の背の向こうに見ながら、雨音は自分のジャムの皿に指を伸ばした。


「女は痩せていろ。男に話しかけられるまで口を開くな。学業に欲を持つな。余計な趣味を持つな。婦人運動などもってのほか。世論に耳を貸すな。家の中のことだけを考えろ……」


「親父さんがそう言ったのか」


「口癖よ。でも、珍しくないんでしょ、こんな父親。だから婦人運動なんてものが起こってるんですものね」


 白魚のような……棚主に言わせれば、白骨と変わらない指が、ジャムをすくい、雨音の唇に運ぶ。「ち」と小さな音を立てて、雨音がジャムを吸った。

 その目が弧を描きながらも、眉間に深いしわが走るのを、棚主は黙って見ている。


「十二までは耐えたわ。人形のように、従順な犬のように、言われるとおりに生きた。でも……私にだって言いたいことはあるの。理不尽なことを言われたり、勘違いで叱られたりして、黙って頭を下げ続けるのがどんなに辛くて悲しいか、腹立たしいか、分かる?」


「……」


「でも無駄なの。何か言おうとすると頬を張られたし、勘違いを正そうとすると『言い訳するな』って怒鳴られた。母も他の家族も、味方をしてはくれなかった。……そんな時に出会ったの。あの人に」


 もう一度ジャムをすくって、今度は棚主に指を差し出した。

 棚主が表情を変えずに黙っていると、雨音がそのまま目を閉じて笑う。


「……勝手に本を買ったのがばれて、さんざん叩かれた後だった。母のお手伝いをして、貰ったお金で買ったのに目の前で破られた。道端の木にすがって泣いていたら、彼がきれいなハンカチーフを渡してくれたの……彼、美形だったでしょ? 私めちゃくちゃに腫れた顔をしてたのに、見惚みとれちゃって」


「それから交際を? まさかその時点で結婚を考えたわけでもないだろうが」


 明治末期に定められた民法規定により、女子の結婚可能年齢の下限は十五歳と決まっている。


 これにのっとり、十五歳時での結婚を予定して、それ未満の女子と夫婦計画を立てる男が少なからず世には存在するというが……正直棚主には、十代前半の女子をいわゆる『女』として見る感覚は分からない。仮に将来の伴侶はんりょと言われても、子供にしか見えないのだ。


 雨音はまたジャムのついた指を口付けるように吸い、今度は電気ブランに手を伸ばす。


「話を聞いてくれたのが、嬉しかったの。彼は男なのに、私にばかり喋らせてくれた。辛いこと、不満なこと、全部話すことができた。……私の味方をしてくれたわ。女を殴る父は、人として劣ってるって、自分のことみたいに怒ってくれて」


「そして、駆け落ちか」


「父が私のとつぎ先を決めてきたの。傲慢ごうまんで、大嫌いだった役人の子よ。初めて父に面と向かって嫌だと言って、殴られて……初めて、抵抗した」


 棚主が腕を組む。冷静に聞いていたその表情が、みるみる曇っていった。


「後のことはよく覚えてないわ。家を出て、彼に連れられて東京へ……」


「家から金を持ち出したろう? あれは君の考えかい」


「……」


 黙って電気ブランを飲む雨音に、棚主は曇った表情のまま続ける。


「けっこうな額だった。銀行嫌いで、財産を殆ど家に置いていたからな。親父さんは、君のことを警察に通報していたよ」


「破られた本の仕返しじゃ、通らないでしょうね」


「こう言っては何だが、君がヤクザに売られるのがもう少し遅かったら、多分警察に確保されていたと思う。さらわれるように家から姿を消したから、警察が追いきれなかったんだ。今住んでるのはヤクザの家だろう?」


「私を気に入ってる客が貸してくれてるの。ボロ家だけど」


 棚主はおもむろに組んだ腕を解き、頭を下げた。

 ぽかんとする雨音に、額にかかる前髪をかきながら、ばつが悪そうに言う。


「前に会った夜、君に嫌味なことを言った。『若気の至りの代償は、人生の破綻だ』と……事情もよく知らないで、悪かった。許して欲しい」


「……恋にのぼせた、莫迦女だと思った?」


「うん」


 簡潔に認める棚主に、また雨音が口に指を当てて笑う。

 笑いながら、首を横に振った。たった一口飲んだだけで、顔が赤くなっている。


「謝らないで。自分でも莫迦だったって思ってるもの」


「法的にはどうか知らんが、君は自分の尊厳のために逃げたんだ。娘の尊厳を傷つけ続けた父親に、君の盗みを責める資格はない」


「尊厳? 面白いことを言うのね。尊厳って何?」


「人が人であることだ。人を、人として扱うことだ。人から言葉や、意志や、人格を奪わないことだ」


「あなたはきっと、人殺しもするんでしょうね」


 テーブルに両手をつき、雨音が身を乗り出して棚主に顔を寄せた。

 雨音が飲み込んだ酒の臭いが、唇に残ったジャムの匂いとまじる。

 大きな目が、挑発的に棚主を覗き込む。


「見ず知らずの私に依頼されただけで、見ず知らずの男の顔をぎ取ってくる悪い人。そんなあなたが人の尊厳を語るの?」


「俺は人でなしの悪党だ。だが、尊厳は奪わない」


 眉根を寄せてゆっくりと耳を向ける雨音に、棚主は低い声で、さも当然のように言葉をつなげた。


「尊厳を持たないヤツを殴る。人の道を外れた、ケダモノを殺す」


詭弁きべんだわ。私の……『元』夫もケダモノ?」


「あいつは変わった」


 知った風な口をきく棚主に、雨音は首を振って棚主の顔を見た。

 低い声が、ますます沈みこむように重く吐き出される。


「君は俺に依頼する時、こう言ったんだ。『あの男を見つけない限り、あの男に報いを受けさせない限り、死んでも死にきれない』とな。だが、その言葉だけで他人を痛めつけるわけにはいかない。俺は相手を見つけ出した後も、しばらく周囲を探っていたんだよ」


