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無名探偵  作者: 真島 文吉
無名探偵2 ~焔の少年~  一章  葛びるの人々
23/110

 葛びるの外に出ると、往来には人っ子一人おらず静まり返っていた。


 天下の東京銀座の昼下がりである。人通りが途絶えることなど、滅多になかった。


「何かあったらしい」


「うむ、見りゃ分かる」


 時計屋の台詞にうなずく棚主。だが時計屋は首を横に振り、空の向こうを指さした。


「さっき、向こうで火の手が上がっていた。今は見えないが、多分火事だ」


「……火事場なら、炭もたくさん落ちてるよな」


 上半身裸のままの津波が、棚主のポケットに視線を落とす。火事、炭で書かれたメモ、嫌な予感に全員の表情がますます硬くなる。


「人通りがないのは、みんな火事の野次馬に行ったからだろう。かなり派手に燃えたのかもな……とにかく、時計塔に向かおう」


 銀座で時計塔と言えば、服部はっとり時計店の時計塔だ。二階建ての建物の上に高楼こうろうと時計台を載せた、銀座のシンボルの一つ。


 棚主達は静まり返った銀座を小走りに進み始める。


 軽やかな足取りの棚主と時計屋に、少し遅れて津波がちょこまかと続き、最後尾を小太りのマスターが早くも引き離されつつ、どたばたと汗をかきながら追う。


 途中時計屋が指さした方角から人々のざわめく声が聞こえ、何人かの野次馬がちらほらとこちらに引き返して来ていた。


 棚主はその中の一人に顔見知りの書生を見つけると、鈍足ゆえに豆粒のようになったマスターを待つついでに走り寄り、その場で足踏みをしながら問いかける。


「火事かい?」


「殺人ですよ。放火殺人。それもすんごくえげつないやつ」


 顔をしかめる書生に、棚主の横から時計屋がぬっと首を伸ばし、ひくひくと臭いをぐ。


「……硫黄いおうと油の臭いだ。硝石しょうせきの燃えた臭いもする……燃焼剤か」


「あ、やっぱり臭います? 火が出た時、僕、現場のすぐ近くにいたんですよ。凄かったですね、馬車がいきなり燃え盛って、中の人も馬も一瞬で火達磨ひだるまに……」


「強力な燃焼剤を馬車に噴射して、火をつけた。生きたまま、丸焼きだ」


 抑揚よくようのない声で言う時計屋に、棚主と、後から追いついてきた津波が同時に眉を寄せてうめいた。マスターはようやく豆粒から卵ぐらいの大きさになったものの、体力が尽きて電柱に寄りかかり、ひいひい言っている。


 棚主は書生に軽く手を上げて会話を切り上げると、マスターに向かって「先に行ってる!」と叫び、再び走り出した。見捨てられたマスターは返事もせずに電柱から離れ、そのまま道路脇のアイスクリームパーラーに入って行ってしまった。


 余談だが、この時期には既に全国各地で製氷工場が稼動かどうしており、人々は真夏でもかき氷やアイスクリームにありつくことが可能だった。


 四人から三人に減った棚主達一行は、さらに軽くなった足取りでそれから数分で服部時計店に到着した。


 この辺りは火事の野次馬に行く人も少ないと見えて、人通りは平常と変わらない。棚主達は通行人に視線を走らせながら、時計塔の周囲を手分けしてぐるりと周った。


 だが、いない。メモをマスターに渡した人物は、麦わら帽子にラッコの襟巻き、外套といういでたちのはずだ。そんな格好をした者は、どこにもいなかった。


 棚主達は時計塔の裏手で再び合流する。息を切らした津波が肩をすくめ、ため息混じりに言った。


「いねえぞ。来るのが遅かったんじゃねえか」


「店員もそれらしい格好の人物は見なかったと言ってる……単に気づかなかっただけかもしれないが……しかし」


「何だよ?」


「店員にも気づかれないぐらい、身を隠すようにして待っていたのかもな。何者か知らんし、事情も分からんが……とりあえず」


 棚主が地面に屈み込み、何らかの痕跡を探す。


 地面には無数の足跡が残っているが、大小入り混じっていてどれが誰のものかなど分からない。だが棚主はその中から、消えかけた小さな足跡を選び出し、指で突いた。


「この足跡を追おう。靴先が西へ向かっている……向こうの路地だな」


「何でその足跡? 小さくて子供らしいから?」


「いや、他の足跡は歩いているのに、この足跡だけ走っているんだ。地面の踏みしめ方が違う……ほら、ここだ。足跡の一部だけ濃くなってる」


 棚主がわざわざ指さして説明するが、津波はよく分からないらしく、あいまいにうなずいただけだった。


 三人は足跡の向かった路地へと走り出す。果たして数分後、彼らの前方から、誰かの短い悲鳴が聞こえてきた。




「ほいほい、ありがとさん。わざわざ人のおらん場所に逃げてくれたなぁ」


 建物の壁に挟まれた路地の奥。袋小路のレンガの壁を背に、麦わら帽子をかぶった人物が追い詰められていた。


 小さなその人物の前には、眼鏡をかけた老人と、若い男が二人。三人がかりで路地をふさぎ、麦わら帽子の人物に近づいて来る。


河合かわいさん、誰か来る前に早く」


「だぁいじょうぶやって。なあお前、知っとるか? この両脇の家にゃ、誰も住んどらんのや。ちょっと前に銀座舗装なんとか計画ってのがあってな、ヤクザが住人を追い出しよったんやと……ま、その計画とやらは色々あって頓挫とんざしたらしいがな」


 河合と呼ばれた老人が、骨ばった手を麦わら帽子に伸ばした。


 身をよじり、隅へと逃れる小さな体を、河合は余裕たっぷりに眼鏡の奥から眺める。その痩せた顔に、狂気の影が差した。


 鉄道院(鉄道行政の中央官庁)の駅員の半纏はんてんを着た河合は、左手に大きな麻袋をげている。その麻袋を開くと、河合は大きな木製の水鉄砲を取り出し、麦わら帽子の人物に向けた。


 警告も何もなく、水鉄砲から刺激臭のする液体が噴射された。悲鳴を上げながら液体を浴び、尻餅をつく相手に、河合は満足げにうなずき半纏の懐を探る。やがて小さな四角い物を取り出すと、そのキャップを外して回転式のヤスリを回し、火をともした。


「『おのぼりさん』のお前には珍しいやろ? 『魔法マッチ』言うてな、片手でこすれる上に長いこと燃えるマッチなんやで」


「……河合さん、ここで燃やすんですか?」


 わずかに顔を歪ませる若い男に、河合は「おっとろしい(面倒くさい)やっちゃなあ」と笑う。河合は関西、奈良の辺りの方言を使っていた。


「江戸の人間は火を怖がりすぎや。火は便利なんやで、思いっきり強く燃やせば何もかも灰にしてくれよる。そら目立つし、巻き添えも出るけど、燃えた死体からは足がつきにくいんや。何せ炎や、時間が経てば勝手に消える最高の凶器やで」


 警察も追いきれない、と豪語する河合の残酷な視線が、燃焼剤にまみれた獲物へと注がれる。ラッコの襟巻きの奥から恐怖に見開かれた目を覗かせる相手に、河合が魔法マッチをゆらりと振った。


「ほんじゃ、さいなら」


 魔法マッチの火が音を立てて揺れ、河合の手から離れる……


 その直前、河合のわきにいた男の一人が、手袋をした手で魔法マッチを上からつかんだ。じゅっと音を立てて消える火。さらにぐいぐいと魔法マッチを押さえつけてくる男に、河合が目を剥いて声を上げた。