 雨音は黙って聞いている。

 棚主に詰め寄るような姿勢で固まっている彼女に、店員がちらちらと心配そうな視線を向けていた。しかし、棚主も雨音もお互いから視線を外さない。


「ある日、あいつが厄介になってる遊女が店に出てこなかった。突然のことで指名した客は怒ってたよ。で、店の者に金を握らせて聞いてみると、どうも顔が酷く腫れて人前に出られないらしい」


「……顔が……?」


「間夫に殴られたそうだ。君の、亭主だよ」


 雨音がずるりとテーブルについた手を滑らせ、そのまま椅子に座り込んだ。

 口をわずかに開けて、信じられないという顔で棚主を見ている。


 雨音の亭主は雨音をヤクザに売り渡しはしたが、女に手をあげる男ではなかったのだろう。

 棚主は目を細め、テーブルの上のワインを睨む。


「遊女と間夫ってのは金で繋がってることも多いが、遊女の方が心情的に間夫に惚れてることも多い。その遊女は後者だった。殴られても蹴られても笑っていたよ」


「何故そんな……あの人は……女を殴らないって……」


「女というのは、男の『ツキ』を左右するのか?」


 突然妙なことを言い出す棚主に、雨音が開いていた口を閉じる。


「『お前と一緒になったせいでめっきり勝てなくなった』と怒鳴ってたよ。『俺の運を取りやがって』と……博打の話だろうな。まだ足を洗ってなかったらしい」


「……」


「俺があいつの顔を剥ごうと決めたのはね。その時に」


 一旦言葉を止める。

 雨音の顔を見つめ、少し様子を見てから、慎重に続く言葉を吐き出す。


「『あの女みたいに、売っぱらってやろうか』と……そう言ったからだ」


 雨音が小さく悲鳴を上げたのが分かった。両手で口を覆い、硬く目をつむって震えている。

 棚主もまたそっと目を閉じ、膝の上に両手を置いた。

 まるで黙祷もくとうしているかのような姿勢で、それでも言葉を繋げる。


「一度でも人を食い物にしたヤツは、けっしてそれ以前の心には戻れない。あいつは外道に堕ちたんだ。だから何度でも、同じことを繰り返す」


「そんな人じゃなかった……そんな人じゃ……」


「君を裏切った時に、既に分かっていたはずだ。あの男は人間性を捨てた」


 昔の彼じゃない。


 雨音は必死に嗚咽おえつを飲み込み、心を落ち着かせようとしているようだった。

 その間ずっと同じ姿勢で待っていた棚主に、やがて目をこすりながら、ぎこちなく笑いかける。


「まるで裁判官ね。あの人の罪を調べて、裁いてる……あなた、探偵じゃなかったっけ?」


「そうだよ。だから普通は復讐の依頼など受けない。これは、探偵の仕事じゃない」


 棚主がナイフとフォークを手に取り、冷め切ったえびフライにようやく刃を入れる。


「……俺に復讐を頼む君の顔が、あまりに凄惨せいさんだった。怒りと憎しみで、鬼のようだった。一人の女にこんな表情をさせるヤツが、いったいどんな外道なのか……見てやろうと思った」


「興味本位で仕事を受けたの? それとも、同情?」


「同情……ああ、同情だったかもしれないな。とにかくまともな仕事じゃなかった。だから俺は、私情を挟んだんだ」


 口に放り込んだえびは、冷えても値相応に美味かった。

 何かを振り切るように猛然とえびフライを食べる棚主を、雨音は無表情に見つめている。


 雨音がヤクザの紹介で棚主を頼ったことを明かしたのは、仕事の後のことだ。

 ならば棚主は、一人の飛び込みの客に過ぎない女のために、わざわざ法を犯して他人を切り刻んだことになる。


 彼は理不尽な暴力を楽しんだり、他人の血に酔うタイプではない。


 乱暴なヤクザを大勢見てきた雨音にも、それはきっと、分かったはずだった。


「不器用な人ね」


「お互い様だ。……別に義賊を気取るわけじゃない。自分の薄汚さは自覚してる。ただ、嫌いなんだ」


 君の亭主のような男が。


 そう続けた棚主は、三つもあったえびフライを一気に食べきり、トーストを口に詰め込んでワインで流し込んだ。

 付け合わせの野菜どころか、いろどりに添えた花までむさぼる棚主に、雨音が俯きながら破顔した。



 気がつけば、窓の外を人々が傘を差さずに歩いている。

 雨が上がったのだ。

 雨音は自分の酒を飲み干して、「さぁ」と声を上げると、席を立って棚主に言った。


「少し歩かない? 景色のいい場所を知ってるの」

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