「なんじゃコラ、お前……」


「隠して!」


 首を振って背後を示す男に、河合はつられて振り返る。



 目の前に、棚主の顔があった。それもまさに目と鼻の先に。河合の驚愕した顔を、背を丸めて覗き込んでいた。


 後ろ手に魔法マッチをたもとに、水鉄砲を麻袋にしまいながら、河合は急いで笑顔をつくり「あーこりゃ、恥ずかしいところを」と好々爺(こうこうや)を演じた。


「どうか気にせんでください、あれはうちの子でしてね。ちょっとばかし『やんちゃ』して家出しよったもんですから、連れ戻すところなんですわ」


「ひどい臭いだ」


 無表情、無言を保つ棚主の後ろで、時計屋が言った。くん、と鼻をひくつかせる彼に、河合は笑顔を崩さない。河合の仲間の男達が、その間に麦わら帽子の人物に近づき、さもいたわるような素振りでその肩を抱いた。


 手中に隠した剃刀かみそりを目の前に突きつけ、ごく小さな声で「騒ぐな」と警告する。


「ご覧のとおり、わしゃあ鉄道の駅員をしとりましてね。貨物運搬の監督なんですが、工場行きの機械油を運んどる時にこいつが悪戯いたずらしよって、ぶちまけましたんや。いや、ほんまつまらんことで。はよう洗ってやらんと皮がかぶれますよって、これで」


「そうかい」


 棚主が口端だけでわずかに笑った。「じゃ、急いでお行きなさい」と壁際に退く。

 少し遅れてそれにならう時計屋。その背後にいた津波が、眉を寄せながらも、やはり壁に背をつける。


 河合はそんな三人に一度頭を下げると笑顔を消し、仲間二人に向かってあごをしゃくる。

 男達は麦わら帽子の人物を立たせるとその両脇をかため、河合とともに歩き出す。


 予定が狂ったが、とりあえずはこれでいい。このまま人気のない場所に獲物を運び、改めて始末しよう。顔を徹底的に焼いてしまえば、焼死体の身元が判明することは多分ない。今日の出来事が、自分達を追い詰める原因にはならないはずだ。


 そんなことを考えながら河合が棚主の前を通り過ぎた時、麦わら帽子の人物が「おじさん」とつぶやくように声を立てた。その目は、まっすぐに棚主を見つめている。


 はっとして河合が棚主を見ると、その手には『時計塔ノ裏』と書かれたメモがつままれていた。棚主の目が、既に殺気を帯びている。


「俺か。『おじさん』は」


「何を」


 河合が台詞を言い切る前に、棚主が眼前を通り過ぎようとしていた若い男の顔面に拳を叩き込んでいた。石のような硬い拳を受けた男は麦わら帽子をはさみ、もう一人の男へと倒れかかる。


 とっさに仲間を抱えようとした二人目の男は必然的に麦わら帽子の人物を解放してしまい、気づいた時には獲物は、するりと男達の間を抜けて棚主の方へと逃げていた。


「なっ、何するんや! 乱暴な! 警察呼ぶどッ!」


「硫黄と油、酒……それと……動物の糞……」


 ゆっくりと河合の前に立つ時計屋が、相変わらず鼻をひくつかせながら言う。さっと顔色を変える河合に、落ちくぼんだ目から暗い視線が降り注ぐ。


「工場では、使わないな……こんな、ゲテモノの燃焼剤は……」


「火事場に行った野次馬と同じ臭いがするんだよ、あんたら。しかも、断然強く臭う」


 燃焼剤まみれの麦わら帽子の人物を津波の方に逃がしてから、棚主も時計屋と共に河合の前に立ちはだかった。その視線が、先ほど殴った男の手からこぼれ落ちた、剃刀に落ちる。


 ゆっくりとそれを拾い上げる棚主に、河合達はようやく表情に殺気をにじませ、身構えた。棚主の声が、低く響く。


「子供を火あぶりにしようってのか。ひでえジジイだ……さては馬車に火を放ったのも貴様だな」


「せやから何やっちゅうんじゃ! 糞ガキがぁッ!」


 河合が怒号と共に、まるで早撃ちのように水鉄砲を取り出し、燃焼剤を噴射した。


 とっさに身をひるがえしてかわす棚主と時計屋。河合は慣れた手つきで魔法マッチを点け、放る。地面に落ちた燃焼剤と火が接触した瞬間、ボン! と大きな炎が噴き上がり、棚主のハットのつばを焦がした。


 驚きの声を上げる棚主に、河合はさらに水鉄砲を撃つ。水鉄砲は麻袋の中のタンクにゴムチューブで繋がっており、河合の計算では二十回は燃焼剤を噴射できるはずだった。燃え盛る火に注ぎ足すように水鉄砲を撃つと、炎の線が蛇のようにのたうち、棚主を追尾する。


「な、なんてジジイだ! 江戸で火付けは死罪だぞ!」


 麦わら帽子をかばいながらわめく津波のすぐ横で、飛び散った燃焼剤がレンガの壁を焼いた。


 文明開化のおかげで石造りの建物が増え、東京は多少火事には強くなった。それでも人の営みの集まる街中で、炎を使って戦う河合の所業は、異常に過ぎる。


「やめろ! 何考えてんだ、大火事になるぞ!」


 河合の仲間の男が、狭い路地を火の海に変えんばかりの河合に流石に怒声を上げ、その肩をつかんだ。


 だが振り返った河合の顔には正気の名残なごりはなく、残酷な笑みに歪んでいた。

 気圧けおされて後ずさった仲間達に、水鉄砲が、燃焼剤を噴射する。


 汚い黄土色の燃焼剤は河合の仲間達から、地面を焦がす火まで線を引く。引火した燃焼剤が、男達を瞬時に火達磨にした。


 人のものとも思えぬ断末魔を上げる仲間達を、河合はゲタゲタと笑いながら指さす。次いで唖然としている棚主達に向き直ると、水鉄砲を愛しげになでながら、炎の中で舞うように身をよじらせた。


「わしゃあ火付けが好きでなあ。好きで好きで好きでなあ。炎にまかれる家や、家畜や、人を見ると興奮するんや。若い頃からそればっかりしとった。せやから、人生の半分はへいの中よ」


「出した司法は、とんだ莫迦たれだ」


 歯を剥く棚主が、津波に「さっさと連れて行け!」と怒鳴る。麦わら帽子の人物の手を引き、走って行く津波を、河合は恍惚こうこつとしたままの顔で見送り、息をついた。


「しゃあないなあ。予定が狂ったわ。お前らのせいで、ワシ怒られてまうわ。ほんま、むかつくガキどもや」


「怒られる?」


「そや。ワシは雇われ人やねん。ワシの火付けの腕前を買ってくれた旦那さんが、ワシを塀の中から出してくれたんや。世の中には犯罪者を飼いたがる物好きがおるんやわ……あの麦わらの子も殺せ言われとったんやけど、ま、しゃあないわ。今回は捕まったろ」


 路地の外から、異変に気づいた人々の声が聞こえてくる。警官の鳴らす無数の警笛けいてきの音が、ピリピリと空気を裂いた。河合はため息をつき、しかし笑顔をたたえたまま、水鉄砲を棚主に構える。


「ちょっと大事になってもうたけど、ま、ええわ。何ヶ月かしたら旦那さんが手ぇ回して、また塀から出してくれるやろ。そういう人なんやわ、ワシの雇い主は……狂った犯罪者が、大好きなんや。ちゅぅことで、今日はお前ら燃やして、店じまいやな」


「調子に乗るなよ」


 棚主が手にした剃刀を水平に投擲とうてきするのと、河合が水鉄砲を撃つのは、同時だった。噴射された燃焼剤は地面の火から、棚主の足元へと瞬時に炎を導いていく。


 だが棚主の革靴に燃焼剤が届く直前、時計屋が脱ぎ払った自分のエプロンを炎に叩きつけていた。


 炎は、あくまで液体としての燃焼剤を燃やしているに過ぎない。当然、地面やレンガの壁自体が燃えているわけではない。


 渾身こんしんの力で叩きつけられた作業用のエプロンは炎のよりどころである燃焼剤を雨粒のように散らし、小さな火の粉に分散させた。棚主と時計屋のわきを火の粒が通り過ぎ、その頬や、服の端をわずかに焦がして消える。


 追加の燃焼剤が来ればそのまま火達磨にもなったのだが、河合の手首には剃刀が深々と突き刺さり、既に水鉄砲を取り落としていた。


 うめく河合に、火の線をび越えて棚主が迫る。引きつった顔を上げる河合の耳のあたりを、容赦のない力が殴りぬけた。


 壁にへばりつく河合の背中に、さらに大きな拳がめりこむ。たまらず息と唾液を吐き出す老人の半纏をつかみ、とどめに地面に投げ倒した。





「動くな! 全員膝をつけ!」



 河合がのびてしまった直後、路地に鋭い声が響く。サーベルを構えた四人の警官達が、水の入ったバケツやたらいを抱えた人々と共に駆けつけて来る。


 消火活動を始める一般人達に息をつきながら、棚主は警官達に向かって肩をすくめた。


「膝をつけって、ここで焼け死ねってのかい。とりあえず外に避難させてくれよ」


「なんだ、不良探偵か」


 警官の一人が棚主を見て目を丸くする。


 日に焼けた年配の警官の名は大西といい、棚主とは顔見知りだった。けっして仲が良いわけではないが、この状況で面識のある警官が来てくれたのはありがたい。


 大西巡査は他の若い警官に「こいつは俺に任せろ」と言い、棚主の腕をつかんで路地の外に連れ出す。棚主もすかさず時計屋の袖を引き、共に大西巡査に連行されるような形をとった。


 消火活動を行う人々を背に、大西巡査はサーベルをさやに納め、鋭い視線を二人に向ける。


 目をそらす棚主と時計屋の胸を順に人さし指で突き、声を潜めて問いただした。


「いったい何事だ? こんな路地を火の海にして……まるで地獄じゃないか」


「向こうで倒れているジジイが犯人だよ。燃焼剤をばらまいて火をつけたのも、仲間を焼き殺したのも、全部あいつがしたことだ。俺達じゃない」


「そんなこたあ分かってる! お前らみたいなチンピラにこんな大それたまねができるかっ!」


 棚主は耳を小指でふさぎながら顔をしかめた。

 ハナから疑われもしないのは嬉しいが、この巡査の怒鳴り声はやたらにカン高く、間近で聞くと鼓膜こまくが痛んだ。


 時計屋も同じように耳をふさぎながら、ぼそぼそと独り言のように言う。


「あの老人は火付けの常習犯。しかもかなり長い服役期間のある男だ。そして恐らく、今日起こったもうひとつの事件の犯人でもある」


「もうひとつの事件? カッフェの横で馬車が炎上したやつか! 向こうでも三人死んでるんだぞ! 合計五人殺し……なんて悪党だ!」


「自前の燃焼剤を使った犯行だ。二つの事件の被害者……死体の状態を比較すれば、同じ手口で焼かれたかどうか分かるんじゃないか。あのジジイの持ってる水鉄砲の中身を押収すれば完璧だな」


 淡々と言葉を吐く棚主の背後から、若い警官が見計らったようなタイミングで件の水鉄砲と、燃焼剤のタンクの入った麻袋を持ってきた。


 大西巡査はそれらを受け取り、まじまじと見つめながら息を吐く。


「正気じゃない。なんだこの道具は? 人に燃料を噴射して、焼き殺すための銃か……?」


「詳しいことはあのジジイを締め上げて訊けばいい。それより……実は、もう一人被害者がいる。危うく六人目の焼死体になるところだったやつが」


 棚主が首を巡らせると、はたして野次馬の群の中に麦わら帽子と、津波の顔があった。


 大西巡査は水鉄砲を麻袋の隙間に押し込み、軽くうなずいてみせる。


「とにかく署に来てくれ。これだけの大事件だ、今日は帰れんかもしれんが……刑事連中には俺から口利きしておく。ひどい扱いは受けんはずだ」


「頼もしいね」


 そうして棚主と時計屋は、黒煙の漂う現場から、警察署へと連行された。


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